第二話:魔王討伐の真実と提案
ベリアとカイトは美味しい食事の後は気不味かった。父親を殺した犯人と父親を殺された娘は勇者と魔王という互いの在り方を尊重して、いがみ合うことはなかった。
ならなぜ、こういう状況に陥ったのかを考えた。ベリアは深く記憶を遡り、思い出す。
「思い出したのじゃ、我が父が負けたことで人族と魔族の戦いは終結し、和議を申し立てる為にエルバニア王国に向かったのじゃが、至光神教の信徒に襲撃されてしまったんじゃ。」
「ああ、やっぱり奴らの仕業か。どうしても、戦争を終わらせたくないんだろうな。」
至光神教とはこの幻想世界を作り上げたと言われる至光神を崇拝する宗教だが、その教義は魔族や亜人を穢らわしく差別し、魔力を使う魔術を廃れさせ、信仰の力を糧にした聖術を駆使し、魔物を駆逐しようとするヒステリックであり、エルバニア王国とベリアら魔族たちの争いを引き起こしたのも至光神教の仕業と噂されている。なぜなら、エルバニア王国の国王は至光神教だからだ。
「妾が気がつくと、その信徒に囲まれた机の上に磔にされ、小さな刃を腹に突き立てられる所じゃった。その時…」
「恩着せがましいのは言いたくねぇが、俺が助けに入ったんだ。」
至光神教を信じる国々は少ないが、魔族や魔物に恨みを持つ者やそれらを利用する者などの個人に対しては多く、各国の政治の陰に至光神の天使ありとカルト宗教として恐れられている。エルバニア王国にも国王を首魁とする至光神教団がいても、おかしくはない。
ベリアははっと気付いたかのように立ち上がり、何処かへ行こうとした。
「おい、いきなり動くなって! 今、動いた所で右往左往するだけだ!」
「離さぬか、カイト! こうしている間にもエルバニア王国と至光神教団が我が魔族領に侵攻するかもしれんのだぞ! それに魔族領の臣下や民たちも和議に行ったはずの妾の消息が分からないまま、混乱しているやもしれん! このような危急な事態に魔王の娘たる妾が動かなくて、誰が父上の臣下や民たちの未来を守れるというのか!」
「安心しろ、王様を含むエルバニア王国内の至光神教の信徒全てを殺したから、今頃狙われるのは魔族領じゃなく、お尋ね者となった俺だしな。」
「何を言うか! 例え、お主が国王殺しの罪を着て、王国の標的を我ら魔族からお主に変えようと…って、何さらっととんでもないことをしているんじゃ!? 勇者が人類側の敵になってどうするんじゃ!?」
ベリアは素っ頓狂に驚き、開いた口が塞がらない。カイトはそんな彼女を落ち着かせ、説明する。
「まぁ、それは置いといて、お前を救った後、マリー…いや、マリア・エルバニア第三女王と魔族領に赴いて、互いの国への不可侵の密約を交わしたからな。まぁ、当分大丈夫だろ。」
「妾がいない間にとんとん拍子に事を進めおって、というか、妾とお主の互いの国の距離は果てしなかったはずじゃが、妾の父を倒しに来た時も突然じゃったし。」
「勇者のスキルってことで。それより、そろそろ帰ろうぜ。今、俺が標的になっている間なら、魔族領にいる方が安全だ。」
カイトに優しく諭されたベリアは考える為に暫く黙り込んで数分、威風堂々な満面の笑みを浮かべた彼女は答える。
「お主に頼みがある。魔族の王女たる妾と共に人族の国々を巡らせて欲しいのじゃ。」
「はっ!? 何でそうなるんだ!? わざわざ危険な旅をしようとするんだよ!?」
「我が父、魔王アスタロットが敗れた原因は人族の情勢、ひいては至光神教の信徒共の目論みを把握出来なかったことにある。なら、様々な人族の国々に潜むあの神の魔の手を探り、暴いた真実に対応するのが道理。あと、できれば人族の料理とやらに食い倒れるのも一興じゃ。」
ベリアが舌鼓して、涎を垂らす表情を見たカイトは色々察して、頭を掻きながら、溜息を溢す。
「お前、本当は食べ歩きしたいだけじゃねぇのか。というか、俺はお前の父親を無実の罪で殺したんだぞ。そんな俺にお前の命を預けられる訳がねぇだろ。」
頭を抱え、悩むカイトに、ベリアは彼の頭を撫でる。
「おいおい、俺はうら若き少女に母親みたいにあやされる謂れはないぞ。」
「いいから聞くのじゃ。互いに至光神教に踊らされただけじゃし、魔王と勇者の定めだから仕方がないのじゃ。それに…」
ベリアは顔を赤らめながら、カイトを見つめ、告白する。
「あの美味しくも、心優しいほどの素晴らしい料理を与える者が凶悪なる咎人であるというのなら、妾はお主と共にそれを定めようとする神を討とうぞ!」
ベリアの笑顔は魔族にまつわる邪悪な風評を覆すほどの眩過ぎる笑顔だった。
(お兄ちゃん、私たちがどんなに苦しんでも、神様に嫌われたとしても、お兄ちゃんとならきっと…)
その笑顔を見たカイトの脳裏に浮かんだのは元の世界に置いてきたかつての…それが彼を決心させる。
「いいぜ、魔王姫様…いや、ベリア。お前の命、お前の運命、お前の未来、お前の全てを腹一杯救ってやる。」
これは勇者となった■■■■と魔王の娘による異世界救済の食道楽である。