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「よく俺の名前がわかったな」

クレッセンは感心したような目をルリアーナに向ける。

前世で再会して自分が追い詰めていた時には誰だかわかっていなかった様子だったのに、とでも思っているのだろうか。

「……アデルちゃんが教えてくれたのよ」

「へぇ?」

誤魔化してもしょうがないと、ルリアーナは自分の知識ではないことを白状する。

明確に名前を出していいものか悩んだが、クレッセンがどの程度こちらのことを把握しているのか知りたいという思いもあり、心の中で謝罪しながら敢えてアデルの名前を出した。

するとクレッセンは逡巡する様子も見せずに真っ直ぐにアデルを見たため、少なくとも顔と名前は一致しているのだろうと思った。

「そうか、秋奈ちゃんは最後まで生き残っていたから、そりゃあ僕のことも知ってるよねぇ?」

「……ぃっ!?」

だが、まさか前世と結び付けて知っているとは思わなかった。

名前を呼ばれたアデルは驚きと不気味さから小さく悲鳴を上げて顔を青くした。

傍にいたルナが心配して手を取れば、弱い力だったがアデルはしっかりと握り返してきて、ならばまだ大丈夫だとほっと息を吐く。

「……そっちの莉緒ちゃんは短い付き合いだったね。見た目だけなら君が一番近かったのに」

そのルナへ視線を移したクレッセンは一瞬目を細めると、やれやれと軽い口調でため息混じりに言う。

今にも「それなのに君は困った子だったよね」とでも言い出しそうな目だ。

「……近かった?」

その目に違和感を感じたルナは問い返すが、クレッセンは肩を竦めるばかりで答えない。

彼はルナから視線を逸らし、その目をシャーリーへと転じる。

「逆に紗理奈ちゃんは性格がとても似ていたね。怯える君はとてもいい顔をしていた」

言いながら今度はうっとりと目を細めるクレッセンに、シャーリーはその時を思い出したような顔で固まっていたが、リーネが急いでその目からシャーリーを隠すように掻き抱いた。

一歩遅れてアナスタシアが、さらに半歩遅れてイザベルがそれに続く。

前世の年長者であるリーネとアナスタシアは前世の享年も今世での年齢も一番下であるシャーリーを守らねばと、イザベルはいつも守られてばかりの自分でも誰かを守りたいと無意識ながらに庇っていた。

3人の女性が自らの身を盾にして最弱者を守るその中で、クレッセンはイザベルに焦点をあてた。

「…鈴華ちゃん、君もあの時そんな風に誰かに庇ってもらえていたら、死なずに済んだのにねぇ?」

「……っ!!」

彼はこてんと首を直角に倒し、ゆらりゆらりと幽鬼のように一歩前に進み、にたりと口を開けた。

「そこにいる君の大好きなお姉ちゃんは、君を守ってはくれなかったよねぇ?ずっと『お姉ちゃん助けて』って、言ってたのにねぇ、ぇぇっう、ふ、ふふふ…」

肩を揺らし、人の傷口に塩を塗り込む様を愉悦に満ちた目で眺めるような残虐さを滲ませて、聞く者の不安を煽るような不気味な声で嗤い始める。

その声と共にあの時の凶刃が見えた気がして、イザベルは庇っていたはずのシャーリーに縋りつくようにその場に崩れ落ちた。

「秋奈ちゃんと莉緒ちゃんと紗理奈ちゃんと鈴華ちゃん、そしてこの場にはいない加奈絵ちゃんと美波ちゃん。優里花は別として、本当ならその子たちがこの世界でのヒロインだったんだよ。でも人数が合わなかったから秋奈ちゃんには悪いけど、軽い興味しかなかった君には悪役令嬢になってもらったんだ。僕にとって君はただの観察対象だったからさ」

くるりと名前を挙げた人物を見回しながらクレッセンは仄暗く嗤う。

「観察、対象…?」

「そうだよ。僕が惹かれた莉緒ちゃんと美波ちゃんと一緒にいた君を真似れば、彼女たちがこっちを向いてくれるかと思ってね。だから正直、君自身には全く興味がなかったんだ」

恐る恐る繰り返したアデルの言葉に、クレッセンは嗤いながら答える。

だから追われた時、未練も見せずにとっとと逃げたのだと。

当然ながらそれによって齎されるアデルの気持ちなど微塵も考えない。

「それにしても美波ちゃんは僕が思ったよりも強い子だったんだねぇ。絶望しながらも生き続ける道を選んだようだったから、こっちには引っ張って来られなかった」

残念だけどねとまたも肩を竦めたクレッセンの言葉に、しかしルナとアデルとルリアーナはこんな状況でもつい安堵の息を漏らした。

姉と先輩と親友を立て続けに亡くした彼女のことがずっと気に掛かっていたから。

「それに、まさか魂を間違えるとは思ってなかったよ。姉妹だけあってそっくりな色でさ。鈴華ちゃんをヒロインにしそびれちゃった。辛い目に遭わせちゃってごめんね?」

「……え?」

何故か誰に乞われる前からべらべらと話すクレッセンは、もしかしたらずっと誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。

