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アフタヌーンティー

作者: レーモ



 私は"アフタヌーンティー"というものが苦手だ。煌びやかで華やかで、気品があるけどちょっと気取っていて。話しかけても振り向かずに歩いていってしまいそうで。ただなんとなく、そんな風に思っていた。


 とある日の午後、携帯が鳴る。祖母からのメッセージだった。

『今度東京に行くから一緒にお茶しない?行ってみたいホテルがあるの』


 祖母とは小学校を卒業するまで一緒に暮らしていたが、母親の転職を機に、私と母は東京に引っ越した。

お正月やお盆にこっちから帰ることはあっても、祖母の方から東京に来るなんてことは初めてで嬉しいような恥ずかしいような気持ちになった。

『もちろんいいよ。それで、日程はーーー』


 当日、ホテルの前で待ち合わせした。いつも身だしなみには気を使う祖母だったが、東京で会うとその人は一気に"マダム"だった。

お互いがお互いを見てちょっと照れ臭そうに笑う。「じゃ、行こうか」


 祖母の要望はホテルのアフタヌーンティーだった。

「予約していた〇〇です」私が言うと、店員さんが「お待ちしておりました」と席まで案内してくれる。

 テーブルには既にピカピカのカトラリーがセットされており丁寧な説明を受ける。


 どうも緊張するなあとソワソワしていると、祖母が静かに「あの子、どうしてる?」と聞いた。

 私の母のことである。

「あ、おかあさん、相変わらず仕事忙しそうだよ。この間もまた電話かかってきて、新しい課のリーダーだかなんだかに任命されたって言ってたし、遅くまで働いてるんじゃない?」私が勢いよく話し始めるとまた、祖母がぽそりと「憎んでる?あの子のこと」と。


 え?私が?おかあさんのことを?という表情をしていると、祖母はそのままゆっくり話し始めた。

「あなたに寂しい思いをさせてるって、何度も電話で聞いてたの。中学の時なんか、まだ東京出てきたばかりで碌に話も聞いてあげれないって毎日悩んでたわ。」


「いやそんなこと…」と言いかけた時に、ウェイトレスさんが豪華なスタンドを持って席に来た。

「おまたせ致しました。こちら本日のアフタヌーンティーになります。」

 コトン、と中央にそれが置かれた途端に、テーブルには上品な香りと、整然と並んだケーキ達が置かれ、そこだけ魔法がかかったかのように華やぐのだった。

 つい「わぁ」と口から出てしまう。

 ただ私はこの「わぁ」を以前もどこかで口にしたことがある。


 慣れない新居でバタバタと中学校に行く準備をする。しかも、東京の。

 髪型はこれでいいかな、制服は?スカートは短すぎない?長すぎない?部屋でいろいろ考えても埒があかずリビングに駆けこむ。

 そこには母がいた。見たことのない母が。

パリッとしたグレーのセットアップのパンツスーツ、白くて綺麗なブラウス。ショートカットの髪の毛はいつもと違ってぴっしり整っている。

「わぁ」かっこいい、と思った。


 いつも家で見ていた母とはまるで違った。普段は参観日の日しかしないような化粧をして、いつもは祖母が作っていた朝ごはんを自分で作り2人分机に並べて、ハキハキした声で「おはよう!準備できた?」と声をかける。

 まるで違う人がいるような気さえした。

 私はそんな母が、誇らしく心強くもあり、それと今思えばあれは、少しの"寂しさ"でもあった。


「気に入らなかったのかも」口をついてそんな言葉が出た。

 祖母は何も言わず、優しい目でこちらを見ている。

「お母さん、自分だけいい格好して、少しの弱音も吐かなかった。自分だって大変なくせに、自分だけ強くなったみたいに。それがちょっと、気に入らなかった。」

 乗せたつもりの無い感情が、言葉と共に溢れ出るのがわかった。


「不器用だもんね、あの子」祖母が困ったように微笑んで私を見るので、私も思わず眉を下げて笑った。

「食べようか」

 綺麗なケーキをそれぞれお皿にとり、口へ運ぶ。

 どれもとても美味しいと思った。甘くて、端正で、複雑な味がした。


 帰路につくためホテルを出ると、冷たい木枯らしが吹いていて、それが清々しくて心地よかった。

 久しぶりに、母に電話してみようと思う。



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