第一話後編:山の幸の猟師鍋(2)
ベリアはふと鍋の中の具材を見る。肉や魚、野草などの具材が立ち並ぶ様を見て、涎を垂らす。
「ふむ、スープだけじゃ、物足りぬ。早よう、具材をよそってくれ! そして、スプーンを!」
「落ち着けって、魔王の王女様。」
カイトは早速、ベリアの器に具材を入れ、木製のスプーンと共に渡した。
ベリアは最初に食べた具材は鶏の腿のように太く丸く赤い肉の小さな塊を口に入れ、噛む。
「もぐもぐ、ほぉ、一見鶏肉のように噛み応えが良いが、この淡白さの中に赤身特有の血の匂いは…一角兎じゃな!」
「正解。」
一角兎は名の通り、一本角を持つ兎。可愛らしい見た目とは裏腹に獰猛な肉食獣。弓矢の如く跳び上がり、槍のように一本角を突き刺すので、多くの初級冒険者が油断して、命を落とす。
次に、ベリアが食すのは丸みを帯びた傘とこじんまりと太った胴体を持つ小さなキノコ。しかし、キノコ状の手足を持つ奇妙な形、それに意図せず、彼女は頬張る。
「これは見た目で分かる。小人茸じゃな。どれどれ、はふっ、ほぐほぐ…小ぶりなわりには茸自体の旨味が濃く深く、味噌のスープが染み渡って、美味いのじゃ。」
小人茸は小人のように動き回る茸の魔物。隠れるのがうまい為、見つかり難く、希少価値が高い食材だ。
「あんた、いい美食家だな。だったら、これも分かるかもな。」
カイトは赤身と白い脂の対比色による美しい薄紅色の薄切り肉を鍋の出汁にくぐらせる。
ベリアはその肉の輝きに目を奪われるも、しっかり噛みつつ、吟味すると、目を大きく開いて、驚く。
「この血が滾るほど旨い赤身、それを純白の脂身の甘さが引き立たせ、絹のように柔らかい噛み心地…間違いない! 幻翼鹿じゃ!」
幻翼鹿、翼と鷲爪を持つ幻の鹿で、身体能力が高く、群れで大猪や大熊、大狼などの猛獣を襲い、喰らう危険幻獣。一匹を狩るのに冒険者の集団戦や一国の騎士団が必要だと言われている。
「この肉を喰うのに、我らが魔族の騎士団も容易ではないぞ! 他の群れはどうしたのじゃ!? 彼らは同胞の復讐を大群で押し寄せるぞ!」
「ああ、確かにこの辺の村に甚大な被害を齎すからな。だから…」
カイトは後ろの木々を指差した。そこには夥しい数の幻翼鹿が首を切り取られ、血を著しく抜かれ、生気を取り除いた食品と化し、木の太い枝に吊されていた。
「何なんじゃ!? あれは…!?」
「俺一人で狩ったんだよ、群れ全てをな。高級な肉を食べる為だ。この辺りの森の近くにいる村々の作物や家畜をこいつらが食べ尽くすからな。そんな、特級の害獣を野放しにはできないしな。」
通常、冒険者ギルドは魔物の強さは低い順に、素人の村人や初級冒険者が追い払えるD級・ベテランの冒険者一人で倒せるC級・ベテラン冒険者パーティーで互角のB級・冒険者の集団戦や軍隊、騎士団が辛うじて討伐するA級・伝説の勇者ほどの強者しか相手できない魔王並みの強さを持つS級に分かれている。
しかし、何十年も倒せないほどの厄介な特殊能力を持つ魔物や単体では強さは足りないが、軍隊を超える大群の連携を持つ魔軍侵攻という数値ができない特別な条件の強さを持つ魔物たちは特級に分類される。
いずれにしても、S級でも特級でも、一人で挑むことは伝説の勇者だとしても死に直結する。
そして、倒したということは特級の魔物や魔族の騎士団、を超える強さがあるということになる。その事実にベリアは唖然とすが、しばらくして、吹き出して笑った。
「ふふっ、流石、勇者じゃ。最強の力か食い意地を持っておる。父上も勝てぬはずじゃ。」
彼女の笑みはどこか寂しげがあった。カイトもその感情を感じ取り、気まずくなる。