自分が計画したこの転生劇のシナリオを。

「本当は君がヒロインだったんだよ。でも悪役令嬢にって連れて来た君のお姉ちゃんと間違えちゃってさ。気づいた時は加奈絵ちゃんのことで手いっぱいだったから、どうしようもできなかったんだ」

額に手を当てながら本当に不本意だったと示すようにふるふると頭を左右に振る。

それはある意味で常にイザベルの、いや、恐らく転生者たち全員の行動を把握していたということだ。

そしてはっきりそうだとは言わないが、言葉の端々から彼が彼女たちをこの世界に集めたのだと主張している。

信じ難いことだが、この期に及んで嘘や意味のないブラフなどは言わないだろう。

「全く、いつでも僕の邪魔しかしないあの女のせいで君を助けるのが遅れてしまうなんて。結局加奈絵ちゃんも助けられなかったし、散々だったね」

クレッセンはちらりとイザベルに目を遣り、にやりと嗤った。

やはりその表情は残虐さを感じさせるが、今度の顔は誰かの絶対に知られたくない秘密を大勢にバラしてその人を貶める時のような、笑顔で個人を社会的に殺すような残酷さが強い。

そしてそのトリガーとなるのはきっとこの言葉。

「てかさっきから言っているけど、カナエって誰だ?」

案の定、ルカリオが独り言のようにそう言った瞬間、クレッセンの顔が喜色に歪んだ。

「加奈絵ちゃんっていうのはねぇ、そこにいる野田芽衣子に保身のためだけに殺されちゃった、憐れなヒロインの名前さ」

けひゃひゃ、と笑い過ぎて声が出なかった時のように体をくの字に折り曲げて囁くように嗤う。

先ほどまでは控えめだったその嗤い声にも彼の本性が滲み出し、歪さが目立つようになってきた。

「つまりカロンの名前でしょう?私たちの中で処刑されたのなんて彼女だけだもの」

ルリアーナがそう付け加えれば、「ああ、そんなのもいたっけな」とルカリオは納得したが、正体を知ったら興味が削がれたと言うようにまた背景に戻る。

実際その通りで、単純に誰かが気になっただけで元々興味はなかったのだろう。

あっさりしたその様子にクレッセンは逆に毒気が抜かれたような顔を見せた。

「……この女は加奈絵ちゃんを殺した、人殺しなんだぞ?わかってるのか?」

彼は念を押すように背景に戻ろうとしていたルカリオに言う。

それが重罪だと言わんばかりだった。

恐らくクレッセンの認識上のヒロインたちに言いたいことを言い、手違いをした言い訳をし終わったから、次は加奈絵ことカロンをきっかけにルリアーナを貶めたかったのだろう。

「はあ?それが?」

だがルカリオには加奈絵のこともカロンのこともどうでもいいことだった。

カロンが処刑されるに至る経緯も聞いていたし、何故ルリアーナが彼女を助けなかったのかも聞いた。

「たかが人ひとり殺したくらいでガタガタ言うなよ」

なにより、暗殺者として数多の人間を手に掛けてきたルカリオにとって、1人というのは問題にならない数だったのだから、気にする必要など微塵もない。

「…普通は1人でもガタガタ言うのよ?」

彼があまりにもあっけらかんとして言ったため、むしろルリアーナ苦笑しつつがフォローしてしまったくらいだ。

「いや、俺に普通を求められてもなぁ」

しかし結局ルカリオの感性はルカリオのもの。

理解できないわけではないが、理解する必要はないと思っている。

「ふ、ふん、所詮非情な女の仲間は非情だということか」

クレッセンは思い通りの展開にならずやや調子を崩したようだが、すぐに取り繕うと、

「だが彼女たちはどうかな!?自分の仲間だと思っていた女が同士とも言うべきヒロインを処刑に追い込んだと知っても、今まで通りお前を慕うか!?」

そう言ってアデルたちを見た。

けれどその顔もすぐに驚愕に彩られる。

彼女たちの誰も、ルリアーナに嫌悪の目を向けることもなく、ごく当たり前のこととして受け入れていたからだ。

「お生憎様。私、自分の行いは彼女たちに正直に話しているの。カロンが何をしたのか、それによってどうなったのか、そして私はどうしたのか。全て隠さず明らかにしているわ」

ぱしん、と扇を手のひらに打ちつけ、ルリアーナはクレッセンに微笑む。

お前の目論見通りになってたまるか、と。

「彼女たちはその上で私と一緒にいるの。ヒロインの皆はカロンと同じ道を辿ることがないように、悪役令嬢の皆は追放されることがないように。ゲームではなく現実となったこの世界で、正しく生きていくために!」

打ちつけた扇を持ち直し、音を立てて広げたルリアーナは高らかに宣言した。

「私たちには意思がある。貴方がどんな世界を思い描いていたか知らないけれど、私たちがそれに従わなきゃならない道理なんてないのよ!!」

読了ありがとうございました。

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