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第26話:明日には笑えるように

「何であの子たちを殺したんですか……?」


 誰かが使っていたと思しき場所に拠点を構え、一行は焚火を囲む。


撫霧(なでぎり)さん、ゴブリンたちと戦う動画の中で言ってましたよね?「……(わたくし)たちは不殺を掲げています」って。殺さずに穏便に解決する方法もあったんじゃないですか?」

「……あるにはありました。……ですが、(わたくし)はそれが最善手だとは思っていません」


 洗った後の水気を取るために刀身を拭くと、炎を照らして血のような色に光る。


「……やろうと思えば脚のみを斬って動けなくすることもできました」

「ならそれをやればあの子たちは――」

「……しかし、そのようなことをしてあの恐竜たちが幸せになるとは思えません」


 撫霧の静かな物言いは続く。


「……手負いのまま置き去れば別の恐竜やモンスターに襲撃されて何も抵抗できないまま死にます。……仮に天敵に見つからなかったとしても、破傷風や病気・失血や衰弱でそう長くもしないうちに死にます。……何も抗わなければ(わたくし)たちが死にます。……『開拓屋』はモンスターを始末するのが仕事なので、上手く逃げ切ったとしても後で殺さなければなりませんし、私たちが()らないのであれば、他の『開拓屋』が殺します」


 絶望。

 その二文字が頭の中に浮かんだ龍ヶ崎(りゅうがさき)の表情が次第に青くなっていく。


「……どのような選択をしてもどちらかが死に、どちらかが生き残ります。……それなら自分たちが生き残った方がいいのではないでしょうか?」

「でも、やっぱり間違っている気がします……」


 下唇を噛みながら俯く。


「救えないから殺すのですか?!救えないから救いの手を差し伸べないのですか?!!そんなわけないでしょう?!何か手があるんじゃないのですか?!!」

「ないよ」


 鮸膠(にべ)もなく。

 あっさりと。


 三人の『英雄』を従えるリーダーはそう漏らす。


「あったら()っくにやってるって、逆に全員が全員幸せになる方法があったら教えて欲しいくらいだよ」

「何か方法は考えましたか?!手段は練りましたか?!!」

「練ったよ。その結果、殺すしかないと思ったから殺しているんだ」


 小雪(こゆき)の沈鬱な表情に(いき)り立っていた女性の勢いが弱くなっていく。


「古代エジプトとかではさ、脚とかを傷つけて生け捕りにすることで動物たちを生きたまま運搬していたらしいじゃん。モンスターたちにだって同じことをすればさ、同じように輸送することならできるよ。でもさ、考えてみて。動物輸送車に入れられたまま何処かへ運搬されていくモンスターたちを見て、他の『英雄』や市民がどう考えるのかをさ」


 言われて龍ヶ崎は気づく。


『英雄』とは本来、ダンジョンから出現したモンスターたちを斃すことで市民を守り、憲法上の都合で侵略行為ができない自衛隊の代わりにダンジョンを攻略する者たちのことを指す。

 ではもし、その中にモンスターを殺さずに一か所に集め、飼っている者たちがいるとしたら?

『英雄』たちの目にはは責務を全うしない反逆者として映るのではないか?


「自分の裁量で殺すか殺さないかを判断するなんてさ、神様にでもなった気分だよね。私たちはスキルを授けられたことを除けば、ただの人間ななのにさ」


 焚かれた薪から火花が飛ぶと、(くう)を舞って消える。


「嫌で嫌で仕方(しょう)がないんだ。「救えない」と諦めて殺し、「救える」と決めて偽善者ぶる自分が。でもさ、こうなったのも全て、スキルを持った『英雄』が生まれて、この世界にダンジョンが出現したせいじゃん?だからさ、私たちで解決するんだよ。『英雄』が生まれた謎もダンジョンの出現の謎も、私の父さんと母さんを殺したモンスターの謎も全て!!」


 一人の少女から放たれた強い思いが洞窟を木霊する。


「行くよ!私たちは屍を見て立ち止まるんじゃなくて、屍を超えて先に進まなくちゃ!!これ以上理不尽にモンスターたちが殺される前に、最低限のキル数で私たちが終わらせるよ!!」


 少女は立ち上がる。

 モンスターを殺すためではなく、モンスターを殺さなければ生活が成り立たない、この世界を取り巻く状況を打破するために。


「……ありがとうございます。……複野(おちの)さん」


 (おもむろ)に立ち上がると、チン、と軽い音を立てながら磨いていた刀を腰に佩く。


「……(わたくし)もずっと葛藤していたのです。……罪のないモノの命をこうも簡単に奪ってしまっていいものかと。……ですが、複野さんに発破を掛けられて、心の中に溜まった靄が晴れました。……(わたくし)たちが生きるために殺すのではなく、(わたくし)たちが生きる世界を作るために殺す。……そのためならば、代々撫霧の里で連綿と受け継がれてきた剣術を、この身を以て捧げましょう」

