第15話:小アルカナ・杖の4
何の樹かは分からないが、耐火樹となった腕は斬り落とした。
テッポウウリもほぼ全て切断され、『|女教皇《The High Priestess》』で確実に防御できる程度まで数を減らした。
「邪魔が無くなったよ!こゆきちゃん!!」
「オッケー!!」
自身の前に炎の杖を翳すと、燃える杖の上空に一枚のカードが浮かび上がる。
「何これ?これも大アルカナってやつ?」
相も変わらずスマートフォンを構えて生配信をしている夜暗森が疑問の声を発する。
「これは小アルカナ。タロットカードには杖14枚・杯14枚・通貨14枚・剣14枚の56枚の小アルカナと、22種類の大アルカナの合計78枚があって、全部のカードに違う絵柄が表記されているんだ。で、これは小アルカナの杖の4。意味は「仕事の完成」・「平和」だよ」
四本の杖が刺さった教会のような場所で、ブーケのようなものを持ちながら嬉しそうに手を挙げた一組の男女と思しきもの|(どれも遠巻きのカットであるため、「それっぽい」としか言えない)が書かれたカードを見る。
「中には「スポーツ」とか「ビジネスの協力」みたいな、明らかに戦闘で役に立たないカードもあるけど、杖の4みたいな使えそうなものも稀にあるんだ!だから、この機に使ってみようと思ってね!!」
「……まさかこゆきちゃん。タロットの効果全部暗記してて、今からでも占いができちゃうレベルとか?」
「たまたま知ってただけだよ」
切創部から液を滴らせながら身悶えるモンスターに標準を合わせる。
「避けてね!削穢さん!!」
あくまで炎を浴びせるだけなので爆発などはしないはずだが、念のため忠告をしておく。赤い杖の先端に炎の塊を収束させ、一気に力を貯め込むと、
「ファイヤーっ!!」
火炎放射器の如く怒涛の勢いで炎の光線を射出。怒りの形相|(目がないため、本当に怒っているかは分からないが)で撫霧を追い駆ける植物型モンスターに殺到する。
「がbdafsgそsohqeaぐぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
ここまでの火力を出すことは完全に想定外だったらしい。横を向いていた植物型モンスターは灼熱の光を浴びると、その身体は一気に炎に包まれる。
「ねえこゆきちゃん。もうちょっとかっこいい技名なかったの?ほら、コメント欄でも「ダサくて草」とか言われちゃってるよ?」
「えっ?!海外で兵隊長とかが射撃を命令する時に「Fire!」って言ったりするじゃん?!あれのつもりで言ったわけであって、別に技名を叫んだわけじゃないんだけど?!!それに、そのまま言うんだったら小アルカナの「wandのⅣ」になるから、もっとダサくなるんじゃないかな?!!」
「もっとさ、かっこいい名前付けようよ!!ヘルフレイムファイヤー!!みたいなさ!!」
「フレイムとファイヤーって同じ意味じゃないの?」
厳密に言うのであれば、「fire」が「火」で「熱と光を出す化学反応」・「flame」が「炎」で「熱と光を発している部分」なのだが、昨今の創作では特に使い分けられてはいない。
「だったらさ、「火炎放射器」を英語で言えばいいじゃない!!そうすれば、もうちょっとだけかっこよくなるでしょ!!」
「んーと、「|flamethrower」だってさ。直訳すると「炎を投げる者」だぜ」
「……呑気に談笑している場合ではありません」
水分を多く含んだ白い煙を上げる火柱を和装にロングポニーの少女は睨む。
「……まだ終わっていません。……あれを見てください」
「またまた冗談を!!あれだけの炎を浴びて燃えたんだから、いくら何でも斃せたでしょ?」
撫霧が冗談を言うような性格ではないことは、この中の誰もが知っている。燦然と燃える焔の趨勢も酣を過ぎ、今にも消えんと儚く揺らいだその先に歪な物体が顕現する。
「何あれ……?」
土色のゴツゴツとした岩のような物質を何枚も組み合わされて形成された、半円状の壁ができあがっていた。硬質かつ重量のあるその見た目は、巨大な陸亀が背負う甲羅のようにも見える。
「ん?何何?亀甲竜だって?何それ?植物の名前ー?」
動画のコメントを呼んでいた夜暗森が呟く。
亀甲竜はヤマノイモ科に属する多年草だ。
最も特徴的なのは地上に飛び出た硬質な塊茎であり、ジャガイモなどにおけるイモ部分がゴツゴツとした塊となり、地上へと露出してドーム型の形状を成す。
塊茎が亀の甲羅のようであることと、そこから伸びた一本の蔓が竜に見えることから亀甲竜という和名が付けられた。
「随分と硬そうだな……。」
横合いから発射した炎攻撃に対し、防御が間に合っていたということだろう。核シェルターのような強固な防壁が聳える。
「削穢さんの剣術で斬れそう?」
