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アンナ編最終話です。

午後、日も傾いてきた頃に行われた再度の話し合いは、開始後すぐに発せられたイザベルのこんな一言から俄かに騒がしくなった。

「あの、事件に関わった私たちが意図的に集められたのだとしたら、優里花さんも意図的に選ばれたという可能性はないでしょうか」

「え?」

その言葉を言われた瞬間は誰もその意味を理解できていなかった。

確かにルリアーナもアデルも誰も、自分たちが偶然同じ世界に転生したとは思っていない。

なにかしらの理由で集められているのだろうとも思っていたし、だからこそ次に来るアンナが新たな鍵になると考えていたのだから。

だが、それとクレッセンが優里花を知っていたことは繋がらないのでは?

「今までの経験からゲームであれ漫画であれ、本来の流れと違う行動を取ることが可能なのは転生者だけだろうという推測をしましたよね。そして今のところ転生者はあの事件に関わっている人間に限られている。ルリアーナ様はクレッセン大司祭も転生者かもしれないと推測されました。その両方の推測が正しかったと仮定してみると、転生者である彼もまたあの事件の関係者として元の世界の私たちや優里花さんを知っていた可能性はあります。もし彼が私たちのようにその関連性に気がついていたとしたら、さらには何らかの手段でまだこちらに転生していないのが優里花さんだけだと知ることが出来たなら、彼は次に転生するのが優里花さんだと推測することができます。その上で彼女を喚んだのかもしれません」

