第18話:『英雄』の死
宵闇とも暁闇とも取れる不可思議な模様をした空の下、一人の『英雄』が殉死した。
複野小雪・18歳。
ダンジョン内の危険を極力排除すべく、植物兵器がある可能性のあるC-5棟への移動中、自らを黒幕と名乗る二人組に遭遇。その場で仕留めようと肉迫するも、拳銃で心臓を撃たれて絶命した。
「そんなことって…………、そんなことってあるのかよ!!」
どれだけ敵がいようが構わない。
どんなモンスターが来ようが構わない。
ここで仲間の死を厭わなくてどうするというのだ。
すっかり血色が消えて力なく目を閉じる少女を抱えながら、四方山唯は慟哭する。
「さっきまで元気に戦ってたじゃねぇか?!さっきまで冗談を言いながら笑ってたじゃねぇか!!どうして誰よりも前向きで一生懸命頑張ってるお前が死んじまうんだよ?!!」
「そんな……」
消え入るような声で話す夜暗森の瞳から大粒の雫が零れる。
「もっと一杯お話したかったよ……。もっと一杯仕事したかったよ!なのに、こんなにあっさり死んじゃうなんて……っ!!」
『開拓屋』に入った時から――いや、『英雄』になった時から、大切な人や仲間との離別は覚悟はしていた。
その瞬間をこんなにも早く迎えてしまうなんて。
その瞬間がこんなにも早く来てしまうなんて。
その瞬間がこんなにもあっさりとしたものだったなんて。
ふざけたことばかり言っていた自分を呪いたいほどの自責の念に駆られる。
「……複野さん。……早く目を覚ましてください。……皆さん悲しんでいますよ?」
未だに小雪の死が受け入れられないらしい。和装に長いポニーテールの少女が座り込むと、血色を失った小雪の顔を覗き込む。
「止めとけよ。あたしが確認した時には脈がなかったんだから、間違いなく死んでるんだ。もう小雪が言葉を話すようなことはねぇよ」
ここは年長者としてパーティを引っ張っていかなければ。少女の肩の上に優しく手を置く。
「……いえ、複野さんは死んでいませんよ?……ただ少し眠っているだけで」
「あのな、削穢」
自分だって仲間の死を受け入れたくない。
でも、この悲しみから決別するために言っておかなければ。
撫霧を諭すように。
自分に言い聞かせるように。
しっかりと腹から声を出す。
「あたしだって信じたくはねぇよ。でもな、潔く散っていった味方を快く送り出してやるってのも弔いの一つじゃねぇか?お前と小雪は「ひしかわ開拓」に初期からいたメンバーだから、相当仲が良かったみたいだけど、仲間を思う気持ちが少しでもあるってんなら、まずは個人を偲ぶことを優先しようぜ」
「……いえ、だから複野さんは――」
撫霧が困った様子で言葉を発した時、力なく倒れた小雪の心臓部が淡く光り、煌々と輝く一枚のカードが宙に浮かび上がった。カードの表面には何処か退屈そうな表情をした男性が、木の枝に逆向きで宙吊りにされた姿が描かれている。
「タロット……、カード……?」
「……私の記憶が正しければ、複野さんは大アルカナの12番と言っていた気がします」
一枚のカードは空中で閃光を放つと、光の粒となって霧散し、粉雪のように死体の上へと舞い降りる。
そして、
「ん……」
悠久の眠りから覚めたかの如く、腕に抱かれた少女は目を開く。
「小雪!!」
「こゆきちゃん!!」
「えへへ……。心配させてゴメンね…………」
はにかむ少女を『ひしかわ開拓』の面々が思い思いに囲む。
「【はじめちゃんのネ申ライブ!!】でもびくともしなかったじゃん!!一体どうなってるのさ?!!」
「これも【タロットカード】の力だってのか?!!」
「『|刑死者《The Hanged Man》』は、私が死んじゃった時に一度だけ生き返ることができる能力なんだよね。みんなに心配かけちゃって本当にゴメン!!」
申し訳なさそうに手を合わせる。
大アルカナの12番。
『|刑死者《The Hanged Man》』。
そのカードは修行のためにユグドラシルの樹を使い、九日間首を吊った北欧神話の主神・オーディンを表しているとされており、実際に吊るし刑を行っているシーンではなく、自らを更なる存在へと高めるための試練や通過儀礼の1シーンを描いている。
つまり、「刑死者」という名称でありながら、辛い試練を乗り越えた先の希望を暗示するカードなのだ。
「……私、言いましたよね?……複野さんは死んでいませんって」
「いやいやいやいや!待て待て待て待て!!」
脳の処理が完全に追い着いていない。目を回しそうになりながら撫霧を指す。
「あたしが脈を計った時は確かに止まっていたし、目の前で心臓を撃ち抜かれている所を見てるんだぞ?!その状況で「生きている」って言われて、信じろって方が無理があるだろうが!!」
「……私は『|刑死者《The Hanged Man》』のことを知っていましたので、皆さんを落ち着かせようと」
「そういうのは早く言ってよ!報連相だよ報連相!!聖水よりも貴重なはじめちゃんの涙を返してよっ!!」
「いやあ、どうせ無理だろうなとは思っていたけど、折角黒幕がわざわざ出てきたんだから、ちょっと無理してでもあいつらを斃しておきたかったんだよね。結果、見事に返り討ちに遭いました、と。残念残念」
「……なるほどな。よく分かったぜ」
四方山がパキポキと指を鳴らす。
「小雪が死んであたしと萌がどれだけ心配したと思ってんだ?その痛みを物理的に味わってもらうために、少し覚悟してもらおうか?」
「一度使っちゃうとCTが720時間あるから、さすがにもう一回は復活できないよ?!本当に死んじゃうから止めてくれないかな?!!」
「ははは。お前がやったことに比べりゃかわいい冗談だよ。……ま、何より良かったぜ、お前が無事でさ」
肩の力を抜くと深く息を吐く。
「モンスター退治ってのも勿論大事なんだけどさ、第一にあたしたちは金を稼いで毎日を楽しく生きるために仕事をしてんだ。仕事ってのは生きがいじゃなくて、生きるための手段だからな。死んじまったら元も子もねぇよ」
「……これは、こけりんアイスだな!!」
子供っぽく涙を拭うと夜暗森は言葉を繋ぐ。
「はじめちゃんをこんなに心配させたのは万死に値するのだぞ☆!!ちょうど名古屋にいることだし、SNSで話題のこけりんアイスをみんなに奢るのだあ!!そうでもしないと、はじめちゃんの心は晴れないのだあ!!」
「おっ!いいなそれ!!……なあ小雪。美味しいスイーツ一つで蟠りがなくなるんだったら、こんなに安いことはないよな?」
「善処します……」
思わぬ出費となった。
何かとバタバタして危うく忘れそうだったが何とか思い出し、C-5棟まで移動。1階~5階まで廊下を歩きながら研究室の内部を確認した結果、途中で警備ロボットとの交戦にはなったものの、ハエトリカズラのような植物型モンスターの姿は確認できなかった。愛知-016番ダンジョンは攻略完了したと判断してもいいだろう。