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第21話:四方山唯と一家団欒の食卓

「ちょっとだけ悪いこと」は、少し遅れて四方山(よもやま)家にやってきた。


「ただいま」


 父・母・自分も含めた七人姉妹兄弟・祖母の10人分のこけりんアイスを乗せた艦隊が、唯の護衛によって到着する。


「あっ!お姉ちゃんお帰りー!!」


 唯の帰還に真っ先に気づいたのは小学校一年生の末妹(まつまい)優香(ゆうか)だ。子犬のように愛らしく瞳を輝かせながら玄関へと飛んでくる。


「それなにそれなに?!!何が入ってるのー?」

「こけりんだぜ。今日は仕事場が名古屋だったから、帰りに店で買ってきたんだよ」

「わーい!!こけりんだー!!」


 その声を聞いて二階から騒がしい足音が聞こえてくる。


「こけりん?!マジ?!!」

「早速食おうぜ!!」


 意気投合しながら降りて来たのは小学校六年生で双子の次男と三男・健太(けんた)啓太(けいた)。ゲームをやっている途中だったのか、二階からは騒がしい音が漏れ聞こえる。


「おうおう。そんなに歓迎してもらえると、こけりんもきっと喜んでくれるだろうぜ。……千紘(ちひろ)紗英(さえ)吉幸(よしゆき)は?」

「千紘お姉ちゃんはリビングでお母さんと一緒にテレビを観てるよー。紗英お姉ちゃんはお勉強しているから邪魔しないで、だって」

「吉幸兄ちゃんはホームに滑り込んだら泥だらけになったから、先に風呂に入るって言ってた」

「吉幸兄ちゃんが風呂出たら野球のゲームで対戦するんだ!野球じゃ吉幸兄ちゃんの方が強いけど、ゲームじゃ俺たち双子のチームプレイの方が上さ!!」

「おうよ!俺たち双子の力を見せてやるぜ!!」


 わいわいと小さい妹と弟に囲まれながらリビングに移動すると、母と小学校四年生の三女・千紘がテレビに釘付けになっていた。かわいい動物がたくさん登場するバラエティ番組を観ているようだ。


「ただいま母さん。父さんの帰りは遅くなりそう?」

「おかえり。「帰る」って連絡がないから、もう少し遅くなるかもしれないわね」


 テレビに特に熱中しているのは千紘だった。瞳をキラキラと輝かせながら食い入るようにテレビに熱い視線を向けている。もしかしたら唯が帰宅していることにも気づいていないかもしれない。


「唯お姉ちゃんが帰ってきたぜー。千紘」

「ひゃわっ!!」

「おわっ!!」


 本当に気づいていなかったらしい。肩を大きく震わせると、泣きそうな顔で身体を縮める。


「あんまり驚かすなよ?!!こけりんを落としちまうかと思ったじゃねぇか!」

「ごめんなさい唯お姉ちゃん……。だってあのワンちゃん。とってもかわいくて……」


 画面に目線を移すと、白いトイプードルが二匹、狭い柵の中でじゃれ合っているシーンだった。


「わたしもワンちゃんを飼ってみたいな……。もうふもふでかわいいし、ウチじゃ昼間はお母さん以外全員家にいないから、防犯にも役立つよね」

「ウチじゃ庭が狭すぎて、犬にはちょっとかわいそうかもしれねぇな。室内で飼うなら問題ないけど、それでもこれだけ家族がいると狭そうだぜ」

「そっか……。残念だね」

「ねえねえ唯お姉ちゃん」


 末妹が裾を引っ張る。


「早くこけりん食べよーよ!優香待ちきれないんだけど!!」

「分かった分かったって、そんな大声出すなよ。晩飯の後にみんなで食べような」


 ここで失敗してしまっては「こけりんチャレンジ」台無しだ。

 ゆっくりと着地させて箱を開けると、人気者の登場に子供たちから黄色い声が挙がる


「かわいー!!食べちゃうのが勿体ないくらい!!こんなの絶対千紘お姉ちゃんには食べられないじゃん!!」

「かわいい……。こんな動物が本当にいたら、飼ってみたいかも」

「こんなのただのケーキだぜ?ケーキを飼ったら腐っちまうよ!」

「食べるのが勿体ないなら俺が食ってやろうか?」

(お……)