不安そうに胸の前で手を組みながらイザベルは言う。

そう考えれば、クレッセンが優里花を知っていたことの説明はつくと。

むしろ彼が意図的に残り一人である優里花を喚ぶために儀式をした可能性すらあると。

ルリアーナたちはイザベルの話を聞いて驚きと共に納得する。

自分たちが生きていた時にはわからなかったが、アデルの話によると事件の全容が発覚した後は中々に大きく報道されていたようだし、その可能性はないとは言えない。

「……それと、これは最悪の事態を考えた時に気がついた可能性なのですが」

ごくりと生唾を飲み込んで言葉を次いだイザベルは、沸き上がってくる不安からかちらりとリーネを見て深呼吸をしてから再び口を開く。

「この世界に転生しているのがあの事件に関わった人物であると限定するなら、クレッセン大司祭に転生する可能性がある人が、一人いますよね…?」

「クレッセンに」

「転生する…?」

ゆっくりとその言葉を繰り返すと、その意味がスポンジに垂らした水が吸収されていくようにじんわりと脳に浸透していく。

そして数秒を掛けて、彼女の言わんとするところを理解してしまった。

優里花のことを知り、彼女たちのことを知り、事件に関わっている『男』。

そんなのはただ一人しかいない。

「まさか、クレッセンは神狩勇気だと…?」

くわりと限界まで目を見開いたリーネは、前世の妹を見つめながら彼女が思い至ったのだろう恐ろしい可能性について明確に口にした。

確証はない。

状況証拠すら不十分だ。

だが、もし彼がストーカー男こと神狩勇気だとしたら、ストーカーになるほど歪んだ愛を向けた優里花を召喚したいがために大司祭になったのだとしても頷けてしまう。

むしろその可能性に思い至ってしまえば、そうとしか思えなくなる。

「確証は何もないけど」

不安げな表情のイザベルは、もしかしたら誰かに「そんなわけはない」と言ってもらいたかったのかもしれない。

だが、誰もそうは思わなかった。

むしろこれでまた一つピースが嵌り、事件の全容解明という完成図には大きく近づいたと考えられる。

だが逆に、転生した意味を探るという目的を達成する上での壁は二重にも三重にも増えてしまったようだ。

「なんであいつまで転生を…?」

呟いたところでその答えは出ない。

ならば。

「……クレッセン大司祭に会いに行きましょう」

リーネの呟きにルリアーナは静かにその結論を出した。

今ある情報では不足しているのなら、最早それしか手はない。

手にある情報に決定打がないなら、それを得るために行動するしかないのだ。

「姫さんが行くには危険かもしれないぜ?」

けれど実際にクレッセンや教会関係者の様子を見ているルカリオとしてはすぐにその案を受け入れるわけにはいかない。

クレッセンはどう見ても狂気に侵されていたし、そんな彼を大司祭として受け入れている教会関係者たちがまともだとは思えなかったからだ。

優里花を攫うために潜んだ半日にも満たない時間ですら異常さを感じたその場所に、命よりも大切な主を連れて行きたくなどないと思うのは私情による我が儘だろうか。

違うとは言えないが、それだけでもないはずだ。

「たとえ危険でも」

そんなルカリオの思いを知ってか知らずか、ルリアーナは迷いのない瞳をルカリオに向ける。

彼女の目は自分の意志を曲げないというよりは、自分がなすべきことを見定めている目だった。

「自分で確かめなければわからないこともあるわ。そしてこれはそういう類のものよ」

そう言う声にも迷いによる揺らぎは微塵もない。

確固たる意志でルリアーナはクレッセンに会うと言っている。

なら自分にできることは、結局これしかない。

「…わかったよ」

ルリアーナに害が及ばないように自分が守る。

正しく護衛という立場のルカリオの職務を全うするという、ただそれしか。

「んで?他には誰が行くんだ?それとも全員で?」

ルカリオはため息を吐いて自分の役目を受け入れると、その範囲を確認するように訊ねた。

全員だった場合、守る対象を絞らなければならなくなるのだから、それはとても大切なことだ。

「まさか。ヴァルト様たち王太子の4人には残っていただくわ」

「なっ!?」

「そんな、僕たちも行きますよ!?」

けれど否定の意味で手を振るルリアーナの言葉にガイラスとライカは驚いた顔をした。

オスカーもここまで関わっているのにそれはないだろうと言いたげな顔でルリアーナを見ている。

だがその言葉を受け入れるわけにはいかない。

ルリアーナは彼らを諭すように静かな笑みを浮かべた。

「……王太子様である皆様が動くわけにはいかないことくらい、本当はおわかりでしょう?」

常の教会ならばいざ知らず、今の教会は魔窟とでも思っていた方が良さそうな場所だ。

転生者でないことはもちろん、国の重要人物である彼らをそんな危険地帯に連れて行くことなどできるわけがない。

「……そんなことで僕が諦めるとでも?」

だがそれまで黙っていたヴァルトは自分を置いていくなど許さないと言いたげな目をルリアーナに向ける。

反抗心を示すように目元には険が込められていた。

それは存外私情を表に出さないヴァルトにしては珍しいことで、つまりそれほど彼は置いていくと言ったことを怒っているということだろう。

それが自分を心配してのことだと理解しているルリアーナはそれに感謝を込めて笑みを深めた。

けれどヴァルトにはそれが何かを諦めたようにも見えて、一瞬で胸に焦燥が走る。

「っリア!!」

まるで彼女が自分の手の届かない、どこか遠い所へ行ってしまうような気がして。

とうとう立ち上がって声を荒げるヴァルトに、しかしルリアーナは静かな笑みを浮かべたままではっきりと言い切った。

「大丈夫ですわ。ヴァルト様を悲しませるようなことはしませんから」

だから心配しないで、と彼女の穏やかな光を湛えた瞳が優しく語りかけてくるようだ。

けれどそれを見てもヴァルトの焦りは消えない。

「どうして断言できる?相手はリアを、メイコを殺した人なんでしょう?」

むしろ一層募るような気がして、彼は泣きたいような気持でルリアーナの目を見返す。

遠い昔に捨てたはずの涙が、胸の奥から湧き上がってくるのを感じた。

「クレッセン大司祭がリアたちの言うストーカー男、カガリユウキだった場合、一番危険なのは恨みを買っているリアなんだよ!?わかってるの?」

だがそれが表に出ることはない。

代わりに感情だけが、想いだけが引き戻されるようにその頃に戻っていく。

「わかっています」

ルリアーナは真剣な表情で頷く。

全て覚悟の上で、それでも自分は行かないわけにはいかないと。

「わかっているなら、どうしてそこに僕を連れて行ってくれないの?僕はまた、傷ついている貴女を、ルリアーナ姉様を守れないの…?」

不意にヴァルトの顔が顰められる。

流れることのない涙を堪えるように。

あるいは、枯れてしまった涙を絞り出そうとするかのように。

「ヴァルト様…?」

そんな彼の顔は今まで一度も見たことがなくて、ルリアーナは目を瞠る。

呼吸音すら響かせてなるものかと固唾を飲んで見守っている周りの人間もまた、驚きに目を見開く。

「…貴女が誰よりも強くて、誰よりも賢いことは知っている。それでもあの時、貴女を守れなかったことを、今でも後悔しているんだ。僕は貴女を悪意から守れなかったし、兄様のことも守ることができなかった。なにもできなかったのに全てが手に入ってしまった僕は、本当はあの日からずっと、どうしたらいいかわからないんだ」

