第29話:福井-016番ダンジョンのボス
「はじめちゃんたちあれと戦うんだよね?」
崖下で蠢く生き物を見ながら夜暗森が顔を青くする。
「何かいよいよパニックもの映画みたいな展開になってきたよね。……こんな機会なかなかないけど、ちゃんと動画撮ってる?」
「はいっ!バッチリです!!」
と、意気揚々と答えたのはトップITuberを目指す女性ではなく、考古学に精通した女性警察官・龍ヶ崎響。恍惚とした表情で目を細める。
「まさか生きているティラノサウルスを、この目で見られる日が来るなんてっ!……もしかして、『開拓屋』の皆さんは、日夜このような経験をしているんですか?!ズルいですよ!!」
「変わってあげられるなら変わってあげたい気分だぜ……」
ティラノサウルス。
『暴君トカゲ』の異名を持ち、その全長は10m以上・体重は5t以上。入口付近で交戦した全長1m程度の小型恐竜・コンプソグナトゥスとは比べ物にならないほどに巨大な肉食恐竜だ。
北アメリカ大陸で約400万年の間、地上の覇者として君臨したが、チクシュルーブ小惑星の衝突による五回目の大量絶滅によって姿を消した。
「ティラノサウルスって分からないことが多いんですよ?最大時速はどれくらいのスピードだったのか、表面が鱗に覆われていたのか羽毛に覆われていたのか、恒温動物だったのか変温動物だったのか。あの動くティラノサウルスを見れば、それらの謎が一発で解決しちゃうじゃないですか!!」
「最高時速は遅い方がいいなあ。あれから逃げるのは嫌だもん」
「ぐるるるるる……」
こちらの存在には疾うに気づいている。血に飢えた瞳で見上げながら喉を鳴らす。
小雪たちが立つのはティラノサウルスがいる場所よりも15mくらい高い場所であるため、こちらを見上げるようにして睨んでいる。近くには少し急になった坂があり、そこを降りなければティラノサウルスの足元へは辿り着けない。
「こ、こっちに来ないね?どうしてなのさ?ひびきちゃん??」
「この坂が登れないんだと思います」
うきうき気分でスマートフォンのカメラを構えながら答える。
「ティラノサウルスは一度バランスを崩して倒れると、起き上がるまでに時間が掛かるそうです。なので、なるべく体制を崩すリスクのあることはやりたくないんだと思います」
「結構賢いんだ?」
「一説では人間と同等レベルの賢さがあったと言われています。……脳が大きかったところで、その脳がちゃんと理知的な機能を持っていたかどうかは分かりませんが」
同じ作業をカラスと猿にやらせてみると、猿よりも脳が小さいカラスの方が効率よく作業をするという実験データがあるし、論理的な思考を司る大脳新皮質は人間のみが持つ機能である。
脳の大きさや脳細胞の多さ=賢いという構図が必ずしも成り立つわけではないため真相は分からないが、死体の骨を噛んで遊んだような痕跡が発見されていることや、トリケラトプスの首の裏側部分にある肉を好んで食べる食通であったことが分かっているため、娯楽や味を嗜む程度の知能はあったとされている。
「……心配することはありません」
かちゃり、と音を立てながら左腰に差した日本刀が揺れる。
「……私の【鉄心石腸】を使えば踏み潰されることも噛み砕かれることもありません。……さっさと終わらせましょう」
「待ってください!!」
和装にポニーテールの少女の腕を引っ張って止める。
「【鉄心石腸】を使っても嚙み殺されますよ!迂闊に出ちゃダメです!!」
「……あの恐竜の顎の力は、そんなに強いのですか……?」
「大抵の生き物が牙を突き刺して致命傷を与えて失血死させるのに対し、彼らは獲物を骨ごと噛み砕いて食べていたと言われていますからね」
学説によって様々だが、ティラノサウルスの咬合力は3,500kg~6,000kg程度だとされている。
中身の詰まったスイカを一撃で噛み砕くカバの咬合力が750kg程度であることから、低く見積もってもその5倍程度の力があるティラノサウルスの顎の力がどれほど強力なものかが分かる。
「じゃあどうすんのさ!さえちゃんの【鉄心石腸】が使えないんだったら、まともに戦えないじゃん!!」
「ちょっと私に考えがあるんだけど、相談に乗ってくれる?」
カードの束から三枚のカードを取り出すと、全員に見せるように並べる。
「この『|皇帝《The Emperor》』を使えば一度だけ相手に命令することができて、『隠者』を使えば15分間対象から認識されなくなります。んで、この『落雷の塔』は、相手が大きければ大きいほど威力が上がる雷を相手の頭上に落とすことができるんだ」
「……つまり、『隠者』を使って接近した後に『|皇帝《The Emperor》』を使って外へ出るように命令し、『落雷の塔』でとどめを差すということでしょうか?」
