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ややしてトプルが口を開く。
「とりあえず、クレッセンの思惑は潰えた、ということでよいのではないですか?」
そう言った顔には複雑な色があり、それを要約するならば『私はこんなくだらない男に追われたのか…』という悲観のようなものだった。
実はこの世界の創造主で且つ復活した魔王本人でしたと言われても、その本質が勘違いによる思い込みの妄執に囚われた男だったと知らされれば、誰でもそんな風に思うのではないだろうか。
まして受けた被害が大きければ大きいほど、その虚しい思いは強いはずだ。
「そうですね、まさか狂気のストーカー事件が、こんなくだらない幕引きになるだなんて思っていませんでしたけど」
例えばそれは妹を殺されたリーネだったり、
「この人は勘違いで優里花さんをナンパして、勘違いでルリアーナ様を逆恨みして、最後に勘違いして私を刺した。勘違いしかしていませんわね」
例えばそれは勘違いで殺されたアナスタシアだったり、
「私はこんな奴に人生をめちゃくちゃにされたのかと思うと、涙も出ないわ」
例えば不名誉な噂により傷つけられ自死に追いやられたルナだったりだ。
彼女たちは『自分はこんな男に恐怖を抱いたのか』と妙に情けないような気持ちになった。
そういう意味では逆恨みされてよくわからないまま追いかけられてよくわからないまま死んだルリアーナと、つきまとわれただけのシャーリーとアデルはダメージが少ない。
なんとなく気持ちのぶつけどころの所在が曖昧な微妙な空気が流れる中で、けれどイザベルだけは違った。
彼女は優里花のように怒ることも、リーネたちのようにやるせない思いをすることも、ルリアーナたちのようにもやもやとした気持を抱くこともなく、ただひたすらに我が身の理不尽を呪っていた。
……どうして?
どうして自分が殺されなければならなかったのか。
…どうして?
どうして姉まで死ななければならなかったのか。
どうして?
どうしてこの男はこれまでの行いの報いを受けないのか。
どうして!!
どうして、私が我慢しなきゃいけないの。
「ルカリオくん!!」
「あ?」
イザベルは立ち上がって、そのままゆっくりと歩き出しながらルカリオを呼ぶ。
呼ばれた方は珍しいこともあるもんだと思いながら「よっ、と」とイザベルの元へ瞬時に移動する。
「なんか用か?」
そして首を傾げたのだが、
「ナイフ、持ってない?」
そう言ったイザベルの顔があまりにも鬼気迫るものだったので、彼らしくなくやや慌てた様子を見せる。
「いや、そりゃ持ってるけど、どう」
「貸して」
どうする気だと聞く前に、彼は目の前にずいっ手を差し出された。
そこにナイフを渡せということだとは理解できるが、ではそれを渡したらイザベルはどうする気なのか。
正直、聞くまでもないと思う。
「……やめといた方がいいと思うぜ?」
「どうして!!?」
この後の行動を察したルカリオの制止に、イザベルは立ち止まって激昂する。
普段大人しい人間はキレると恐ろしいと言うが、ルカリオは今それを目の当たりにして、しかし一歩も引くことなく、すいと顎をしゃくる。
「後ろ、見てみ?」
イザベルはそれにつられるように自分の背後に目を向ける。
すると、ルリアーナと目が合った。
アデルと目が合った。
シャーリーと、ルナと、アナスタシアとも。
そして、リーネとも目が合った。
全員がイザベルを見ていた。
「イザベルちゃん」
「イザベル様」
それぞれが口々にイザベルの名を呼ぶ。
だがそれ以上の言葉は続かない。
彼女の気持ちもわかるだけに引き留めたいと思っても、どう言えばイザベルに届くのか掴みあぐねていた。
「鈴華…」
それは姉であるリーネも同じで、泣く寸前のような顔で中途半端に差し出された手が中空で寄る辺を求めて彷徨っている。
「お前、姉ちゃんにあんな顔させてまであいつのこと殺したいのかよ?」
「……っ!!」
ルカリオの声は静かだった。
だが、無音に近いこの空間ではよく聞こえた。
「でも、お姉ちゃんだって前世であいつを殺そうとしたわ!!」
イザベルは再度振り返り、リーネたちへ背を向ける。
彼女たちの気持ちをわかった上で、それでも自分の願いを実行するために。
「私だって気持ちは同じ。皆を死に追いやったあいつを許せない!!」
だからナイフを、とイザベルはもう一度手をルカリオに差し出した。
「……俺は別にいいんだけどさ」
ルカリオはイザベルに向かってため息を吐くと、腰のあたりから刃渡り15cm程度のナイフを取り出し、手に持った。
「仮にお前の姉ちゃんが前世で『お前の敵だ』ってあいつを殺してたら、お前喜んでたか?」
「……え?」
「自分のために姉ちゃんが人殺しになったって聞いて、お前は喜べたのかって聞いてんの」
手に持っているナイフを軽く投げ上げてはキャッチするという動作を繰り返しながらルカリオは訊ねる。
何の気ない、ごく自然な動きにごく自然な言葉選び。
けれどその言葉は確実にイザベルの心に届き、染み込んでいく。
もしかしたらルカリオが事件とは関係のない第三者であったからかもしれない。
「……喜ばない」
「だろ?それが答えだ」
ややしてイザベルが出した答えに「にしし」と笑ったルカリオは弄んでいたナイフをぱしっとキャッチする。
そして反対の手をイザベルの背に当てると、
「でもリーネの気持ちがわかっただろ?いや、お互いに、って言うべきか?」
そう言ってまるでリーネの元へ戻れと言うようにその背を押した。
決して強くない力だったにも関わらず、何故か抵抗できずにイザベルはその勢いのままふらふらと皆の元へと戻った。
まだ然して離れていなかったためおぼつかない足取りでも数歩で戻り着けば、わっと群がった全員に抱きしめられて目を白黒させている。
けれどすぐにその顔は周りと同じ笑顔に変わった。
「そうそ。アンタらはそうやって笑ってればいいんだよ」
ルカリオはそれを見届けると、顔に浮かべていた笑みを消して、くるりと振り返った。
「こういうことは、俺にやらせればいいんだからさ」
彼が言うが早いか、ナイフを持っていた手を軽く振るうと、「がっ!!」という声が大聖堂に響いた。
「……え?」
その声に驚いて女性陣が顔を上げれば、その声の主はクレッセンで、その喉には深々とナイフが突き刺さっていた。
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