プロローグ
「やあみんな!元気にしてるかな?!今日も『開拓屋』「ひしかわ開拓」プレゼンツ、「ぐらぐらもりもりっ!!」の時間だよ!!今日も暗い森を明るく元気にしちゃうぞ☆。MCは「ひしかわ開拓」の看板アイドル!!夜暗森萌が務めさせていただきまーす!!」
カメラの真ん中へとツーサイドアップの少女が移動し、元気な声を出す。
「今日はここ!愛知-012番のダンジョンから生配信を行いたいと思いまーす!早速ダンジョンの様子を見ていきましょう!!」
「おい萌……。何であたしがカメラ役をやらなきゃいけないんだ?」
「それはゆいちゃんのスキル【シャンパンタワー】が、その場にいるだけで発動するパッシブスキルだからでーす」
山奥などに出現したダンジョンだと圏外になることがあるが、今回攻略する愛知-012番ダンジョンは市街地のど真ん中にある公園に出現したものであるため、ダンジョンの中でもばっちりWi-Fiが使えてしまうのだ。
キラキラにデコレーションされたスマートフォンを構えたまま、革ジャンにダメージジーンズの女性・四方山唯が不服そうに唇を尖らせる。
「だったら小雪でもいいじゃないか?とりあえず敵が出てきても、タンクの削穢が処理してくれるんだしさ!」
「こゆきちゃんはウチのDDだよ?臨機応変に戦えるように手を空けておかなくちゃね!!」
『英雄』たちはそのスキルにより6つの役職に分類される。
圧倒的な防御力によって敵を引き付けて味方を守り、後衛へと攻撃が向かわないようにするタンク。
とにかく高い火力を連続して出し続けることが求められるディーラー。
ディーラが不得意とする属性や攻撃方法でダメージを与え、ディーラーの補助を行うサブディーラー。
味方を強化することでパーティ全体の火力の底上げや、防御力の強化を行うバッファー。
相手攻撃力を下げることで相対的な防御力を上げ、相手の防御力を下げることでパーティ全体の攻撃を通りやすくするデバッファー。
パーティ全体の体力を管理し、誰一人として死なないように回復を行うヒーラー。
個人によって持っているスキルは様々であり、それぞれが得手・不得手とするものを補完しながらパーティを組むのが基本だ。
ちなみに、所持しているスキルの名前は自分で決定・登録することができるので、自由に変更することができるのだが、国を中心とした公的機関を通しているため、一度変な名前に決めてしまうと変更手続きが面倒だったりする。
「……そういうことならヒーラーの萌も同じ理屈だよな?周りに敵がいるわけじゃねぇんだから、今は仕事がないはずだぜ?」
「ふんだ!【はじめちゃんのネ申ライブ!!】は、はじめちゃんの声を聞くとみんなが回復するスキルだもんね!!こうやってはじめちゃんが矢面に立って声を出さないと、怪我した時に回復しないんだから!!」
一体いつまで啀み合いが続くのだろうか。
一応『ひしかわ開拓』のリーダー・複野小雪が呆れた様子で二人を見守っていると、
「……来ます」
石で造られた小部屋の一番奥。
別の部屋へと続く通路の暗闇に目を向けていた和装に長いポニーテールの少女・撫霧削穢が静かに告げる。
「数はどれくらいなの?削穢さん?」
「……小さな足音が五つ。……二足歩行のモノですね」
「ゴブリンとかオークかな?」
「……亜人種なのは間違いないでしょう」
撫霧と呼ばれた少女が静かに頷く。
「なら大したことないね。ここは私が――」
「待ってこゆきちゃん!!ここはさえちゃんの腕の見せ所じゃない?!ね!視聴者のみんな見たいよね?!さえちゃんの見事な居合い抜きをっ!!」
「待ってました!!」
「みせてみせて!!」
称賛を示すコメントが次々と流れる。
「んほお!!赤スパありがとうっ!!はい!というわけで決定!!この場でゴブリンちゃんたちをやっつけちゃってよ!!ばっさり斬っちゃうとITubeの利用規約的に放送NGになるから、そこはちゃんとしてね?」
「……私たちは不殺を掲げています。……殺さないようには努めますのでご安心を」
反響する足音が大きくなってきた通路の方へと目線を向けると、
「ぎゃぎゃっ!」
「人間だぎゃっ!!」
「金目のものを渡せぎゃっ!!」
緑色の肌をした、棍棒や短剣を持った膝丈くらいの大きさをした亜人種型モンスターが五体、こちらの姿を確認して駆けてきた。
