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「しかしわかりませんな。何故クレッセンは召喚されたのがユリカ嬢だったと知っていたのでしょう」
場が温かな空気に包まれている様をにこにこと眺めていたトプルは、しかし穏やかな顔を顰めさせて疑問を口にする。
それはこの場でヴァルトが初めて明かしたことであったため、まだルリアーナたちはそのことについて考えてはいなかったが、あの場で考えていたとてその答えはわからなかっただろう。
考える人間が7人から15人になった今もそれが変わることはない。
だから「それについては各々が可能性を探ってみましょう」ということで、この話し合いは翌日に持ち越された。
「あの、お姉様」
「んー?」
まだ仕事があるからと王太子たちとフージャが出て行き、トプルは城内の教会で祈る時間だとそちらへ行き、残った女性陣も一度部屋に戻って落ち着こうとそれぞれが離れに用意されている自室へ戻って行った。
しかし優里花は「まだお姉様と一緒にいたいです」とルリアーナについてきたため、人払いをしたルリアーナの部屋には今、優里花と護衛のルカリオだけがいる。
そんな中でおずおずとルリアーナの名前を呼んだ優里花にルリアーナは巡る思考のせいで幾分気のない返事を返した。
その返事もなにか自分に向けたような言葉が聞こえたから反射で返せたようなもので、何を言われたかまでは頭に届いていなかった。
「この世界って、どの程度まで漫画を踏襲しているのでしょうか」
「……え?」
だから次に言われた言葉もほとんど頭には入って来ず、やや時間を置いてから反応したルリアーナは窺うような目を優里花に向けた。
「少なくともシャーリーが20歳になったタイミングでアンナである私が異世界から召喚されるところは同じでした。でも、それ以外は何もかもが違うんです。喚ばれた主人公も、喚んだ大司祭も、各国の王太子妃も、ディアに至っては王太子でさえ。これって本当に同じ作品の出来事なんでしょうか」
優里花は胸の前で手を組むと、縋るようにルリアーナを見上げる。
「私は主人公として動いても、いいんでしょうか」
「……ああ、そういうこと」
優里花の話に意識を向けて聞いてみれば、それは当然とも思える疑問だった。
この漫画の作者である優里花にとってみれば、改変されたこの世界は見知らぬものに等しいのだろう。
その状況で自分が知っている知識を頼っていいのかと、自分が描いた物語通りにすすめていいのかと疑問に思うのは当たり前だった。
だがルリアーナにとってここは、自分が掴み取った未来でもある。
「確かにこの世界は貴女が描いた漫画の世界とは違うでしょう」
だからルリアーナは彼女の言いたいことを受け、それに共感を示す。
「でも、だからと言ってゲームの世界でもないわ」
けれどそれが正解ではないことも同時に示した。
ではなんなのか、その答えはルリアーナだって持っていない。
それでも言えることがあった。
「だって、これは私が未来を変えたいと足掻いた結果だもの」
この世界に転生して、記憶を取り戻したルリアーナはゲーム通りに追放されてなるものかと色々な策を講じた。
もちろんその全てが上手くいったわけではない。
それでも結果だけ見れば、ルリアーナはひとまず自分の望む通りになったと言っていいと思える。
追放もされず、冤罪を被ることもなく、潔白なままいられるのだから。
「漫画版と違うのは、漫画がゲームの王子ルートをクリアした後の話を描いたものだからでしょう。もし私が何もせずこの世界がゲーム通りになっていたら、貴女はそんな疑問を持たなかったはずよ」
「それは、そうですが」
「確かに大司祭の件は予想外だった。でも、意識はどうあれ貴女は優里花ではなくアンナで、間違いなく主人公としてこの世界に来た。私のせいで前提が狂っただけなのだからそこを疑う必要はないわ」
ルリアーナは優里花に微笑みを向け、そっと彼女の小さな頭を撫でる。
「漫画通りだろうと通りでなかろうと、貴女は貴女の思う通りに動いていいわ。私がそうしたように。あの場にいた皆がそうしたように」
例えば、とルリアーナは壁に凭れるルカリオを指す。
「ルカリオだって、本当ならシャーリーちゃんに惹かれて彼女の味方になるはずだった。でも彼は変わってしまったシナリオの中で自分の意志でついて行く相手を選んだの。だからそこでも未来は変わってしまったけれど、大きなくくりで見れば彼がシャーリーちゃんの味方、ではなくても同じ側でいることは変わらなかった。登場人物だってディアは別としても、悪役令嬢が王太子妃になっていたからってヒロインがいないわけじゃない。いないはずの悪役令嬢がいたりヒロインの立場が違ったりするだけで、全体的に見れば、世界はそこまで変わっているわけではないわ」
ルリアーナは視線を優里花に戻し、「それにね」と言ってポンと軽く両肩を叩いた。
「予定調和の世界をぶっ壊すって、結構楽しいわよ?」
そしてパチリと飛ばしたウインクで、優里花の懸念も飛ばしてしまった。
「……姫さんの壊し方はどうかと思うけどなー」
ルカリオのこの呟きはルリアーナの胸に飛び込んだ優里花の耳には届かなかった。
そしてその夜。
「ヴァルト様は普段あんなに細かいところまで目を向けていらっしゃるのに、肝心な時に抜けていることがままあります」
「……はい」
「私の髪が1cm短くなったとか、オスカー様がイザベルちゃんの手を繋ごうとして失敗していたとか、ガイラス様がアナスタシアちゃんしか見てなくて柱にぶつかりかけていたとか、そんなところに気がつく前に、もっと気をつけなくてはいけないところがあるでしょう?」
「…そうですね」
「なのにこんな…ヴァルト様は私のことなんて、本当は愛していないのでは?」
「は、……え!?ちょっと待って、なんでそうなるの!??」
「どうせわからないんだから、知りません!!」
「り、リア?リアってば、ねぇ!ちょ、お願いだから僕の話を」
「聞きません!!」
寝室に現れたヴァルトを見て怒りを思い出したルリアーナは、その後の感情にも引っ張られながら自分でも何を言っているかわからない状態でヴァルトに八つ当たりをし、ぼふんと音を立てて布団を被って丸くなった。
ヴァルトは八つ当たりだろうと感じつつも、最愛に自分の愛を疑うようなことを言われてそっぽを向かれている状況での放置はよろしくないと布団を剥ごうとする。
しかし『いい歳して子供みたいなことをして恥ずかしい』と自己嫌悪に陥っていたルリアーナはぎゅっと布団を握り込み、徹底抗戦の構えを見せた。
その争いは抵抗に疲れたルリアーナが寝落ちするまで続き、腹を抱えてそれを見ていたルカリオは翌日その様子を王太子たちとフージャにバラしたが、ヴァルト経由でそれを知ったルリアーナにこっぴどく叱られた。
だがルカリオは真っ赤になって怒るルリアーナの顔を見られたことに幸せを感じていたので、これに懲りることはなかった。
平和な日常のひと時。
けれど恐らくこの日が、平和に過ごせた最後の日だった。
読了ありがとうございました。




