第17話:機械神
「……で、その機械神様が一体何の用でしょうか?……単に挨拶しに来たわけではありませんよね?」
普段から感情の起伏が穏やかなせいか、喜怒哀楽や恐怖・驚きにはそれほど動じないらしい。奇抜なファッション風に改造された作業着姿の男に対して、閉口してしまった小雪たちの代わりに撫霧が話を進める。
「うむ!近頃気鋭の『英雄』や『開拓屋』たちを偵察して周っているのだ!君たち『ひしかわ開拓』もオレのお眼鏡にかなった一つだぞ!!光栄に思うがいい!!」
「……本当に私たちの様子を見に来ただけだったら、姿を現す必要などないでしょう。……何か隠していることはありませんか?」
「ない!!」
素直というか屈託がないというか。
詰まることもなくはきはきとした口調で言葉を並べる。
「貴様らには二・三説明しておかねばならないことがあってな!そのために来たのだ!!」
ふんっ、と鼻息を荒らげて腕を組むと、筋肉質な凹凸が表出する。
「忽然と姿を消したかのように人が居なくなったと言っていたな!?あいつらはオレが排除したのだ!!」
「……どういう意味?」
「そう怖い顔をするな!言葉通りの意味だ!!」
これほどの規模の研究所となると、2~300人は人が居てもおかしくはないはず。
その全員を殺しておいて、ここまで涼しい顔をしていられるというのか。
驚きなど疾うに通り過ぎ、怒りがこみ上げた顔で小雪が牙噛むと、バーナードの声が返る。
「君たちとの戦闘に巻き込まれては大量の死者が出るからな!オレの管理する世界に残ってもらったのだ!!」
「……え?」
さっきから彼のペースに持って行かれっぱなしな気がする。機械神は言葉を続ける。
「実力のない者を無理やり戦いに巻き込むよりも、大将と大将同士の少数精鋭で戦った方が被害が少なくなる!そうだろう!?だから、雑兵として使えそうな警備ロボットとハエトリカズラだけ施設に残し、残りの者たちは元の世界に留まってもらったのだ!!どうだ!文句あるまい!!」
「単刀直入に聞いてもいい?」
「うむ!!」
実直に物事を話しているが、胡散臭い部分があまりにも多すぎるし、その疑問に素直に答えてくれるのであればチャンスだ。小雪は話しを切り出す。
「200人以上の人間が戦いに巻き込まれないように移動させた。ということは、このダンジョンが移動することで私たち、もしくは『英雄』たちと戦いになるってことが予見できていたってことだよね?あなたは関係ない市民を助けた味方なの?それとも、ダンジョンをこちらに出現させている黒幕なの?」
「後者だ!!」
こうもあっさり認めるものなのか。
その発言のあまりの迷いのなさに、かえって疑心暗鬼になってしまう。
「君たちが愛知-016番ダンジョンと呼んでいるこのダンジョンを、オレがこの地に呼び出したのは紛れもない事実である!!その理由としては――」
「それ以上はダ・メ。小さなお子様たちには刺激が強すぎるわよ」
カンっ!
