第19話:【タロットカード】
「【タロットカード】のスキルって、全部で22種類あるんだよね?!!」
場所は名古屋駅の中にあるお洒落な喫茶店・竜胆。
一行は愛知-016番ダンジョンの攻略が完了したことを菱川杉冴へと電話で報告し、近年生まれた名古屋の新・ご当地スイーツである「こけりん」で一躍有名となった喫茶店のイートインスペースにて談笑していた。勿論、そのこけりんを堪能するためである。
「他にはどんなのがあるのさ?!『|刑死者《The Hanged Man》』みたいなトンデモ能力のやつがあったりするの?!!」
「いろんなのがあるよ」
手で軽く押さえてトランプの要領でタロットカードを並べる。先の戦いで何枚か使ってしまって歯抜けになっているため、占いをするのは難しそうだ。
「例えばこの『節制』のカード。これを使うと一度だけ小アルカナを使った合体技を使うことができるんだよ?」
「え?!合体技?!!氷と炎を掛け合わせてメドローアみたいな攻撃とかできちゃったりするの?!!」
「ふふん。実はできるよ!!『節制』を使わないと合成が難しいから、滅多に使わないけどね!!」
「「節制」って意味なんだよなあ?何だか図柄と効果が全然関係なくねぇか?」
扇状に整列したカードから14番目のカードを抜き出す。
カードの中央には天使が描かれ、左手にある杯から右手の杯へと水を注いで移し替えようとしていた。
「『節制』って言うくらいならさ、一定時間腹が減らないとかの方がお似合いだと思うんだけど、このイラストのどの辺りが節制なんだ?」
「えーっと、私も気になって確か調べたんだけど、何でだっけな……?」
時代は便利になったものだ。
スマートフォンの検索エンジンに文字を叩き込むと、ウェブページを呼び出す。
「ええと……。四大元素において、天使の胸に描かれた赤い三角形が火、天使の足を浸す池が水、天使のもう片方の足が踏み締めている草地が土、天使の翼が風の象徴である。天使が持つ二つの杯は、それぞれ陰と陽・男と女と言った相対する二つの要素を指し、四つの元素を象徴として内包した天使が、相反する二つのものを調合しようとしている様子であることから、正位置のカードは「公平」・「平等」・「調和」などの意味を持つ、だってさ」
「節制要素が何処にもねぇじゃんか?どの辺りが節制なんだ?」
「調べてもあんまり詳しく出てこないね……」
現代でも使用されているタロットカードは、主にマルセイユ版・ウェイト版・トート=タロット版の三つに分類される。
しかも、それぞれのバージョンにおいて、原典となるカード・カードを研究した人物・カードが制作された国などが異なるため、国・解釈者・研究者の数だけタロットカードの種類は生まれ、消えていった。
元々はしっかりとした意味と挿絵が存在したカードだったが、数百年に及ぶ変化の過程で大きく変化し、本来の「節制」という意味とは乖離してしまったのかもしれない。
「ねね!これ何さこれ!!随分と格好いいじゃん?!!」
厨二病心を擽られたのか、不可思議な文字が書かれた円盤の周囲に天使や翼の生えた牛が描かれたカードを抜き出す。
「「Wheel of Fortune」って、「運命の輪」みたいな意味じゃなかったっけ?!!創作にもよく使われている気がする!!これってどんなスキルなのさ?!!」
「ちょっとだけいいことと、ちょっとだけ悪いことが50%の確率で起こるルーレットを使うスキルだよ……」
「はえ?」
目を白黒させる夜暗森。
「もっとこう、時を止める能力とか、ルーレットの真ん中からビームを出す能力とかじゃないの?!!」
「だから使い道がなくてほとんど使ったことがないんだ。「ここで一発決めるしかない!!」って時にこれを使って悪い乱数引いたら、最悪命に関わっちゃうからね」
「ちょっとだけいいことと、ちょっとだけ悪いことって、具体的にはどの程度のことが起きるんだ?」
「んんと……」
何回か検証した内容を思い出す。
ちょっとだけいいことというのは大体、道端で100円玉を拾ったり、消費期限が明日までになっているのに半額シールが貼られたパンを見つけたり、テレビを観ていたらバラエティ番組のBGMに好きな曲が使われていたり、と言った、一瞬だけ幸せになれる程度の幸福。
ちょっとだけ悪いことだと、冷蔵庫の奥から消費期限が2か月過ぎたチョコレートが発見されたり、靴下が片方だけ行方不明になったり、スマホを充電しようとしたらコードが刺さっているのに接続不良で充電マークが点かず、充電しているつもりでそのまま寝てしまったりと、翌日までは引き摺らないけど「げっ!!」となるレベルの不幸である。食中毒や骨折のような、露骨なくらい命に関わる不幸が起こらないのが逆に嫌らしい。
「何か絶妙だな。あたしだったらどっちが起きても一瞬で忘れちまいそうだぜ」
「CTが6時間で【タロットカード】の中では最短なのはいいけど、仮に50%の確率でいいことが起こっても高が知れてるから、本当にただの外れスキルなんだよね……」
「はいはーい!!じゃあ、今からその『|運命の輪《Wheel of Fortune》』を使ってみるのはどうでしょう?!!」
ギラギラに加工されたピンク色のスマートフォンを構える。
「はじめちゃんたち『ひしかわ開拓』の企画ということで、『|運命の輪《Wheel of Fortune》』を使う所と、その効果の様子を動画に収めて投稿しちゃいましょう!!勿論、店員さんに店内撮影の許可を取って、編集してからになるけどねー!!」
「おっ、面白そうじゃねぇか」
他人事のように四方山がニヤりと笑う。
「あたしもどんな感じになるか気になるぜ。減るもんじゃねぇんだし、ここで使ってみるのもどうだ?」
「……不幸を被るのは私だけだから、何だか不公平だよね」
ずず……。と緑茶を飲みながら三人のやり取りを静かに見守る撫霧を隣に置いたまま、『|運命の輪《Wheel of Fortune》』を起動する。
「おお……。白い文字で「Lucky」って書かれた金色のマスと、「Unlucky」って書かれた黒いマスがちょうど半々くらいあるね!!」
「この赤い矢印に止まったら決定するんだな?」
「それじゃあ、いくよ」
まあ、何か起きた所で死ぬわけではない。肩の力を抜きながらゆっくりと回すと、ルーレットは自ずと回り始める。
「…………」
幸か不幸か。
「Lucky」か「Unlucky」か。
「ちょっとだけいいこと」か「ちょっとだけ悪いこと」か。
どちらかが訪れるのだとしたら、中途半端な不幸よりも中途半端な幸運の方がいいに決まっている。
必死に願いを込めながら矢印の先端が示す文字を確認してみると、
「「Unlucky」だね……」
「Unlucky」。
つまり不幸。
2分の1の確率に負け、これから不幸なことが起こるらしい。
喫茶店でこれから起こりそうな、ちょっと不幸な出来事。
そんなこと、この場の誰もが何となく予想がついていた。
「お待たせしました!!」
店員さんのプライスレスの笑顔と同時に白い鶏型のアイスが三つ、トレイに乗ってやってきた。