第12話:nC-1棟3階へ
カヂャラ王国国立植物学総合研究センター。
その名の通りカヂャラ王国の公費によって運営され、植物に関する研究を国が指導・管理している施設である。
ヨーグルトの蓋の裏にヨーグルトが付着しない構造・ロータス効果を蓮の葉のざらざらとした表面から見出したように、植物の生態を研究・分析することによって、人間の生活の役に立つ技術や構造を研究する施設である。
「何だこれ?キュウリがたくさん生ってるじゃねぇか?」
工場見学をするような感覚で、時々廊下に面した窓の隙間から研究室の内部を覗き込む。
『植物学』と一言言っても、植物の生態についての研究をする植物生理学や、植物の分布を研究する植物地理学など様々な研究分野が存在する。
この部屋がどの植物学に属しているのかは分からないが、生っている植物の性質から察するに、ウリ科の可食植物を中心に育てているようだ。他にもメロンやスイカなど数種類の植物がブロックごとに分けられて育てられている。
「メロン美味しそうだなあ。ねね、これなら財宝とかじゃないから、いくつか持ち帰ってもいいよね?!」
「って言っても、部屋に入る手段がないよ?」
電子ロックによって閉ざされた部屋に入るためには研究員であることを証明するセキュリティキーやIDが必要なのだが、先ほどから誰一人として研究者とすれ違わないため、キーを借りることも部屋に入ることはできそうにない。
「ぶっ壊しちゃえばいいじゃん!!風の剣とか炎の杖とかあるんでしょ?そこら辺を使って無理矢理破壊すれば、部屋の中に入れるでしょ?!!」
「ダンジョン攻略に直結しないようなことはやらないよ?」
「それにさ、実はメロンとかスイカに擬態したモンスターかもしれないぜ?ミミック的なのだったらどうするんだよ?」
「その時はこゆきちゃんが成敗してくれるから平気平気!!はじめちゃんは美味しいメロンが食べたいのだあ!!」
「もしかしたらだけど、メロンに見えるだけの毒が入った植物兵器とか、品種改良の途中だから、あんまり美味しくないかもしれないよ?少なくとも私は食べる気がおきないな」
どんなことでも一度だけ知ることができる『恋人』のタロットカードによると、室長がいるのはnC-1棟の3階。今いるのがC-4棟の2階であるため、「T」の字を鏡向きの「r」字のように移動しなければならない。
かなりの敷地面積を持つ施設であるため、寄り道しないでさっさと進んでさっさと研究室長に会ってしまいたいのだが、
「……来ます」
撫霧が廊下の先を見ながら静かに左手を鞘に添える。
モンスターたちが住処にしている巨大な廃墟や洞窟とは違って、人の管理が行き届いた研究施設なため、ゴブリンのようなモンスターたちは出没しないし、廊下も一本道なため迷うことはない。
代わりに、
『施設内の器物を破壊した侵入者を発見!逮捕します!!』
警察官のような服装をした、先ほど斬り伏せたロボットと同じ系統のロボットが数体、こちらの身柄を確保しようと殺到する。施設の人間は忽然と消えたかのように姿を見せないが、こうした警備ロボットが時折出現し、小雪たちを捕えようと武器を構える。
「削穢さんは正面から来たのをお願い!私は背後のやつを倒すから!!」
「……承りました」
ロボットが握っているのは電極が備えられた弾を対象に着弾させて電流を流し、激痛や強いショックを与えることで鎮圧するテーザー銃なのだが、テーザー銃は催涙弾やスタングレネードと違って非致死性武器ではなく低致死性武器。アメリカでは50件以上も死亡例が確認されているため、決して安全とは言い切れない武器である。
小雪たちの暮らす世界よりも高度に文明が発展した世界であるため、標的を殺さない程度の火力にする調整・検証・実験・研究は行われているだろうが、当たると激痛が走ると聞いて好き好んで被弾するモノなど余程の変わり者くらいだ。
「はああっ!!」
こちらが侵入者だとバレている以上、こそこそ動く必要はない。炎の杖を使って火炎放射器の要領で正面に炎を噴射すると、精密機器の塊は次々と機能不全を起こし、がらくたの山となって転がる。
「……あまり長居はできませんね。……早く移動しましょう」
愛用の日本刀を鞘に納めると、まずは中間地点となるC-2棟の棟間通路を目指す。
言わずもがな、撫霧と相対したロボットたちは機械の塊となっていた。
