第一話前編:山の幸の猟師鍋(1)
べリアはカイトが開いた鍋の中を見た。香しい湯気の中から茶色い出汁に漂う具材たちが浮かぶ美しい料理に彼女は興味津々と目を輝かせた。
「何じゃ、この茶色いスープは? こんな綺麗な茶色は見たことないのじゃ!」
べリアが茶色いスープを指摘したのに対し、カイトはそれを待ってましたとか言わんばかりにニヤリと口元を歪み、得意げに話す。
「これは味噌だ。俺の故郷発祥のスープで、異世界で黄土豆を香りの菌が出るまで熟成、つまり、発酵させて作ったんだ。」
【黄土豆】とはその名の通り黄色い豆で炒めても、焼いても美味しい淡泊な味と腹持ちで、さらに育てやすいことから、農民の主食の一つにもなっている。
「なるほど、乳を発酵させて、チーズを作るのを、豆でも出来るというわけか。流石、異世界の勇者じゃ。お主の世界はとんでもない技術があるのじゃのう。いや、文化かの?」
「まぁ、まず食べてみたら、分かるからな。」
「うむ。なら、食す。」
そう言うと、カイトは木製の器にスープを入れ、木製の匙と共にべリアの前に差し出す。べリアは恐る恐る、匙で掬ったスープを口に含む。
すると、口の中、いっぱいに…
「何じゃ、この口の中、いっぱいに漂う塩気は? その塩気を黄土豆のまろやかな甘さが包み、くどくないぞ! しかも、味噌だけではない。まろやかさ以外に旨味があるぞ!」
解説が盗られた。流石は、魔王の娘。その肩書きは伊達ではなく、普段から魔王の下で豪華な料理を舌鼓し、吟味するので、随分と舌が肥えているそうだ。
「ああ、旨味はこの二つの食材を使ったからな。」
カイトが取り出したのは、魚蛇竜が餌として好む青緑色の海草である【海竜草】と大猪が餌として好む猪柄の毛皮のような笠を持つ茸【猪茸】であるが、よく見れば、【海竜草】のぬめりと艶はなく、【猪茸】の毛先も下がっている。しかも、どちらも干からびた姿だった。
「これらは海竜草と猪茸を乾燥させたものだ。これらを乾燥させると旨味が熟成されるんだ。」
「これらもお主の世界の技術、もとい、文化じゃな。魔族が人間に対して畏怖を抱くのはこれが初めてじゃな。」
「驚くのはまだ早いぜ。具を食ってみなよ。」