決して幻影やホログラム映像などではないし、ゲームの世界でもない。
正真正銘、生きている本物のゴブリンだ。
「こちらの言う事に素直に応じれば、お前たちを食ったりはしないだぎゃ。だからさっさと渡せだぎゃ」
数で優っているからだろう。勝ちを確信したかのように上から目線で条件を提示する。
「……嫌だと言ったら、どうなりますか?」
「力づくで奪うまでだぎゃ。こちらの方が数が多いんだから、お前たちに勝ち目はないだぎゃ」
ぺたぺたぺた。
まずは孤立している和装の少女を囲むべくゴブリンが移動を始めたところで、
「……これ以上動いたら、あなたたちを斬りますよ?」
少女は低い声で威嚇する。
「……私たちに危害を加えないのであれば、あなたたちが安全に暮らせる場所まで案内します。……これ以上近寄るのであれば敵と見做し、この場で斬り捨てます」
ダンジョンの中に住んでいるモンスターたちの中にも、人間たちとの敵対を拒むモノや、事態が飲み込めずに混乱して暴れるモノ、逆に人間たちとの協調関係を申し出るモノなど、様々なモノが存在する。
そのため、それらのモンスターたちが快適に暮らすことができるように、保護したモンスターたちが生活できる用に改造したダンジョンもあるのだが、
「ぎひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!」
頭に布を巻いたリーダー格と思しきゴブリンとその取り巻きは笑う。
「お前みたいな女如きが我々を倒すというのか?!」
「しかも一人でっ!!」
「そんなことをできるわけが――」
取り巻きの一人が言葉の途中で閉口する。
何故なら、
「…………」
柔和な物言いをしていた少女から異様なまでの殺気が漏れ出ているからだ。
「ぐぐっ!」
間違いない。
ここから進めば間違いなく斬られる。
だが、
「舐めるなあ!!こっちの方が数では上だぎゃ!!全員進めえぇっ!!!」
自身を先頭として小さな足で駆ける。
「……そちらの方が数では上かもしれません。……しかし、」
和装の少女が左手の親指で鍔を押し上げると、鞘から覗いた白刃が紫電を放つ。
そして、
「……戦力ではこちらの方が上です!」
焚かれた焔の光を反射しながら紅の太刀筋が数回閃く。
「ぐぎゃぎゃあっ!!」
並んでいたゴブリンたちが次々と倒れると、その表情は苦悶に歪んだ。
「……峰打ちです。……殺しはしていませんので、そこで大人しくしていてください」
刀の峰を使って相手を叩くことで攻撃する峰打ちだが、重さ10kg程度の鈍器で素早く殴っているのと全く変わらないため、その威力はプロボクサーのパンチの10倍以上に匹敵するという。
そのためショックによる内出血・骨折・最悪の場合は死亡するケースもあるのだが、ばっさり斬られて真っ二つよりは痛くないはず。
「んもうっ!!さえちゃんが「斬り捨てる」なんて言ってたからドキドキしちゃったじゃん!!驚かせないでよねっ!!」
「……予め峰を向けながら斬りかかると、「こいつは敵意がない」と相手に察せられてしまいますから。……このように、相手に刃が当たる寸前で返した方が、迫力が出るのではありませんか?」
峰打ちは、峰打ちだと勘付かれないように刀を使って大きなダメージを与えることで、相手に「斬られた」と思わせる戦い方でもある。
近くで観ていた小雪ですら見ていてヒヤっとしてしまったが、そういう意味では正しいやり方なのかもしれない。床に転がったゴブリンたちを踏まないように注意しながら通路の先へと歩みを進める。
時は令成五年。
街の至る場所にダンジョンと呼ばれる地底迷宮が出現し、そこから一部のモンスターが脱走。住宅街に住む人々を襲撃した。
だが、それに抗うかの如く、突如として世界中でスキルと呼ばれる特殊な力を持った人間たちが誕生。モンスターたちに対して無力であり藁にも縋る思いであった人たちからは『英雄』と称され、憲法上の都合でダンジョンへの侵略行為が行えない自衛隊の代わりとして躍進し、街に出没したモンスターの退治やダンジョンの攻略などを行うようになった。
これは、そんな『英雄』たちが結成した組織・『開拓屋』の活躍と奮闘を描いた物語である。