 和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気の中で、「ちょっとだけ悪いこと」が起きてしまったこけりんを発見する。

 どのタイミングでそうなってしまったのかまでは分からないが、他のケーキに押されてしまったのか、隣のこけりんが()り込んで少し凹んでしまっている。押した側のこけりんは形を保っているが、押された側の方は修正が難しそうだ。


「あら?一つだけ形が崩れちゃってるわねえ。これは「こけりんチャレンジ」失敗かしら?」


 後ろから覗いた母親が口を開く。


「これはお母さんが食べようかしら?」

「いや、いいよ。あたしが食べるから」

「遠慮しなくてもいいのよ?唯はちゃんとしたのを食べなさい?」

「店でこけりんを食べていた同僚がさ、同じようにうっかり崩しちまってたからさ、どうせならあたしもその気分を味わってみたいんだ。これはあたしが食うぜ」

「あら、そういうことならお母さん、普通のを食べちゃおうかしら?ありがとうね」


 勿論、そんなものは口実だ。


 折角の機会なのだし、不幸な目に逢うのは自分だけでいい。

 両親や弟・妹たちが幸せならばそれでいい。


(あたしが守らなくちゃ)


 食費・教育費・養育費・衣服代・医療費・生活用品の費用・スマートフォンなどの通信費――。

 これらを全て合わせると、子供を一人育てるのにかかる費用は、幼稚園から高校まで全て公立校に通ったとして約600万円・全て私立だと約2,000万円かかると言われている。


 全て最低金額だと見積もっても、成人している唯を除いて6人で約3,600万円。父親が現役で働いているといえども、サラリーマン一人で補うのには難しい金額だ。


(あたしが守るんだ!!)


 七人の兄弟姉妹の中で成人しているのは唯だけ。高校二年生の次女・紗英は医者になるために難関私立大学に進学すると言っていたし、長男の中学三年生・吉幸は野球部で高成績を収めたのが認められ、私立の強豪校へと進学するのだという。

 これからもっと多額のお金が必要になるのであれば、家庭を支えるのは父と自分。正義を胸に悪を成敗するヒーローと同じで、守っている者たちの笑顔が見ることができれば何よりも幸せだ。


 それに――、


「一個余ってるよ?パパのじゃないよね?」


 帰りが遅い父以外の全員が美味しそうにこけりんを食べる中、優香が疑問を述べると、風呂から出た吉幸から答えが返る。


「ばあちゃんのだよ。また唯姉ちゃんはばあちゃんの分も買ってきたのか?」

「無駄だとは思うけどな。一応買ってきたんだ」

「買わなくていいって言っただろ?それこそ無駄だって」


 溜息を吐く。


 四方山家は父・母・七人兄弟姉妹の9人暮らしだが、それに加えて老人ホームで生活している祖母がいる。


「自分が誰と結婚して、何処で生活しているかも分からないほどまで認知症が進んでるんだぞ?そんな状態でアイスを食べたって、美味しさを感じないでしょ?」


 認知症レベルは中度。

 今が何月何日なのかが分からないだけではなく、食事をしたことも、「食事をしていない」と報告したことも、結婚して苗字が変わったことも、誰と結婚したかも、自分が何処で誰と生活しているかも理解することができないほどに重度の認知症となってしまったため、母一人では手に負えず、余生を老人ホームで過ごしてもらうことにしたのである。結婚した相手が誰かも覚えていない様子からすると、祖母は唯たち兄弟姉妹の顔など誰一人覚えていないだろう。


「でもさ、どんなに認知能力が落ちたって家族は家族じゃねぇか。あたしが小さい頃は、よく一緒に遊んでくれたし、旅行にも連れてってくれた。例え、ばあちゃんがあたしのことを分からなくても、あたしは最期までばあちゃんのことを家族としてみたいんだよ」

「あら、じゃあ今度の土日にお父さんに老人ホームに持って行ってもらおうかしら?唯の次はお父さんが「こけりんチャレンジ」をする番ね」


 祖母は年金を受給しているが、老人ホームの利用費の方が年金の受給額よりも高いため、祖母の年金だけでは毎月マイナスとなってしまう。


(あたしがもっと頑張らなきゃな……)


 一家団欒の食卓には、見えないだけで一塊の闇が潜んでいた。

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