第22話:遠足準備?
「ただダンジョンの配信をするだけでもマンネリ化するじゃん?」
「うん」
「だからさ、もうちょっとITuberらしい配信をダンジョンでやりたいと思うのさ!!何かダンジョンでしかできない配信とかないかな?」
翌朝。ひしかわ開拓の共用ソファにて夜暗森が神妙な面持ちで座っていたので話し掛けてみると、こう話を切り出された。
「それならダンジョン飯の動画でも上げればいいじゃねぇか?ほら、タケシだっけ?芸人からソロキャンプ系ITuberに移行した人。キャンプでのシチューの作り方の動画とかをよく弟や妹が観てるぜ?あんな感じで、飯作ってる様子を動画にすればいいんじゃねぇの?」
「うーん。そういうのもありなんだけどさ、結局それって料理系とかキャンプ系のITuberと担当分野で喧嘩することになるじゃん?もっとこう、ダンジョンでしか録れない感じの動画がいいんだけどな!!」
「だったらなおのこと、いつもの配信でいいんじゃないのか?新しいダンジョンに真っ先に入れるのは、あたしたち『開拓屋』の特権だぜ?」
「古い動画だけどさ、昔観た動画にこんなのがあったのを思い出したんだけど」
小雪のスマートフォンを覗き込んでみると「世界探検チャンネル」というチャンネルが映し出されていた。動画の一覧を見る。
「「流砂の中から脱出してみた」、「底なし沼からの脱出」、「密林で10日間サバイバルしてみた」、「ラクダを解体して丸々一頭食べてみた」。……随分とワイルドな内容の動画ばかりだな」
「た、確かにここまでの動画が録れれば再生回数は稼げると思うけど、はじめちゃんには真似できないかな……」
「あらあなたたち。動画再生数に直結するような、超スリリングなダンジョンをご所望ですって?」
「……何も言ってないけど?」
社長用デスクにある巨大モニターから黒髪の女子高生兼社長が顔を出す。
「なら、福井-016番ダンジョンに行ってくれないかしら?愛知県と比べて人口が少ない分『英雄』や『開拓屋』の数も少ないみたいで、人手不足で困っているみたいなのよ」
「……ねえ杉冴ちゃん。福井県ってことはもしかして『原始世界』?」
「あのねえ。あまりにも考え方が短絡的すぎじゃない?」
重い息を吐く。
「福井県といえば恐竜の化石が多く発掘されている県だけど、ダンジョンというものはそもそも他の世界から部分転移された平行世界なのよ?必ずしも『原始世界』になるわけではないでしょ?」
言われて気づく小雪。
『原始世界』・『中世世界』・『機械世界』・『神話世界』・『第五の世界』のいずれかの世界がランダムに接続されているだけであって、大都会の東京に『原始世界』が出現することもあれば、福井県に『機械世界』が出現することもあるのだ。その国や県の特徴に合致したダンジョンが必ずしも出現するわけではない。
「わざわざはじめちゃんたちをそこに向かわせるということは、それだけ動画のネタになりそうなものがたくさんあるってことですなー?いょうし!!それなら福井県に行ったりますかあ!!どうやって行くのが一番早いんだろ?」
「愛知から福井までだと高速道路を使えば3時間くらいでいけちゃうみたいだな」
「これだけ長い距離を移動するんだったら、電車とか新幹線の方が早いんじゃないの?」
「車を使うと3時間、電車を使うと5~6時間かかるみたいなんだよ。車の方が早いみたいだぜ?」
「何で?」
四方山が呼び出した地図アプリを見る。
名古屋から福井県勝山市|(恐竜の化石が多く発掘されている恐竜の街)まで車で向かおうとすると、高速道路を使って岐阜県を真っすぐ縦断できるが、電車を使うと一度滋賀県の米原駅までぐるっと移動し、そこから東に向かって移動しなければならないらしく、遠回りになる分自動車の方が4時間以上も早く到着するのだという。
「片道3時間ってことは、ダンジョンを攻略する時間も合わせると、こっちに戻ってくるのが相当遅い時間になりそうだよね。向こうのホテルかダンジョンで一泊ってことでいい?」
「さすがにホテルの手配くらいは自分でして頂戴。何ならダンジョン内で野宿にしておけば、チェックインする手間も費用も省けるけど?」
「いえい!!野宿ならキャンプだキャンプ!!動画の撮影一杯したるぞー!!キャンプだほいほいほーい!!!」
キャンプ系ITuberと喧嘩したくないとは何だったのか。
