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「恐らくアデルちゃんのその推測は正しいわ」
ルリアーナはアデルの元まで移動し、彼女の頭をそっと抱きしめた。
話したことで幾分心が軽くなったのか、アデルの顔色は徐々に戻ってきていたが、それでも常に比べればまだ色は悪い。
「前に頭の中で男の声を聞いたことがあったの。その時は誰のものかわからなかったし、意味もわからなかったけれど、今の推測を聞いて、全てが繋がったわ」
ルリアーナは血流を促すようにアデルの頭をゆっくり撫でた。
「…声、ですか?」
それが功を奏したわけではないだろうが、完全に震えが止まったアデルの問いにルリアーナは「ええ」と答える。
彼女の声は無感情だったが、アデルの頭を撫でるのをやめ、再びその胸に抱いた腕には僅かに力が入っていた。
「その声は『お前があの時俺の邪魔をしたんだ』、『俺は彼女を愛していたのに、彼女だって俺を受け入れてくれたはずなのに』、『俺はお前を絶対に許さない』と言っていたわ。きっと『あの時』がキョンを助けた時のことで、私の顔を見てあの時の相手だと気づいてそう言ったんだと思う。…私は忘れていたけれど」
ぎゅっと強くアデルの頭を抱きしめて「はあ」と息を吐いて6人を、あのストーカー男によって人生を狂わされた6人の顔を順に見る。
自分が災厄を撒いてしまったに等しい、巻き込んでしまった女性たちを。
「ごめんなさい。キョンが追われていた時に私がもっとちゃんと対処していたら、こんなことにはならなかったのに。シャーリーちゃんが追われることも、イザベルちゃんが殺されてリーネちゃんが復讐することも、ルナちゃんが車に轢かれることも、アデルちゃんが追われることも、そして、アナスタシアちゃんが間違って殺されることもなかったはずなのに。……全部、私のせいだわ」
ルリアーナはアデルの頭をそっと自分から離し、6人に向けて深く頭を下げた。
取り返しのつかないことに対して、せめて誠心誠意の謝罪をと思ったのだ。
そして心の中ではカロンにも詫びた。
彼女は自分のせいで2度も死んでしまったようなものだ。
1度目は間接的に、2度目は完全に自分が原因で。
もう詫びる方法はないが、せめて安らかに眠ってくれていることを祈った。
「頭を上げてください!」
「私たち、ルリアーナ様のせいだなんて思ってませんから!」
シャーリーとイザベルは焦ったように言い募り、ルリアーナに駆け寄ると頭を下げたままの彼女に左右から抱きついた。
狙い通り、2人を支えるためにルリアーナは下げていた頭を上げて2人に顔を見せる。
「そうよ、ルリアーナ様がどうしてたって、あいつは結局そうなってたはずよ!」
「自分が悪いだなんて、そんな風に責めないで!」
「人を助けることが悪いなんてこと、あるはずないんです!」
ルナとリーネとアデルも駆け寄り、シャーリーとイザベルごとルリアーナを抱きしめた。
ぎゅうぎゅうと身を寄せてくる5人分の体温が全てルリアーナに集まっているかのような温かさを全身で感じる。
「みんな…でも……」
ルリアーナは自分のせいじゃないと言いながら自分を抱きしめてくれる5人を見て涙ぐんだ。
けれど、そう言ってもらえるのは嬉しいと思うのに、今ルリアーナの胸を占めるのは深い後悔だけだった。
嬉しいと思うと同時に、それ以上の申し訳なさを感じてしまう。
「ルリアーナ様」
そんなルリアーナを今度はアナスタシアが静かに呼んだ。
その声に5人に向けていた顔をアナスタシアへと向ける。
他の5人のように感情的にならないのが彼女らしいと、ルリアーナは頭に残る冷静な部分でぼんやりと感じていた。
「私が前にリーネさんに言ったことを覚えてらっしゃいますか?」
「リーネちゃんに…?」
だがゆっくりと口を開いた彼女の言った言葉が何を指しているのかがわからず、ちらりとリーネを見ながら首を傾げる。
一体いつの会話のことを言っているのだろうか。
「リーネさんも前に私が殺されたのは自分が男を追っていたせいだと言って私に謝罪されましたよね。でもその時に私はこう言いました。『私は勘違いで私を殺した人間のことを憎んでも、勘違いの原因となった貴女を恨みはしません。全ては勘違いをしたあの男が悪い』と。そして『罪は実行した人だけにあり、その他の事象はただの付属要因に過ぎない』とも」
ゆっくりと目を閉じて一度言葉を区切ったアナスタシアは、閉じた時と同じようにゆっくりと目を開けた。
恐らくはルリアーナの焦燥を感じて、敢えて全てをゆっくりとした動作にすることで落ち着きを取り戻させようとしてくれている。
確かにルリアーナの胸の焦燥は少しずつ薄くなっていた。
「その気持ちはルリアーナ様に対しても変わりません。原因やきっかけがなんであれ、その後罪を犯したのはあの男の意志で、私たちはあの男の身勝手に巻き込まれただけなのです。それを貴女が罪に思う必要も、責任を感じる必要もない」
目を開けたアナスタシアは毅然とした表情で、しかし柔らかく笑っていた。
それは本当に本心からそう思っているという顔で、ルリアーナに対して思うところなど何もないとはっきり伝える笑みで、ルリアーナの心に彼女の思いを強く訴えかけてくる。
「それに私たちは全員今世でルリアーナ様に救っていただきました。私たちにとってはそちらの方がよほど重要で、とてもとても、大切なんです」
アナスタシアはその笑みをさらに深くして、不意にそこにいたずらっ子のような茶目っ気をプラスすると、
「だからこれからも、今までのように素敵な笑顔で私たちを引っ張っていってくださいね!」
そう言いながら周りにいる5人ごとしっかりとルリアーナを抱きしめた。
「ええ!?あ、アナスタシアちゃんまで!?」
他の5人はともかく、今までどこか一歩引いていたアナスタシアまでが自分に抱きついてきたことに驚いてルリアーナはたたらを踏む。
それは彼女が心を完全に開いて自分たちと同じテンションになってくれたことを意味していて、それについてはとても嬉しかったのは事実だ。
だが、完全に体重を預けられているわけではないからなんとか耐えられたが、6人の女性に抱きつかれているルリアーナの足は限界を迎えようとしていた。
先ほどから絨毯に刺さっているヒールが右に左にと不安定に揺れ始めている。
「あの、皆、気持ちはわかったから、その、ちょっと手を」
だから踏ん張れている内に「手を放してくれない?」と伝えようとした。
なのにその言葉を言い終わる前に、
「なんだかわからないけど、私だけ除け者は嫌だわ!!」
どんっと結構な勢いで優里花も抱きついてきて。
それがとどめとなった。
「ちょ、このお馬鹿!ああ、あああぁぁぁ~」
ついに許容量を超えた圧力にルリアーナの足が負け、全員仲良く床に倒れ込んだ。
床がふかふかの絨毯だったことは幸いだろうが、それでも打ちつけた頭が痛い。
コンコン
「おーい姫さん、そろそろ話しついたか…って、アンタ等何してんだ?」
丁度そのタイミングでルカリオが部屋に様子を見に来たため、ルリアーナは「お願い、私を掘り起こして!」と彼に助けを求め、事なきを得た。
読了ありがとうございました。
 