「……分かりません。……先ほどの鉄砲瓜などの様子を見る限り、普通の植物よりも遥かに高い性能を持っていると仮定するのであれば、そう簡単に刃が通らないようになっているでしょう」
ただの魚の切り身であるはずの鰹節が水抜き・乾燥などを得て世界で一番硬い食べ物へと変化してしまうように、極端に含水率が低いものほど強度が増すため刃が通りにくい。
高い火力があったはずの小雪の攻撃を表面だけで防ぎ切り、鎮火したことからすると、その含水率は水分を多く含むことで延焼を防ぐ耐火樹とは対照的に、かなりの低さになっていることが窺い知れる。
「さっきさえちゃんが奥義使ってたじゃん?刀流捫だっけ?あんな感じで硬いものなら何でも壊せる奥義とかないの?」
「……あることにはありますが、その威力故に反動で刀が折れてしまいます。……市販のものとはいえ予備は持ち合わせていないので、今この場で刀を失うのは得策ではありません」
「刀って市販で売ってるんだ?そういえば昔、アキバのショーケースのお店で見たことがあったような……?」
「……便利な時代となったものです。……競売では10万~30万円。……特注であれば安くて70万円程度で手に入りますからね」
「ブラックロータスよりも安いっ!!何ならリーリエよりも安い!!」
「ブラックロータスってトレーディングカードだよね?!特注の日本刀よりも高いカードがあるってこと?!!」
「おい見ろよ!」
このままだと楽しく井戸端会議が始まりそうだったので中断してもらって助かった。硬質な地面を割いて無数の太い根が出現し、小雪たちを縊り殺そうと殺到する。
「うーん。このまま何もしないなら放っておいても大丈夫かな、と思ったけど、ああなった以上は斃した方がいいんだよね?」
「……私たちに課せられた使命は、ダンジョンを商業利用できる状態にして政府に明け渡すこと。……狂暴なモンスターをあのまま放っておいて攻略完了とは言えないでしょう」
「そうだよね……。今回は出費が嵩むなあ」
タロットカードの束をパラパラと捲ると、その中から凛々しい男が中央に描かれたカードを取り出す。
「それじゃあ、今からもの凄い火力を出すから、みんなは耳を塞いで口を閉じてね」
「そんなに凄いことするの?!はじめちゃん驚きなんだけど?!!」
「うん」
耳を塞ぐのは鼓膜が破れないようにするため、口を閉じるのは衝撃で舌を噛まないようにするためである。照準を定めて空中にカードを浮かべる。
「7番のカード・『|戦車《The Chariot》』を使えば、一度だけ戦車砲と同じ火力をぶっ放すことができるんだ。対・戦車を意識した火力になっているはずから、厚さ数十センチの装甲でも貫通できるくらいの威力は出るよ」
「はじめちゃんたち爆風で吹き飛ばされちゃうってこと?!!もうちょっと後ろに下がった方がいい?」
「そうだね。取れるだけ距離を取って欲しいかな」
「わsypsdfそamcbgit!!!」
「何をごちゃごちゃ話しているのだ!!」とでも言いたげな怒声がドームの中を反響する。
「……【鉄心石腸】があと20秒くらいで待機時間へと突入します。……20秒以内に攻撃が放てるのであれば時間を稼ぎますが、どうしますか?」
「削穢さんも逃げることに専念して。【鉄心石腸】だって万能ではないんでしょ?」
「……忝い」
身を翻すと後方へと避難する。
【鉄心石腸】は一定時間鉄のように身体を硬くする能力であって、身体そのものが鉄になるわけではない。
能力発動中も重量は17歳の少女の平均体重と何ら変わりはないため、戦車砲の爆風を至近距離で受ければ生身の人間と同じように吹き飛ぶ。あくまで地面に打ち付けられた時の衝撃が殺せるだけであり、吹き飛ぶこと自体を対策する手はない。
「いくよっ!!」
『|戦車《The Chariot》』は戦車砲の種類を好きに選んで射出できるので、いつか使うかもしれないと思って知識を蓄えておいてよかった。相手の装甲をぶち抜き・かつ着弾時に爆発する性能を持った徹甲榴弾をカードへと装填する。
「発射あぁあ!!」
空中に浮いたカードに力を籠めると、淡い光に包まれたカードの中から弾頭が覗く。
直後、目の前に雷が落ちたかのような大音。
「おわわっ!!」
それに続くかのように風穴の空いたドームから爆発が発生し、亀甲竜の塊茎が大きな破片となって砕け散った。
「れtyjlまzqopewsdさあああぁぁぁああああぁぁぁああああああぁぁぁあぁぁあああああっっっっっっっっ!!!」
これほどまでの装甲を突破されるのは想定外だったらしい。炎に包まれた巨体は壊れたドーム状の殻の中に頽れると、そのまま動かなくなった。
空からは勝利を祝福をするかのように、衝撃によって割れたガラス片が周囲の建物から降り注ぐ。その輝きはまるで雪の結晶のようだった。