「あたしだって見ていて辛いさ」


 一人の女性は硬く拳を握る。


「でもさ、中卒でバカなあたしは仕事を選ぶことなんてできやしないし、『英雄』っていうブランドを武器にして『開拓屋』に齧り付くしかねぇんだ。じゃないと就ける仕事もなくなって、幼い弟や妹・認知症のばあちゃんを養えなくなっちまう。天から降っていたスキルを活かすことができて、割に合った給料が貰えて、しかも、こんなに頼もしい仲間と一緒に仕事ができる。この天職を何としてでも手放さないために、あたしはどんな理不尽なことだって受け入れてみせるぜ!!」

「はじめちゃん。ある人を探しているんだ」


 自身の心境を吐露するかのように、一人の女性は言葉を漏らす。


「その人と出逢ったのは小学校六年生の時、夕暮れの公園。クラスで(いじ)められて一人で泣いていたはじめちゃんに、その女の人はこう言ってくれたんだ。「世界の何もかもがつまらないんだったら、君が世界を照らす面白い人間になってしまえばいい。そして、その笑顔でみんなを照らして世界を明るくして、自分が思い描く楽しい世界に変えてしまえばいい」って。その一言に背中を押されて、はじめちゃんはITube(アイチューブ)で動画を配信するようになったんだ」


 この場で初めて「ひしかわ開拓」の誰にも明かさなかった夜暗森(やぐらもり)の過去を本人の口から聞いた。全員の耳が一人の女性の声に傾く。


「はじめちゃんは有名ITuberになって、その人に伝えたい。「あの時泣き虫だった一人の少女は、こんなに立派に成長しましたよ」って。その人と胸を張って再会して、あの時言えなかった「ありがとう」を直接言いたいんだ。ま、その人が何処の誰で、今も生きているかどうかすらも分からないんだけどね」

「行こうよ」


 暗い闇となった洞窟の先から小雪が手を伸ばす。


「こんな所で足踏みしている場合じゃないよね。今は泣いても明日は笑うんだ。そのために私たちは進んでいるんだから」


 各々の心境を吐露したことで、意志が強く固まったようだ。

 荷物を整えて火を消すと、火の杖を持って先へと進む。



☆★☆★☆



 私はどうして、あんな駄々っ子のようなことを言ってしまったのだろう。

 最後尾を歩く撫霧のやや前方で龍ヶ崎響は強く唇を噛む。


 この世に生まれて20と数年。

 普通に生きて普通に勉強して普通に進学し、普通に就職して普通に結婚して普通に子供を産み、普通に老後を迎えて普通に余生を過ごして普通に死ぬ。

『特別』の二文字が何処にも存在しない、変わり映えのない日常を送って死ぬ。人生などそんなものでいいと達観し、心の中で悟っていた。

 女性警察官になったのも正義感云々なんてものはなく、就職活動の一環でたまたま受けたらたまたま合格してしまったからである。やりがい、生きがい、人生の目標。そんな大層なものも意味もない。


 しかし、ここにいる『英雄』たちは違う。


 あるいは、自らの両親を殺したモノへの復讐と、悲劇の連鎖を断つために。

 あるいは、血塗られた殺しの剣術を使って強者たちの牙を折るために。

 あるいは、自身を最も愛してくれる家族を守るために。

 あるいは、自分を変えてくれた者への感謝の意を述べるために。


 何処までも『特別』であり、『普通』になるために足掻き、努力する者たちである。


 ここに至るまでにも様々な苦難があったはず。

 向かってきたモンスターたちを殺すのに数々の葛藤があったはず。


 それをどうして(おもんぱか)ることができなかったのだろう。

 真にファンならば、その痛みすらも一体となって感じ取らなければいけなかったはずなのに。


 私は、


「どうしてあのようなことを言ってしまったのでしょう……」

「……あなたが言っていることは何も間違っていません。……自分で自分を責めないでください」


 心の声が漏れてしまっていたらしい。最後尾を警護する和装にロングポニーの侍が、自分以外に聞こえないように小さな声で背後から返す。


「……罪のないモンスターを私利私欲のために殺す。……それを残酷だと思うのは至極当然のことでしょう。……しかし、愛や優しさだけでは何も守れないのも事実なのです。……時には対立し、時には殺し合う。……人間関係と同じで、(いさか)いが起きないと解決しない課題もあるのです」


 洞窟の中は深く、相当入り組んでいるようだ。

 緩やかな坂を上ったかと思うとまた下り、深く深くへと入っていく。


「……あなたは優しい。……ですが、優し過ぎるが故にあなたは弱い。……その弱さが枷となるようでしたら、あなたは武器を握らない方がいいかもしれません」

「私は――」

「……あなたが手を汚す必要は何処にもありません。……向かってくる敵は全て処理し、必ずやあなたを無傷で連れ出してみせますので」


 もっと『英雄』のことを知らなければ。

 もっと『英雄』を理解しなければ。


 そう決意した龍ヶ崎は闇の続く洞窟を進む。


 ――『特別』からの脱出を目指す『英雄』が織り成す、まだ見ぬ物語の一部始を目に焼き付けるために。

 さて、本日で26日を迎えましたので、ここからは不定期投稿へと移ります。


 曜日は毎週火曜日・もしくは木曜日。時間は変わらず16時頃を予定しております。

 それに際して近日タイトル部分を変更するので、藤井の作品に最後まで付き合っていただけるお方は是非、ブックマーク等をよろしくお願いします。



 ではまた!これからもよろしくお願いします!!

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