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シェア  作者: 伊藤あまね。
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4章

「っはー、風呂お先ぃ。」

「お、タイミングいいねぇ。今出来たよ。キムチ鍋。」

「鍋かぁ、やっぱ寒い日は鍋だよねー」


 にこにことさっぱりとした洗いたての顔で、アキくんは鍋の立てる湯気の向こうで笑う。土産にと持参したビール片手にすっかりご満悦の顔だ。

 俺が継ぎ分けてあげる肉とか白菜とかを摘まみながら、アキくんは今日の出来事を話してくれる。机の前でパソコンの前に齧りついたままで一日が終わってく俺のために、外の景色を垣間見せてくれる。

 学校の玄関の梅の花が咲いてたこと、インフルエンザでマスクしてる生徒が多いこと、受験シーズンでワックスがけには気をつけるようにと云われてること(滑るってことでね)、ここに来るまでに青星を見たこと。

 俺は実際に目にしていないのに、彼の話を聞くだけでしあわせになれる。いつもの街の景色を、アキくんが見てきたことを話してくれてるだけなのに。そして聞くとちょっとほっこりと嬉しくなるのがいつも不思議だった。


「ユズ、呑まないの?」

「んー……まだ書きあがってなくってさぁ……」

「そっかー……締め切り、って……近い?」

「んや、過ぎてる……」

「うーん…………それは、アレだねぇ」

「アレでしょう? だから、アキくん、呑んじゃっていいよ」

「悪いねー」


 アキくん、白めの肌がビール飲んで赤くなってってる…………湯気越しに妙なとこに気付いてしまった俺は、慌てて浮かんだ言葉をかき消した。何考えてんだよ、アキくん、男なのに。俺も、男なのに。

 赤くあたたかで辛い食べ物を囲みながら、俺はやっぱり終わらない仕事のことも考えてはいた。

 さっきも言った通り、締め切りはとっくにぶっちぎってる。今日の昼間も三回は編集さんから原稿催促の電話があった。そのすべてに俺はただただぺこぺこしてるしかなかった。しがない、替わりなんていくらでもいるような作家の筆の進み具合なんて、向うからすればただのお荷物でしかないんだから、俺はただ謝るしかないよね。

 小説で食ってくことを決めたけど、現実はびっくりするほど甘くなくて、しかも下手に新人賞なんて獲っちゃったばかりに、次の作品への周りの期待度は並大抵のもんじゃなかった。

 ただぽっと出の学生上りなのに、連日インタビュー受けたりなんかもしてさ…………表舞台に引っ張り出されることなんて全然得意じゃないのに。みんなにとってそういう俺の気持ちの揺れみたいなのってどうでもいいんだろうなってのは解ってた。

 解ってる、つもりだった。ただ、みんな新しくて珍しいからちやほやしてるんだよなってことも。

 だけど、ちやほやされてしまうコト、周りがどんどん変わってくコトに不慣れな俺は、あっという間にそういうのに呑みこまれてしまったんだ。

 自分を見失って、信頼とか期待とか得たものは瞬く間に擦り減ってって、気付けば碌な文章も書けない状態になっていた。それが、いまだ。新人賞を獲った時に得た「貯金」も何も尽き果て始めた、辿り着いたいまだ。

 俺の手許には何もない。ただ昔取った杵柄が錆びついてあるだけで。好きで仕方がないことを仕事に出来たしあわせを感じてるくせにモノにできていない、ポツリとした薄墨の俺。

 向かい合う画面は、原稿は、どうしても白いままだった。書いても書いても自分の言葉じゃない気がして……そしてどんどんどんどん仕事は遅れてく。

 この前、雑誌の担当さんから、「最近ちょっと読者の反応がイマイチでー……」って言われたりしてるから、本当にちょっと頑張らなきゃいけないんだろう。

 わかってる、わかってるよ……でも、書けないんだ、全然。好きで好きで仕方ない物語を作っていた頃みたく、書けないんだ。いまでも、書くことと物語を綴ることは好きで仕方ない筈なのに…………なんで、こんな、疲れて仕方ないんだろう。




 ほろ酔いで帰ったアキくんの後片付けをしながら、俺はぼんやり考えていた。書きかけの小説のことではなくて、アキくんといることと、そこから感じる妙な日常を嫌と思わない感情を。本来なら、他人が入り込むことを嫌がってたはずなのになぁって思いながら。

 自分が変わっていってるのがすごくよくわかって、おかしくてしかたなかった。

 毎日、毎日、学校の仕事の帰りに俺の家に寄ってくアキくん。「おなか減ったー」って言いながら、子どもみたいにさ。

 俺はそんな彼に空腹と、時には疲れた身体を癒してもらうために、食料買い出しに行ったり、部屋を掃除したり、ご飯作ったり。ひとつひとつはどれも苦じゃない。得意ではないけど、こなせないことはない。

 「ユズってさー、マジで料理うまいよねぇ」って、褒めてくれるアキくんの言葉も嬉しいし。それにやっぱご飯って誰かと食べるから作るんだと思う、おいしくなるから。

 だけど…………―――――泡だらけな鍋とスポンジと、それを握る手を見て思う。

 だけど、俺ひとりだったら、鍋なんてしないよな。めんどうだもん。買い溜めてるインスタント食いながらキーボード叩いたり資料見たりすればいいんだし。掃除だって週に一回くらいか、アレルギー出そうって時に掃除機かければいいんだし。

 だけど…………―――――洗い流した食器を籠に立て掛けながら、それが反射させる部屋の明かりを見ながら思う。

 だけど、やっぱアキくんが来てくれるからには、俺の作るの期待してるからには、それなりに食いでがあるのがいいだろうし、部屋が散らかってるなんてのは、流石にあの最初だけのにしたいし……なにより、喜んでくれるアキくん見るとこっちも嬉しくなるし……


「…………でもなんか、ウザいんだよなぁ…………」


 目の前の現実を口にしてしまうと、何でこうも冷たくなってしまうんだろう。出来ない仕事、真っ白なままの原稿、片付かない部屋、汚いままの俺、ご飯だけ食べにくるアキくん。挙げて並べてくどれもがもが俺の現実なのに……なんで、そんな冷たく言えるんだろう。

 どれも、大事にしたい筈なのに……時々、すごく時々、すべてを放り出して打ち壊したくなるのは、なんでなんだろう。ひとりぼっちになってしまえたらいいのに。ひとりになって、何も考えなくていいようになりたい、って思ってしまうのは。

 そしてそんなことを思って願いかけてしまう度に、胸の奥が苦しくて痛くなる。それって、俺が本当の望んでることなのかな、って。

 本当は、望んでるのかもしれない。こんな物書きなんて仕事、とっととやめてしまえって誰かに言って欲しいのかもしれない。何も片づかないから、アキくんに来ないでくれって言いたいのかもしれない。部屋もご飯もどうでもいい。ウザいよ、疲れた……って、言いたいのかもしれない。

 でも言えない。言ってしまったら、全部”ホント”なっちゃって…………俺は、本当に独りぼっちになってしまう気がして。そうなってしまうコトを、俺はすごくすごく恐れながら拒んでいた。

 それでも構わないって前なら言えたかもしれない。それは新人賞を獲ったばっかの頃? 小説を書き始めて物書きで食ってこうか迷ってた頃? それとも……アキくんに出会った頃? そのどれでもであるようで、どれでもでない気がする。わかんない。だけどいまの俺は、本当はどうしたらいんだろ………わかんないよ、なんにも………




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