第23話:はじめてのファン
「び、びっくりしたあ!!福井駅に等身大の動く恐竜のモニュメントがあるなんて聞いてないよお。モンスターかと思ったじゃん!!はじめちゃん、おしっこチビっちゃうかと思ったよ!っていうか、ちょっとチビったかも?!!」
「あたしの車なんだから止めてくれよ……?」
場所はフクイラプトル・フクイティタンなどの新種の恐竜が発掘されたことで有名な、福井県勝山市……ではなく同県坂井市の観光名所・東尋坊。
様々なドラマの撮影地として使用されるこの場所は、海風で浸食された断崖絶壁が有名な反面、自殺の名所としても有名な場所である。
近くには三国温泉があり、日本海を一望しながら露天風呂に入ることができる。
「ここにあるんだよね……?」
最も高低差がある場所だと海面から25m以上もの高さがあるという。絶壁に向かって緩やかに下る階段の前に立つと、このまま転がり落ちてしまうのではないかという恐怖心で思わずその足が止まる。
今回出現した福井-016番ダンジョンは、東尋坊の絶壁にできた横穴なのだという。傾斜が緩やかな場所を探して降りるか、何処かに紐を引っ掛けて、それを伝いながら降りていくことになるだろう。
……とあれこれ策を練っていると、
「もしかして「ひしかわ開拓」の皆様でしょうか?」
「名勝東尋坊」と書かれた石碑の近くにいた女性警官がこちらに気づいて近づいてくる。
「初めまして!本日案内役を務める龍ヶ崎響です!本日は愛知県から遠路遥々お疲れ様ですっ!!」
随分と真面目そうな人だ。びしりと綺麗に敬礼すると背筋を伸ばす。
「いやあ、助かったよ。ここにいるメンバーは誰も福井県に来たことがないからさ、全然分かんないんだよね。案内してくれる?」
「承知しました!この近辺は私の庭のようなものですからね!!大船に乗ったつもりでついて来てください!!」
すとすとと崖に向かって伸びる道まで歩いていく。
「まさか本当に本物に逢えるなんて感動しましたっ!!私、実は皆さんの大ファンなんです!!今回は皆さんが福井に来ると聞いて、無理言ってここの配属を代わってもらったんですよ!!あぁ……、夢みたいですう!!」
人に懐いた子犬のように身体全体から幸せを噛み締めるオーラーを出しながら女性警官は先頭を歩く。
「これはこれは。はじめちゃんたちのファンに逢えるなんて、はじめちゃんもとても嬉しいですぞ。これは記念すべきファンクラブ第二号ですなあ!あ、勿論一号ははじめちゃんねっ!!」
「はい!皆さんが配信している動画は全部チェックしているんですよ!!ほら、見てください!」
青色のスマートフォンをポケットから取り出すと、数日前に配信した愛知-012番ダンジョン|(ゴブリンたちがいた廃城のダンジョンだ)の画面を映し出す。
「この3万5千円のスパチャ、私がしたんですよ?人生初のスパチャだったから、凄いドキドキしました!!「好き」って気持ちを他人に伝えるのって、こんなにもドキドキするんですね」
「えっ!?」
思わず声が漏れそうになるのを必死に堪える一同。画面を確認すると、動画のコメント欄に表示された赤スパのアカウント名とITubeに表示されたアカウントの名前が完全に一致していた。アカウントは本名で登録されているようで、「龍ヶ崎」という珍しい苗字もそうそう被ることがないことからすると、言っていることは本当なのだろう。
「(スパチャってこれくらいの金額でするものなの?私、やったことないから分かんないんだけど?)」
「(3万5千円を直接渡しているようなものってことだろ?あたしもさっぱり分からないぜ?)」
いわゆる『推しへの貢ぎ』という奴なのだろうが、アイドルとか声優とか俳優とかアニメキャラクターとかITuberとかに「お金を払いたい!!」と思うほど熱狂したことがないため、その辺りの事情にはあまりにも疎い小雪と四方山。ひそひそと二人だけで話していると、
「応援ありがとうございまーす♡」
目の形を「¥」にしながらアイドルスイッチ|(?)の入った夜暗森は龍ヶ崎の手を優しく包み込むと、しっかりと握手を交わす。
「これからも「ひしかわ開拓」を応援してねっ。こんなに喜んでくれるファンがいるなんて、はじめちゃんも嬉しいゾ☆」
「感激です!こんなに間近で見られるなんて!!」
するり、と強引に手を解くと一人の少女の手を握る。
「撫霧削穢さん!!あなたの流れる水のような激しくも美しい刀捌きは見ていて飽きません!これからも頑張ってくださいね!!」
「…………私ですか?」
手を空中に浮かべたまま硬直する夜暗森も含め、全員が目を白黒させる。
「特に私が好きなのは強敵との戦いで繰り出される撫霧流奥義です!一体何種類くらいあるんですか?!!」
「……門外不出の奥義なため詳しい話はできませんが、必要とあらば必要な時に必要な奥義を使うまでです。……剣術とは他者を殺めるものではなく、他者を守るためにあるものですので」