過去に引き戻された想いを今にぶつけるヴァルトの胸の前で握られた拳には、手全体が白くなるほどの力が込められている。

そしてそれは、いつもなら決して見せないヴァルトの心を表すように不安定に揺れていた。

「ついて行っても何もできないかもしれない。意味なんてないかもしれない。それでも、もう自分の知らないところで大事な人が戦っているなんていう状況は、見ることすら叶わないなんていう状況は、嫌なんだよ」

ふ、とヴァルトの顔から力が抜ける。

握っていた拳からも力が抜け、手がだらりと体の横に流された。

そうして現在に想いを戻して顔を上げた彼は、

「何もできない僕だけど、貴女の戦いを、隣で支えさせてほしいんだ」

お願い、と泣き出す寸前のような顔で儚く笑った。


結局折れたのはルリアーナだった。

ヴァルトがあんな顔を見せたことも初めてなら、あんな風に取り乱したり縋るような姿を見せたことも初めてだったから。

「大丈夫。いざとなったらフージャを盾にしてルカリオの後ろに隠れているから」

折れたルリアーナに嬉しそうな、そして少し恥ずかしそうな顔を見せてヴァルトは照れ隠しのようにそう言って微笑んだ。

それが妙に出会った頃の小さな少年だった時を思い出させて、ルリアーナはうっかり「ちゃんとヴァルト様を守ってね?」とルカリオと、名前を出されただけのフージャにも言ってしまった。

お陰でフージャが「ええ…、この夫婦、完全に俺を盾としか思ってないじゃん…」と悲しそうに背を丸めていた。

本気の命令ではないだろうが、自分はいざとなったらリーネを守りたいのだ。

リーネだって、ルリアーナ程ではないがあの男に恨まれている可能性がある。

だから自分が注意して見ていないと、と思ってちらりとリーネを見れば、彼女は自分の前世の妹を見ていた。

ヴァルトが行くなら自分も行くと言ってきかないオスカーを必死に宥めているイザベルを。

いつだって彼女の一番は妹で、自分はいいとこ2番目扱い。

初めて会った時からそうだったから、それが不満なわけではないけれど。

淋しいと思うのは止められなかった。

「はぁ……」

まあ仕方ないか、俺だもんな。

そう思って吐いたため息に、

「お前も苦労してんだな」

と、後ろから応えた声があった。

振り返れば何気ない顔をしたルカリオが立っている。

いつの間に、というのはきっと愚問になるのだろう。

だからその言葉を飲み込んで、代わりに言った。

「多分お前ほどじゃねぇよ」

我が儘ではないのにそのぶっ飛んだ思考で会う度に自分を振り回すルリアーナの傍らにあり続けるお前に比べれば、きっと自分はまだマシだと。

だがルカリオは「くくっ」と小さく笑うと、

「俺はいいんだよ。あの人の願いを叶えたいと思って一緒にいるんだから」

そう言って愛し気にルリアーナに目を向ける。

決して報われない思いを孕ませたようなそれに、フージャは「やっぱお前ほどじゃねぇわ」と言うのが精いっぱいだった。

ヴァルトがいる限り彼の想いは叶わない。

彼の最愛は、出会ったその時から恋をしていい相手ではなかった。

そんな女性を生涯守ると決めたルカリオの強さは自分には真似できないものだ。

ルカリオはそれに肩を竦めると、元居た位置に戻ろうと踵を返す。

だが「あ、そうそう」ともう一度フージャの方を振り返ると、

「俺は姫さん至上主義だけど、お前がリーネに向けるような、そういう感情は向けてねぇからな?」

と言って「にしし」と笑った。

「………はっ!?」

フージャは耳を疑ったようにルカリオを見てルリアーナを見たが、視線を再び彼に戻した時にはもうそこにその姿はなく、

「あら?ルカリオ、もういいの?」

「ああ」

一瞬前に自分が目を逸らした方からそんな会話が聞こえてきて、彼の言葉の真相を確かめることはできなかった。

読了ありがとうございました。

次回から最終章(予定)です。

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