第20話:ちょっとだけ悪いこと
こけりんは名古屋コーチンの卵を使ったプリンをバニラ風味のババロアで包んだ、柔らかくてふわふわしたお菓子であるが故に形が崩れやすく、運ぶのが非常に困難だと言われている。
そのため、こけりんをテイクアウトして形を崩さずに家まで運ぶことを「こけりんチャレンジ」と呼んでおり、その難易度の高さからSNSで注目を集めている。
「お待たせしました!こけりん三つです!!」
ことり、と互い違いの方角を向くこけりんが三つ置かれる。
「…………」
分かっている。
そんなことは分かり切っている。
『|運命の輪《Wheel of Fortune》』が示す「ちょっとだけ悪いこと」。
それは、形が崩れてしまっているか、店員さんが片目だけチョコチップを埋め込み忘れて隻眼となったこけりんが届くことだろう。
「全部同じ方向を向けるぜ……」
同じことを思ったのか、こけりんが乗った小さなカップをゆっくりと回し、三人でその顔を確かめる。
まずは一匹目。
「セーフだぜ」
黒いチョコチップでできた円らな瞳に、黄色い板チョコの嘴・白い板チョコの翼・赤い板チョコの鶏冠。
白いババロア生地でできた表面も綺麗な円形を保っている。
次に二つ目。
「こっちも問題ないよ!!」
指で挟んで引き寄せたカップの上に乗ったこけりんが、ぷるりと揺れたが、それでも尚、浅く埋め込まれた目玉が落ちることもなく、綺麗な双眸でこちらを見上げている。
「最後だね」
問題の三つ目。
消去法で言うのであれば、このこけりんに何か問題があることになる。
今にも逃げ出さんとガラス張りになった店の外へと視線を向ける最後の一羽をゆっくりと回転させる。
「無事だ……」
さすが、繊細なお菓子を取り扱う喫茶店の従業員と言ったところか。
三羽とも何一つパーツが欠けることも、形が崩れることもなく机の上へと提供されたのであった。
「ちぇー。何も起こらないじゃないかよう。もっとこう、店員が目の前でズッコケるみたいな、一昔前の芸風がご覧じれると思ったのになあ」
「何も起こんねぇんだったら、それはそれで良かったじゃねぇか」
「ゆいちゃんは本当に食べなくていいの?こけりん、ちょー美味しそうだけど?」
「……言ってくれるな。あたしはテイクアウトして家族全員で食べるんだ。それまでのお楽しみってもんよ」
「目の前で美味しそうに実況していい?!見せびらかしてもいい?!!」
「嫌らしいやつだなてめぇはよぉ!!」
「……」
本当に何も起きないのか?
その問いを確かめるように小さな瞳を見つめる。
バニラの芳香を漂わせる鶏のお菓子は、「高温多湿だと痛んじゃうから、さっさと食いな」と言いたげに、こちらを見つめ返す。
それならば早く食べてしまおう。
何かが起きてしまう前に。
「いただきます」
日本特有の文化、食べ物への感謝の祈りを捧げる祝詞を発し、スプーンを突き立てようとした時だった。
「あははー!!この店とっても広いねママー!!!」
店内で鬼ごっこでもするかの如く少年が机の近くを通過。
ごいんっ!!