☆★☆★☆
『カヂャラ王国国立植物学総合研究センターへようこそ!本施設では皆様の生活に役立たせるべく、植物に関する様々なことを研究していますが、その中でも特に注力しているのは、一個体の植物から如何に多くの果実や種を実らせるかです!!』
人感センサーのようなものがモニターに備えられているのか、時折階段や廊下に設置された巨大モニターやスピーカーから自動で映像や音声が流れる。周囲の安全を確保しつつ、この建物がどのような施設であるのか情報を拾っていく。
『例えばブドウの一種・シャインマスカットは一房に平均で40~50粒の果実が生りますが、一房に生る粒の量を60粒や70粒に増やすことができれば、一つの種をベースに多くの食材を入手することが可能になりますよね!そうすれば少ない手間で安心・安全に食糧の生産を行うことができるでしょう!私たちカヂャラ王国国立植物学総合研究センターの研究者たちは、このプロジェクトを『一粒万倍計画』と呼び、日々開発に勤しんでいます』
「『一粒万倍計画』、ね」
一度建物を出て目的の棟に向かうよりも、棟間通路を移動した方が早いと判断した一行は、C-4棟の2階→C-4棟の3階→C-2棟の3階→nC-1棟の3階の順番に移動することに決定した。C-4棟とC-2棟を繋ぐ棟間通路の入り口に備えられたモニターを見上げながら小雪は呟く。
「楽して大量の利益を得るために、植物そのものの性質を科学の力で改造しちゃおうってことだよね。それって果実がたくさん生ったとして美味しいのかな?」
「上手くできれば美味いだろうな。洒落じゃないけど」
同じくモニターを見上げながら四方山が続ける。
「例えばリンゴだって品種改良を重ねるまでは不味くて食えなかったらしいし、あたしたちの世界にだって冷害に強い米とかが作られたりしているだろ?上手く弄ることさえできれば食料危機なんて簡単に解決しちゃうんじゃねぇの?」
「……私はそうは思いません」
周囲の警戒を怠らないまま撫霧は述べる。
「……自然の力を把握した気になる、自然を支配したつもりになる。……剣の道でもそうですが、傲りや高ぶりを見せた者に待っている未来は衰退と没落です。……自然を理解したと勘違いした結果、手痛い仕打ちを受けていなければいいのですが」
ついつい見入ってしまうがここで足をい止めている場合ではない。
棟間通路へと足を踏み入れるとC-2棟へと向かう。
☆★☆★☆
その後も警備ロボットたちと小競り合いを繰り返しつつ、一行は室長室のあるnC-1棟の3階へと到達した。
3階には研究用の部屋はなく、室長室・来賓室・会議室などの主要な部屋ばかりが集められているようだ。部屋の出入り口脇に貼られた看板を頼りに室長室の前へと辿り着く。
「……私が扉を開けます。……皆さんは私の後ろに隠れてください」
「でもさ、どうやって開けるのさ?」
夜暗森が視線を向けると、その先にはシリアルコードを入力するための小型モニターが壁に設置されていた。侵入者たちを警戒するかのように赤いランプが静かに光る。
「最初に出逢ったロボットが認証コードだか何かが必要とか言ってたよね?実は施設の何処かに隠されているとか?!」
「ゲームじゃそれが鉄板ネタだけど、さすがにそれはねぇだろ?」
「私が開ける」
小雪の指に『力』のタロットカードが挟まれる。
「これを使って力押しで抉じ開けるから、みんなはその後に続いて」
電子ロックで硬く閉ざされているのが問題なのであって、ただの厚い壁だったら拳で粉砕したり、無理やり抉じ開けられるはず。入力装置を破壊して小アルカナの水の杯で水を流し込むと、電子システムそのものを停止させる。
そして、
「いぃいよいしょおっ!!」
べぎべぎべぎごりごりっ。
電子ロックされた金属製の扉を力業で開けるという特異なことをやった影響か、聞いたこともないような音を立てながらドアがこちらに向かって開かれる。
この施設の室長が事務的な業務をする時に使う部屋らしく、床には書類が何枚も散らばっていた。他の部屋のように奇妙な植物が地や壁を這っているわけでもなく、怪しい培養液のようなものもない。
――ある一点を除けば。
「くぉdhweま!!」
袋状の器官をいくつも身体からぶら下げた植物型のモンスターが、『ひしかわ開拓』の登場に対して声にならない音を発した。