第13話:愛知-016番ダンジョンのボス
「何これ…………?」
見たこともないモンスターを目の前に『ひしかわ開拓』の四人は立ち尽くす。
頭の部分は何倍にも大きくしたハエトリグサ・身体に無数に取り付けられているのは、蔓の先に葉でできた壺型の捕虫器を持つ食虫植物の一つ・ウツボカズラ。脚のようになった根は無数に枝分かれし、タコの脚のようになっている。
「うaksxmrえば!!」
「来るよっ!!」
実験の末に偶然生み出された生物なのか、将又、秘密裏に育てられていたモンスターが逃げ出したのかは分からないが、斃さなければならないのは間違いない。全長4mはありそうな植物型モンスターの前に小雪と撫霧が並ぶ。
「……まずはあの袋を斬り落とすことが先決でしょうか?」
部屋の脇に転がった死体を見る。
センターの室長・ギエフ=セフトロかどうかは分からないが、顔よりも下がウツボカズラの袋に包まれた死体が一つ、こちらに背中を向けた状態で部屋の隅に転がっていた。生気が完全に失われていることからすると、養分として吸収された後に切り離され、捨てられてしまったのかもしれない。
「……恐らくですが、あの壺に捕まったら最後、死ぬまで出ることはできないでしょう。……全て切り落とすことができれば、かなり楽に戦うことができるのですが」
「それにしては数が多いよね。蔓に捕まらないように立ち回った方がいいかな?」
「おlkhcagぼ!!!」
こちらのやり取りに痺れを切らしたのか、大きな口と牙しかない顔をこちらに向けて怒りの咆哮を上げる。声を発するための声帯が備わっていないのか、体内の器官を空気が通ることで日本語では表現できない音が少し広めの部屋に反響する。
「……相手は植物。……トレントを斃した経験もある私たちにとって、恐れるような敵ではありません」
抜き身となった日本刀を構える。
「……我が撫霧流で仕留めてあげましょう」
「ぐqrnmavすぃshbuzけ!!」
両腕の代わりに使っていると思われる太い茎を植物型モンスターが伸ばす。
相手は生き物ではないため、今回の目的は弱らせることではなく斃すこと。
ならば、相手を殺すことに特化した殺人刀・撫霧流の本領だ。
「……ふっ」
躊躇することも取り乱すこともなかった。
静かに呼吸を整えてから剣の軌跡を閃かせると、こちらに向かっていた茎が半ばで真っ二つに切断され、透明な液体を撒き散らしながら床に転がる。
「げuhgfploばqckmvあ!!!」
痛覚という概念がこのモンスターにあるのか否かは分からないが、撫霧の一閃に相当取り乱しているようだ。
「おryvkowqれ!!」
背中から半透明の翼を一対生やすと、壁を破壊して3階から飛び降りる。
「おいおい!こんな高さから落ちて大丈夫なのかよ?!!」
普通の建物とは違って、4m以上の高さを持つ部屋をいくつも有する施設だ。3階から飛んだとなると10m以上の高さがあるはずなのだが、あの図体には似つかわしくないくらいにふわりと宙を舞うと、静かに石造りの床へと着地する。
植物モンスターの背中に生えた半透明の翼は、「V」字型の薄膜を装着した種を飛ばす植物・アルソミトラ=マクロカルパをベースとしたもので、その薄膜を広げることでハンググライダーのように風に乗ることができるらしい。大空を飛ぶことよりも、高い位置から滑空することを想定した機構なのかもしれない。
「ごhjmlwserびぃ!!」
「ここで戦え!」と挑発するかのように声を発すると、つるつるとした顔をこちらに向ける。
「はわわっ!!こっから飛び降りるのはさすがに無理だよね?!!」
「みんな、私に捕まって!」
小雪の手に杖を右手に掲げた赤いローブの男が記されたカードが出現する。
「|奇術師《The Magician》』のカードを使えば、私が目視できる範囲に瞬間移動できるんだ!これで外まで一気に移動するよ!!」
「ほんと便利だね【タロットカード】!!これ使って棟間移動もできたんじゃないの?!!」
「CTは24時間だからね。一日一回しか使えないんだから、こういう時のために取っておきたいでしょ?!」
「珍しくこゆきちゃんの勿体ない症候群が役に立ったね!!」
「思慮深いって言ってよ!私がケチみたいじゃん!!」
一か所に固まった四人が淡い光に包まれると、次の瞬間には先ほどまで居たC-2棟の外にいた。
「うっ……。何これ…………?」
棟間通路を使って建物の中を移動するという考え方は正解だったのかもしれない。小雪は咄嗟に口を押さえる。
少しだけ霞む程度の濃度であるため戦闘には支障が出ないが、空気全体にうっすらと白い靄のようなものがかかり、喉や目・鼻などの粘膜にヒリヒリとした感覚が走る。
高度に科学技術が進んだ世界であるからか、排気ガスや光化学スモッグなどの影響でかなり大気汚染が進んでいるようだ。交通量の多い道路の真ん中で放置されたかのような息苦しさが一行を襲う。
一方で――、
「れytrdへくぉr!!!」
あの植物型モンスターは汚い空気に慣れてしまっているのか、特に何ともない様子で目のない顔でこちらを見下ろす。腕を斬られたからか、その顔は怒りに歪んでいるように見えた。アスファルトのような材質が敷かれた屋外で第二ラウンドが始まる。