三章《蒼穹の空と崩壊の晩夏》/2
僕は、思いのほか柔らかい感触で目が覚めた。
朝日がまぶしい。
「起きたなら、どけ」
膝枕の主は、平常運転らしい。髪は、依然、銀髪だし、瞳は緋色だったけれど、思わず「彼」と言ってしまいそうになる口調に戻っていた。
「それが、怪我人に対する仕打ちかよ……」
瓦礫の山の頂上。僕らは二人並んで、座ることができている。
劇的じゃない。とても普通なことだ。だけれども、これ以上に贅沢なことはないと思える。
「お前の親父は無事らしい。さっき、『事務所にもどる』って言って、帰ったけれど」
僕はほっと胸をなでおろす。
「朔良は? どこか痛めていないのか?」
確か、足を撃った気がしたのだが、朔良の脚には、傷一つない。
「……どこも痛くはない。でも、なんだか、長い夢を見ていた気がする」
彼女は何も覚えていないらしかった。山本の時もそうだったが、悪魔に犯されると、その時の記憶が無くなるらしい。
「君下こそ、それ、大丈夫かよ」
服が血にまみれている。正直、貧血っぽい気はしたが、「大丈夫だ」と答えることができた。
しかし、彼女は「でも」と付け加える。
「……でも、一つだけ痛いところがある」
朔良は胸を抑える。
心なしか、彼女の頬は赤く染まっているようにも見えた。だけど、きっと朝日のせいなのだろう。そういうことにしておく。
「僕も、よくわからないけれど……きっと普通ならこうするんじゃないかな」
僕は彼女の嫋やかな肩を包むようにして、彼女を抱擁する。
やっぱり、彼女は悪魔なんかじゃない。
だってこんなにも心が温かく、優しさであふれている。
心臓が真ん中にないのは、こうして、熱を分け与えるためなのかもしれないとすら思う。
僕の肩に、熱い何かが零れている。
「朔良。たとえ、君が自分自身のことが、嫌いでも、僕は君のことを嫌ったりなんてしてやるもんか」
胸がどうしようもないほどに熱い。
「だから、君のそばに居たい。君が自分を嫌になった時、隣で肯定してやるために」
手を握る。ほっそりとした指先は、やはり女の子なんだと実感させる。
「だから、僕と、恋――――――」
と、僕の口が指先で制止された。
彼女は、いつもよりも震えた声で、
「友人、でしょ?」
と嗜虐的に笑うのだった。
その緋色の瞳には涙が煌めいている。
やはり、彼女はきっと、自分の美しさに無自覚だ。無自覚すぎるといってもいいと思う。
だから、あえて、この言葉。
こんなにも、ピッタリな形容はきっと他にない。
彼女の美しさは、いつだって悪魔的だ。