荷物を纏めると四人でぞろぞろと買い出しへと向かう。
☆★☆★☆
というわけで辿り着いたのは大型ショッピングモール。ダンジョンの規模がどの程度か分からないが、あまり食品を持ち込み過ぎても重いだけなので、とりあえず2~3日分を目処に食品を物色する。
「何だかこうやって泊まりで行く仕事って久々だなー。こういう時って何を持って行けばいいんだっけ?」
「生ものとか野菜みたいな足が早いものを除けば、どんなものでも大丈夫だよ。面倒くさいって言うなら、何ならカップ麺でもいいよ」
「カップ麵ってポットみたいな湯沸かし器がないと作れなくないか?」
「そういう時に私の【タロットカード】が役に立つんだよね」
自慢げに胸を張る。
「水の杯を使えば水はいつでも調達できるし、新聞紙みたいな燃やすものさえあれば炎の杖で火が熾せるからね!!ライターとかも必要ないし、ぶっちゃけ食料さえあればサバイバルにほぼ手ぶらで行けちゃうんだよ!!」
「一応確認しとくけど、それって飲める水なんだよな……?」
「飲めることには飲めるけど、硬水だからあんまりおすすめしないかな。カップ焼きそばとかだったら問題なく作れるよ」
軟水と硬水に差は、水の中に含まれるカルシウムやマグネシウムの含有量で決まる。
含有量が多い方が鉱石由来の成分を多く含んでいるため硬水、含有量が少ない方が軟水となっており、それぞれ食感に違いが生じるのだという。
普段日本で販売・使用されている水は全て軟水であり、一般的には日本人に合っているのは軟水だと言われている。
「そういうのが気になるっていうのなら缶詰にすれば、スペース取らないし嵩張らないからおすすめだよ。日にちも保つしね」
「缶詰か。非常用に何個かウチに常備しているけど、今時はサバ缶以外にもフルーツ缶詰とかもあってバリエーションに富んでるよな。それも手だな……」
缶詰は長期保存を前提としているため、製造過程で缶の中を無菌・無酸素状態にしている。
そのため、開けた時に中身が腐ってさえいなければ、製造から3年、長ければ5~10年経ったものでも食べることが可能だという。多く買い込んでおけば複雑なダンジョンを攻略する時に非常に便利だし、最悪の場合忘れて長期間放置してしまっても、食べられる可能性がある。
……食あたりを防ぐために長期間放置された缶詰は食べないのが正解なのだが。
「ねね、おやつはいくらまで持って行けるのさ?!キャラメルみたいな個包装で分けられるタイプとポテチ、どっちがいいと思う?」
「特に値段に制限はないから好きなだけ持って行けばいいけど、自分が食べる用のご飯は最低限用意してよ?」
「冷凍チャーハンとかいける?!こゆきちゃんのスキルで持って行って、炎の杖で解凍できたりする?!!」
「水の杯じゃ冷凍ができないから、冷凍食品は無理じゃないかな?」
「あれ?そういえば削穢は?一緒に来ているはずだよな?」
和装に長いポニーテールという目立ちやすい姿をしているが、普段から物静かなので、大型ショッピングモールなどに一緒に行くと時折見失うことがある。周囲を探してみると、
「……申し訳ありません。……別の場所で買い物をしていました」
カロコロと下駄を鳴らしながら小走りで向かってくる。
「今、ダンジョンに持って行く保存食を選んでいるんだけど、削穢さんは何か欲しいものとかある?」
「……私は非常食に兵糧丸を持ち歩いていますので、2~3日程度でしたら問題ありません」
和服の裾から茶色の珠を取り出す。
「兵糧丸って、あの忍者とかが使ってる携帯食のこと?そんなもの持ってたんだ?」
「……作り方は門外不出ですのでお教えできませんが、家で作ることもできますし、それなりに日持ちもします。……これがあれば食事には困りません」
「水の杯を使えばインスタントの味噌汁とかお茶漬けくらいなら作れたりするけど、そういうのはいらない?」
「……折角の機会ですので、この場で買っておこうかと思います。……兵糧丸はあくまで急場凌ぎの食料ですので、味はそれほど良くはありませんし」
和装を卒なく着熟す姿から何となく予想はできていたが、やはり洋食よりも和食が好みらしい。
瞳を揺らしながら嬉しそうにインスタントの味噌汁やお茶漬け・漬物などを買い物かごに入れていく様子は、お菓子を物色する子供のような無邪気さだった。