「『|皇帝《The Emperor》』で「舌を噛み切って死ね!!」って命令すれば解決するんじゃないの?!」
「魔法のランプと同じで、直接人を殺したり傷つけるようなことは命令できないんだよね」
「あの……、一つよろしいですか?」
女性警察官がゆっくりと手を挙げる。
「そこまでのことをしなくても、『|皇帝《The Emperor》』で「地面に転がれ!」と命令してから、撫霧さんが仕留めればいいんじゃないですか?そうすれば『|皇帝《The Emperor》』だけで済みますよね?」
「……天才」
特に『落雷の塔』は相手に直接触れずに倒すことができるため、CTは96時間と長めに設定されている。いそいそとカードを束の中に戻すと、白髭を蓄えた赤い装束の男性が毅然とした姿で玉座に腰を下ろした絵が描かれたカードを指に挟む。
「んじゃ、これでサクっとやっちゃおうか」
ティラノサウルスは大きな頭に比重が傾いているため、起き上がるのには相当の時間を要するらしい。ならば、一度転倒させてしまえば斃すのは容易い。
「ぐるるる…………」
崖下で恨めしそうに睨む恐竜に向けて一言。
「横向きに倒れろ!!」
直後、ずずん……、と地響きを起こしながら全長10mの巨体が岩の上へと呆気なく倒れた。
「ぐがっ?!!ぐがががっ?!!」
何が起きたか状況を理解できていないのだろう。身を捩って体勢を立て直そうとする。
「行くよ削穢さん!!」
「……承知しました」
少しだけ急になった坂を滑るように降りると暴れ回る巨体の側面に立つ。
「……あなたに罪はありません。……ですが、罪人になってからでは遅いのです」
ゆっくりと刀を抜くと、
「……撫霧龍奥義・縦横無刃」
急所に向けてX字を刻むように二本の太刀筋を入れる。
縦横無刃は縦・横に一閃ずつ交差させるように斬撃を与えることで相手を仕留める剣術だ。
その正体は超高速に叩き込まれた二回の峰打ちによる打撃で、心臓や脳などの重要な器官に強い衝撃を瞬間的に加えることで臓器不全による死亡を誘発させる。
刃を入れること無く殺すことができるため、返り血を防ぐために、特に体格の大きなモンスターから出血をさせないために使うのだが、
「……刃が、通らない…………?!」
その刃は鱗に受け止められて止まり、獣は少し戸惑うような仕草を見せただけだった。
今から約6,600万年前に起きた『ビッグファイブ』の一つ、チクシュルーブ小惑星の衝突による天変地異などの様々な事象が発生しないまま世界の歴史が現代まで進んだのであれば、恐竜には約6,600万年の間、進化する機会が与えられたことになる。
例えば、得物となるトリケラトプスの角に突かれても致命傷を負わないように、体表面を覆う鱗が強靭なものへと進化していたら。
例えば、倒れた時に起き上がりにくいという弱点を何らかの形で克復していたとしたら。
「ぐおおぉおおおおおぉぉぉおおっっっっっっっ!!!!!」
体制を立て直したティラノサウルスによる耳を劈かんばかりの怒りの雄叫びが洞窟内を木霊する。
ティラノサウルスVS『英雄』。
ゼロ距離からの戦いが始まる。
「なろう」にてブックマークが2件増えました!ブックマークしてくださった方ありがとうございます!!
「「鬼滅の刃」の何処が面白いか」をインタビューで聞くと、「鬼と戦っているうちに、その鬼の悲しい過去が段々と明らかになっていって、敵であるはずの鬼に感情移入できる所がいい」と答える人がたまにいますが、
・戦っている間に敵の暗い過去や、主人公と戦う理由が明らかになっていく。
・主人公が暗殺者。
・戦闘シーンがある。
・メインキャラクターが女性しかいない。
・作品全体の主題が同性愛。
と、属性をてんこ盛りにした作品が2014年春にアニメ化したのを知っていますか?
そうです。
「悪魔のリドル」です。
主人公はたった一人の少女を守るため、敵たちはその少女を殺すために主人公に戦いを挑みます。
依頼主からは「ターゲットの少女を殺すことができれば、どんな願いでも叶えてあげよう」と提示されているので、敵たちはそれぞれの胸中にある誓いや思い・トラウマなどを胸にしながら主人公と戦います。|(ネタバレを避けるため、あまり詳しくは話せません)
放送当時から好きな作品だったのですが、同じクールに、
「ご注文はうさぎですか?」|(1期)・「魔法科高校の劣等生」|(1期)・「ピンポン」・「ノーゲーム・ノーライフ」・「ハイキュー!!」|(1期)・「ブラック・ブレット」・「一週間フレンズ。」・「ソウルイーターノット!」・「ラブライブ!」|(無印2期)
と、対抗馬があまりにも強く、一瞬でマイナーアニメへと押し込まれた作品でもあります。戦う相手が悪かった!
マンガは全5巻、アニメは全12話と触れやすいボリュームとなっていますので、気になる方は是非!
ではまた!これからもよろしくお願いします!!