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ここからは最後に向かって雑なほど一気に進みますので、よろしくお願いします。

翌日のよく晴れた午後。

一日で最も陽が高いはずの時刻にもかかわらず、その光がここにだけは届いていないのではと思わせるような影を背負った建物を見上げた12人、転生者8人とヴァルトとルカリオとフージャとトプルは静かに息を呑む。

この大陸の人間全てが信仰しているトーラン正教の本教会は、その歴史に見合った風格と厳かさで12人の来訪を静かに受け止めていた。

「……行くわよ」

足を踏み出しながら奮い立たせるように発されたルリアーナの言葉は、しかし思いの外小さく、冷たい風に流されていく。

だが全員の耳には届き、言葉もなく頷いた彼らも彼女に続いて足を進めた。

荘厳という言葉を体現したような、翳りを帯びつつも神聖さを失わないトーラン正教本教会の、その中へ。


教会に一歩足を踏み入れると、即座に虚ろな目をした大勢の神官たちが現れて一斉に12人を取り囲んだ。

などということはなく、彼らは拍子抜けなほどにあっさりと、誰にも邪魔されないまま大聖堂の扉の前へと辿り着いた。

誰にも邪魔されないどころか、『誰にも会うことのないまま』に。

敬虔な信徒ならば毎日でも通う、大陸一の観光スポットと言っても過言ではない本教会で、それは明らかにおかしいことだった。

滅多に来ない場所とはいえ、その不自然さに気づかないわけはない。

「……向こうも準備万端、ってことかしら?」

「かもしれないね」

勢いのまま扉に伸ばした手を一度戻して腰にあてたルリアーナの言葉にヴァルトが頷く。

2人の間に僅かに緊張が走る。

そして一拍遅れでぴりりと弱く肌を刺すような緊張が他にも伝播した。

意図したわけでもないのにほぼ同時に胸の前や体の横で握られた拳に力が入る。

けれど一人涼しい顔をしていたルカリオはその中をすり抜け、ルリアーナと扉の間に割り込むように立った。

そして扉にそっと触れて目を閉じる。

「人の気配は1人分、多分クレッセンって奴だろうけど、それしかないな。でも罠かもしれないから扉は俺が開ける。姫さんたちは壁の陰に隠れてくれ」

そうして中の気配を探ったらしいルカリオはゆっくりと目を開けて軽く肩を竦めながら「そこへ寄ってくれ」と示すようにルリアーナたちに手を振った。

扉を開けた瞬間に炎が噴き出すわけでもないだろうが、一番危険な場所には立たないでほしい、と。

「…わかったわ」

一瞬口をついて出そうになった否定をぐっと飲み込み、ルリアーナは彼の言葉に頷くと、すぐに壁際へと移動した。

それは自分がこの手のことでは足手まといであることを理解しているからでもあったが、ルカリオの実力を信じているが故の行動でもあった。

そしてその信頼を彼が違えることはないことも信じている。

つまりは何より、ルカリオを信じての行動だった。

「……開けるぞ」

だからそれを感じたルカリオは、たとえここで罠にかかって死んでも本望だと思いながら、その信頼に応えるために罠があったとしても絶対に生き残って退けてやるという相反する思いを笑みに変えて、一思いに扉を開けた。


扉を開け放ったそこはひたすらに白い空間だった。

壁も床も調度品も全てが白を基調としており、それが天窓から降り注ぐ光を乱反射させて室内を一層白く照らしている。

うっかりすると平衡感覚を失いそうなほどの圧倒的な白さだった。

「これはこれは、ようこそおいでくださいました」

その白い空間を割るように、ざらついた耳障りな声が響く。

声がした方を見れば、室内に同化するような真っ白い司祭服を身に纏った痩躯の男がこちらを見ていた。

「王太子様に王太子妃様、貴族の方に平民の方、暗殺者に、そして追放された元司祭、ですか。ふふふ」

その声は「随分とバラエティーに富んだお客様ですね」と言って低く嗤う。

荒野の枯れてひび割れた大地を思い出すようなその嗤い声に、ルリアーナは既視感を感じた。

そしてそう感じたのはルリアーナだけではなかった。

ということは、きっと彼女たちの予想は外れていない。

ちらりと視線を交わし小さく頷き合って気を引き締め直す。

「それで?皆様はどうしてこちらへ?」

声の主は手を広げ、大袈裟なほどに表情を笑みの形に歪めながらルリアーナたちへ質問を投げ掛ける。

白々しさなど承知の上で、それでもそう振る舞うことに意味があるとでも言わんばかりだ。

「……まずは確認なのだけれど、貴方がクレッセン新大司祭かしら?」

その異様さに圧倒されそうになるのを堪えて、ルリアーナは一歩前へ出る。

それを見た男の顔が再び歪んだ。

笑みだと思えていた先ほどの歪みとは異なり、今回は好意的に見ればかろうじて笑っているのかもしれないと思えるという程度の歪みだった。

「如何にもその通りですが、そうと知っているならば貴女の態度は不敬では?私は国王と同位の大司祭ですよ」

身の程を弁えろ、と歪の中にある目が語っていた。

光を飲み込んだまま反射しない黒い瞳は底なし沼のように暗く澱んでいる。

だがルリアーナはそれを一笑に付すと、

「生憎と肩書だけで実際には大司祭に値しない方に尽くす礼儀は持ち合わせておりませんの」

懐から取り出した扇を優雅に口元に当てて、これ見よがしににっこりと笑って見せた。

彼に脅威を感じていることを必要以上に悟らせまいという虚勢だが、虚勢も貫けば真実になる。

だからルリアーナは恐れを表に出すことなく言葉を次いでいく。

「それに、自らを貴人だと宣うような方は三下と相場が決まっていますから、心配は無用ですわ」

浮かべた笑みを深くしながらそう付け加えると、相対しているクレッセンの顔がより深く歪んだ。

ルリアーナが思ったほど狼狽えた様子を見せないせいか、先ほどまでは何とか保っていた聖人としての顔が見る見る間に凶相に塗り替えられていく。

「……相変わらず気に喰わない女だ。お前とだけは生まれ変わっても分かり合える気がしない」

限界まで顔を歪めながら吐き捨てるようにクレッセンは言う。

それは敵を見るよう、というよりは忌まわしいものを見るような顔だった。

「あら、そこだけは分かり合えましたわね。私も貴方のような狂人のことなど理解できる気がしません」

逆にルリアーナは笑顔の仮面が剥がれないように動作や言葉も使ってコーティングを厚くしていく。

傍から見ると全てを捨てて身軽さを重視した剣士と、全身鎧で身を固めた重戦士の戦いのようにも見えてくる。

「さて、どう取り繕ったところで行き着く先は同じ。ということで単刀直入に訪ねます」

ルリアーナは自信に満ちた勝気な顔でぱしんと音を立てて扇を閉じ、それを真っ直ぐにクレッセンに突き出した。

まるで喉元に銃口を突き付けるかのようなそれに、しかし実際に出されているのが扇のためかクレッセンは顔色一つ変えずにルリアーナを睨めつけ返す。

フン、と鼻を鳴らす様子は意にも介さないと示していた。

「クレッセン大司祭、貴方は……神狩勇気の生まれ変わりですか?」

だがルリアーナがそう尋ねるとクレッセンは軽く目を瞠り、ゆっくりと徐々に口元を三日月形に歪めながらうっそりと嗤った。

それは何よりも雄弁な肯定であった。

読了ありがとうございました。

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