その拍子に腕が机を掠め、少し痛がりながらも走り去っていく。
「おいコラ!店ん中で走っちゃダメだろうが!!」
小さい弟妹の躾けに慣れている四方山が叫ぶが、少年は既に走り去った後だった。後に続いた母親が軽く頭を下げながら子供を追い駆けていった。
「いやあ、元気な子だね!!はじめちゃん、危うくこけりんを落とす所だったよお!!」
言い終わって夜暗森は気づく。
先ほどの揺れは結構激しく、例えば机が肘と接していたのならば、その振動でコーヒーや紅茶であったら零してしまいそうな規模の揺れだった。それが強い振動に弱いスイーツだったら、果たしてどうなってしまうのか。
「……」
「…………」
これは小雪がこけりんを机に落としてしまっているに違いない。
隣に座る四方山と考えていることは同じだったようで、顔を見合わせた後に正面に座る小雪を見ると、
「よかったねこゆきちゃん……」
何とか揺れには持ち堪えたらしい。左手に握られたカップの上に鎮座する白い鶏の生存を確認してホッと胸を撫で下ろす。
「あたしも危うく落としちまうかと思ったぜ!無事にこけりんを守り切ったな!小雪!!」
「やってくれたね……」
しかし、嬉しそうに話す二人に対し、小雪の表情は暗い。
「どうして?手の上から落ちることもなかったし、形が崩れることもなかったんだよ?!これは神動画レベルの幸運でしょ?!!」
「そうだぜ小雪!あたしたちは『|運命の輪《Wheel of Fortune》』の「ちょっとだけ悪いこと」から逃れたんだ!!誇っていいんだぜ?!!」
「……見てよこれ」
空中に添えられた右手の先にあるスプーンに視線を注ぐと、こけりんの左目を抉るようにスプーンが深々と突き立てられていた。貫通していないため、端から見れば形を保っているように見えるのが逆に皮肉めいている。
「私、こういうのは頭から食べる派なんだけど、さっきの揺れのせいで一回目のスプーンをこけりんの目に突き刺しちゃったんだよ。これ、顔を抉りながら食べないとアンバランスになるよね……」
『|運命の輪《Wheel of Fortune》』が示す「ちょっとだけ悪いこと」。
それは、「スイーツを食べる時の最初の一回目のスプーンが、自分の好きな場所に突き刺せないこと」だった。
例えば苺が乗ったショートケーキを食べるとしよう。
三角形の尖った部分をフォークで一口サイズに分断して食べる者。上に乗った苺を最初に食べる者。素手で掴んで丸齧りする者。人によってどのように食べ始めるのかは千差万別で、人の数だけパターンがあるはずだ。
だが、もしそれを自分が決定することができなかったら?
最初から横倒しになった状態でケーキが供され、「そもそも横倒しになったケーキをフォークで切り分けて食べるしかない」と、無限の選択肢から、たった一つの選択を提示されたら、果たしてそれは愉悦の時間と言えるのか。気色酒のような気味の悪さだけがその場に残る結末となるだろう。
「……よろしければ交換しましょうか?」
先ほどから隣で静観していた和装にポニーテールの少女が何の気なしにそう呟く。
「……腹の中に入ってしまえば同じですで、私は別段形には拘りません。……私ので良ければ交換致しましょうか?」
「ありがとう。削穢さん……!何だか削穢さんに助けられてばかりな気がするよ……っ!!」
「……気にしないでください。……こんなことでも複野さんのお役に立てるのであれば、私は幸せですので」
店で出されたお茶が余程気に入っていたのか、撫霧のこけりんは机の上に置かれたままだったため、強い揺れに対して無傷だった。「ちょっとだけ悪いこと」による災難は『ひしかわ開拓』の強い絆の力|(?)に屈して去っていったのである。
どうもお久しぶりです!折角「いいね」やブックマークが増えた時のために、いくつかトークを温めていたのに、微塵も「いいね」・ブックマークが付かないがために、皆さんとお話できなくて少し寂しい藤井清流です!!
さて本日は連続投稿の最終日!
そんで、この20日間に書いたのが大体6話分くらいとなっています。
ストーリーの展開やら話のクオリティやら云々を吟味した結果、現在執筆中の27話を除く21~26話も、このまま投稿することが決定しました!!いえい!!待ち望んでいる人がいるかいないかは分からないけど、26日まで毎日読めますよ!!やったね!!
というわけで、タイトルの告知部分が一部変更となるので、藤井の作品を見失いたくない人は是非ブックマークを!!
ではまた!これからもよろしくお願いします!!