金属質の軽い音が鳴ったかと思うと、バーナードの隣に妖艶な姿の女性が現われた。そのあまりの自然な登場の仕方は、まるで最初から男の隣に存在していたかのようだった。
「黒幕がこんな所でペラペラと真相を話してどうするの?それはあまりにも無粋じゃないかしらん?」
「うむ!我々の目的を知っておいたもらった方が正々堂々と戦えるかと思ったが、そういうわけでもないということか!?難しいな!!」
「……あなたが【タロットカード】の能力者ね?」
値踏みをするかのように女性がこちらを見つめるため、ついつい視線が吸い寄せられてしまう。
局部を黒い水着のような布で隠し、大胆に腹や太腿を曝け出したその姿は、ビキニやボンテージ服と表現した方が適切かもしれない。しかし、特筆するべきはそこではない。
「間近で観るのは初めてだけど、少しはアタシを楽しませてくれそうじゃない?」
ちろりと緑青色の艶やかな舌が覗く。
髪・顔・腕・指先・胸・腹・脚。
身体を構成するあらゆる部分が濃淡の違う青色をしていた。体色はアメジストのような紫がかった青色をしており、自然に降ろされた長い髪は黒に近い濃紺色をしている。側頭部に羊のような白くて太い巻き角・小さなお尻に悪魔のような長くて黒い尻尾が生えていることからも、明らかに人間ではないのが分かる。
「……何者なの?あなたたちは……?」
「そう警戒しないでよ。あなたたちと戦うつもりはないのだから。まだ、ね」
身体のパーツの中で唯一色の違う、黄色い瞳と黒い結膜を艶めかしく細める。
「いずれ時が来たら会いましょ?その時はアタシが遊んでア・ゲ・ル」
どうやら本当に様子を見に来ただけらしい。廊下の奥へと消えるべく二人が踵を返したが、
「待って!」
それを止める声が発せられる。
声を発した人物の名は複野小雪。
ダンジョンから出現したモンスターたちに両親を殺害され、スキルを手にしたことでモンスターたちと戦う運命を背負った、ダンジョンによる天変地異の被害を最も受けた者である。
「あなたたち二人がこの世界にダンジョンを出現させているっていうのは本当なの?!」
もし彼らの言っていることが本当なのであれば、この二人は小雪たちがいる世界にダンジョンを出現させた張本人。つまり、この二人を斃すことができれば二度とダンジョンが出現しないことになる。
ならば、自分と同じ悲劇に見舞われる者がこれ以上出現しないようにするために、この場で黒幕を斃してしまえばいい。みすみす逃す意味など何処にもないのだから。
「……」
「是」を示した瞬間、死闘が始まる。
身体の後ろに隠した右手で風の剣を生成する。
対する『神』の答えは――。
「うむ!そうだ!!我々がダンジョンをこちらに転移しているのは間違いない!!」
「是」だった。バーナードが静かに頷く。
答えは決まった。
意は決した。
「はああぁあっっ!!!」
「……複野さん?!」
仲間の制止を振り切ることなく一直線に駆ける。
肉迫するまで数メートル。
女性の方は三叉槍を握っているが、男の方は徒手だ。勝運だって十分にある。
「ははは!!実に血気盛んだな!!猪のようでその意気や良し!!だが、」
パァン――。
乾いた音。
火薬のにおい。
小雪の胸に小さな赤い花が咲く。
――血飛沫という名の死の花弁が。
「少々防御が疎かではないかね!?」
機械神の右手に握られた拳銃からは白い煙が昇る。
バーナードが管理する15,832,137番世界は、小雪たちの住む世界よりも遥かに文明が発達した世界だ。
小雪たちの世界で当たり前のように存在する『拳銃』という武器が、15,832,137番世界にないはずがなく、その世界を管理する神が所持していないわけがない。
「すまないなマイニー!余りにも隙だらけだったから、思わず殺してしまった!!」
「んふふ。ま、いいわあ。アタシは弱い奴には興味ないし、ここで死んじゃったらそれまでってことよね。じゃあね~♡」
背中を見せながら鷹揚と歩くと、二人は暗闇の中へと消えてしまった。
「おい?!大丈夫か?!!小雪!!」
床に倒れた少女の周囲に広がっていく鉄錆臭い液体を見て、顔を真っ青にした四方山が駆ける。
「こゆきちゃん?!返事をしてよ小雪ちゃん!!」
「……息をしてない」
首筋に手を宛てて脈を計り、口の前で呼気を確認した四方山の顔がさらに不穏に歪む。
「息をしてないぞ?!おい!!どうしちまったんだよ小雪?!!」
「そんな……。死んじゃったってこと?!嘘だって言ってよこゆきちゃん?!!こゆきちゃああぁあああん!!!」
その言葉を肯定するかのように小雪の着ていた服が血溜まりを吸い、赤く染まっていく。