「素晴らしいです!!特にあのダンジョンでトレントと戦った時の、あの奥義が――」
波風により浸食された石灰岩の岩壁が何処までも望める名勝・東尋坊。
遮るもののなく海風が吹き抜ける地形でマシンガンのように放たれるファンからの言葉を耳に入れながら、動画投稿者の女性はひっそりと涙を流す。
「はじめちゃんは……?寝る間も惜しんで動画の編集を行っているのは、はじめちゃんなんだけど…………?」
言われてみれば、動画の中で主にモンスターたちと戦っているのは小雪と撫霧・動画のマスコット面をしつつ要所に説明を入れて動画の編集と投稿をしているのは夜暗森・カメラを担当しているのは四方山だ。前衛で戦っている小雪と撫霧にファンができるのは何もおかしいことではない。
放心状態となった夜暗森を宥めつつ少し歩くと、崖と崖の間に巨大な船が停泊しているのを発見した。まさか、あれに乗るのだろうかと思いながら背中を追い駆けると、「乗船者以外階段立入禁止」と書かれた看板が脇に刺さった急勾配の階段を降りていく。
「大船に乗ったつもりって、本当に大船に乗るんだね……」
「遊覧船のことですか?皆さんはあれには乗りませんよ?」
「え……?じゃあ何に使うの?あれ?」
「近くにダンジョンが出現したので休航しているだけです。あれを見てください。ダンジョンがあの場所に出現してしまったので、遊覧船が動かせなくなってしまったのです」
龍ヶ崎が階段の途中で止まって右手側を見たため、同じ方向へと目線を向ける。
崖と崖の間、ちょうど入り組んだ場所にぽっかりと穴が空き、暗黒を覗かせている。
「ひえええ……。あんな所までどうやって行けっていうのさ?」
「それはもうあれですよね?!!撫霧流奥義で海を割ったり、【タロットカード】で海を凍らせたりすることができるんですよね?!!」
さすがは熱心なファン。スキルを使って颯爽と解決する所を見たいのだろう。何だかワクワクした様子でこちらを見てくるが、
「……撫霧流には海を割る奥義があることにはありますが、崖の幅が狭すぎて衝撃で崖崩れが起きてしまいます。……ここでは使えません」
「【タロットカード】の水の杯を使えば水は出せるけど、水を凍らせることはできないね」
二人で顔を見合わせて首を横に振る。
「えぇえええっ!?じゃあもしかして打つ手なしですか?!!どうしましょう?!!」
打ち付ける波の勢いは強く、深さもどの程度か分からないため、足で海の中を歩いていくわけにもいかないし、遊覧船の乗船者用に用意されたスロープも半ばで切れてしまっている。
「あの遊覧船を使ってぎりぎりの場所まで行けばいいんじゃないの?」
「事前に船の操縦士さんに聞き取りをしたのですが、この辺りは小さな岩がいくつもあって、座礁する恐れがあるんだそうです。船は無理そうですね」
「何かいい方法はねぇのか?小雪?」
「人をドラえもんか何かだと思ってない?」
人差し指と中指の間に、杖を右手に掲げた赤いローブの男が記されたカードが出現する。
「『|奇術師《The Magician》』を使えばダンジョンの入り口まで瞬間移動できるけど、CTの都合上、一度使うと24時間は何があっても使えないから、ダンジョンから引き返すことはできません。みんな、準備はできてる?」
全員の意見を確認するように目線を合わせると静かに頷く。
「わ、私も行くのでしょうか?」
「スキルがないと危険だから、あなたは待ってて。ここまで案内してくれてありがとう。私たちが帰って来たら観光案内でもしてよ」
「承知しました!!この近辺は海鮮料理を扱う店が多いので、私おすすめのお店を案内致しますっ!!」
びしりと綺麗に敬礼を決める。
ここで『|奇術師《The Magician》』を使ってしまうと戦闘中に使うことができなくなるが、このカードを使わない限りはダンジョンに向かうことすらできそうにない。
ぐにゃりと歪む視界。
上昇するエレベータのような感覚。
それらを同時に感じた時、直後には大穴の入り口に立っていた。
「いくよ」
時刻はちょうど正午くらい。
昼食を終えてから来ているため心配ないと思うが、攻略に時間が掛かる場合は中で何泊かすることになるだろう。全員の意志を確認すべく小雪がメンバーに声を掛けると、
「あっ、あわわっ」
一人の女性が困ったような声を上げる。
何故なら、
「つ、ついて来てしまいましたあ!!」
しっかり見送ったはずの龍ヶ崎がついて来てしまっていた。本人も完全に予想外だったようで、非常に慌てている。
「待っててって言ったよね……?どうして私たちの身体に触れたの?」
「みみみみ皆さんを送り出そうとして階段を少し登ろうとしたら、躓いて触ってしまったようでありますう!!申し訳ありません申し訳ありませんっ!!」
……思わぬ形での参入となった。
このまま剥き出しの岩壁に置いて行くわけにもいかないので龍ヶ崎響をパーティに加えたまま一行はダンジョンへと足を踏み入れる。