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ずびずびと鼻を啜る音が絶え間なく響く。
ついでに延々と繰り返される意味をなさない言葉も絶え間なく響いていた。
「おねえざば…わだしの…ふぐっ、おね、ええぅ…、亡くなったって聞いて、どれだけ…おお、おねえざばああぁぁ、ああ、あぅ」
しゃくり上げ、嘔吐き、涙に溺れながら優里花はルリアーナに必死にしがみついて泣き崩れている。
「まざが、うぐっ…ズドーガー、だなんてぇ…、えぅ…じかも、おねえさま、じゃ、なくて…妹、さんって…、うぅぇ…、み、見る目ない~!!」
あうあうえぐえぐ言いながら「お姉様が誰より一番、素敵なのに~!!」と何度目かわからない芽衣子への賛辞をルリアーナの腹へ向けて送り続けていた。
「はいはい、ありがとねぇ」
ルリアーナも最早諦めの境地で優里花の背をあやすように軽く叩きながら適当な返事を返し続けている。
初めこそウザったそうにしていたが、優里花が繰り返し「本当はずっと会いに行きたかった」「毎日淋しかった」「お姉様に喜んでほしくて一生懸命漫画を描いていた」「ルカリオもいっぱい出した」と話すのを聞いている内に段々と絆されたのか、今は嬉しさと照れくささと「しょうがない子ねぇ」という母性のような友情のようなよくわからない感情が混ざった複雑すぎる思いを苦笑で表している。
優里花は確かに色々おかしい上に面倒な子ではあるが、悪い子ではないし、嫌いなわけでもない。
ただ会う度にぴったりと張り付かれていたことに辟易した記憶が強すぎただけなのだ。
だから正体を悟られたくなかったのだが、こうして明かしてみれば、またこの反応が見られて懐かしいとも思う。
やっぱりどうしても多少はウザったく思うが、そこは甘んじて受け入れるしかない。
「あの、リーネさん」
「ん?どうしましたアデル様」
ルリアーナの正体を知ってからの優里花の様子を軽く引きつつ黙って見つめていたが、いい加減彼女の状態にも慣れたのか、アデルがそっとリーネに耳打ちする。
「優里花さんって、どうしてあんなにルリアーナ様が、というか芽衣子さんがお好きなんですか?なんていうか、異常に崇拝する勢いで」
それは耳打ちではあったが、優里花の泣き声に遮られない程度の音量で発されたので他の4人にも聞こえ、彼女らも気になっていると示すようにアデルの疑問に頷いた。
「ああ、あれはですねぇ」
リーネはその異常さも異様さも理解しているが事情も知っているだけに優里花を悪くは言えないと、5人に優里花がああなった経緯を教える。
「うちらが高1だった時、あの子は学校帰りにナンパされて、それをめいちゃんが助けたんだそうですよ」
リーネは「んーと」とその翌日に優里花本人から聞いたその時のことを思い出す。
「あの子は小学校の時に男子にからかわれたトラウマで男の人が苦手なんです。なのに突然知らない男に声を掛けられて、それがナンパだったことにビックリして逃げたらしいんですけど、その男はキョンをしつこく追ってきたそうで、たまたま近くを歩いていためいちゃんが庇って助けてくれたんだって言ってました」
『その時のめいちゃんが凄く恰好よくて、私、決めたの!!これからはめいちゃんを推して生きていくって!!』
優里花はキラキラと目を輝かせて、その日から芽衣子を『お姉様』と呼ぶようになった。
というような出来事を経て優里花はああなったわけだ。
「だからキョンはめいちゃんのことを特別に思っているし、めいちゃんはその時の怯えたキョンを見てるから放っておけないって」
「ちょっと待ってください」
だがその話を聞いたアデルは顔を真っ青にし、カタカタと震えていた。
「え?アデル様?」
「ちょっと、どうしたの!?」
アデルの変化に気づかずに語っていたリーネは驚き、ルナも前世から知る後輩の常ならざる様子に焦って彼女の肩を支える。
だが触れると彼女の震えの酷さが、そして血の気が引いているせいか冷たくなってしまっていた身体の温度が伝わり、ルナは自分の熱を分け与えるように背後からアデルを抱きしめた。
「落ち着きなさい。どうしたの?」
ルナは意識して少し低い落ち着いた声を出しながらアデルに問う。
何がアデルをそんな風にしてしまったのかと。
「私、何か拙いこと言いました?」
その向かいでリーネもそっとアデルの両手を包み込むように握りながら優しく問い掛ける。
リーネも手の中にあるアデルの手がまるで氷水に浸けていたのかのように冷え切っていることを感じた。
「いえ、違うんです。そうじゃなくて…」
アデルは青褪めた顔を何とか上げてリーネを見る。
その目にある色は焦燥と驚愕、そして恐怖が少し。
自分がそれを言ってしまうことで起きることを恐れるような、そんな色が浮かんでいた。
その頃ようやくルリアーナと優里花も、アデルが大変な状態になっていると気づいて近くに寄ってきた。
それを視界の端に収めながら、アデルは息苦しさから溢れ出そうになる涙を眉間に力を入れることでぐっと堪える。
「そうじゃ、ないんですけど、でも多分外れてない、けど推測で、私が断言するべきではないと思うんですけど、ただ、状況と時期が合い過ぎている……」
アデルは必死に息をするように、何とか酸素を確保しようと足掻く魚のように、はくはくと戦慄いてしまう口を懸命に動かし、自分が気づいてしまった、全ての始まりを告げた。
「間違っているかもしれない。不用意に優里花さんや皆さんを傷つけてしまうかもしれない。でも、多分これが真実です」
アデルはすう、っと大きく息を吸い、
「優里花さんをナンパして、ルリアーナ様が退けた、その男こそ、私たちの人生を狂わせた、ストーカー男の神狩勇気である可能性が高いです」
全員に聞こえるようにそう言った。
『お前、お前だ!!』
『お前があの時、俺の邪魔をしたんだ!!』
『俺は彼女を愛していたのに!』
『彼女だって俺を受け入れてくれたはずなのに!!』
『許さない!』
『俺はお前を、絶対に許さないぞ!』
『絶対に、逃がさないからな!!』
いつか頭の中で聞こえた声。
今再び響いたその声に、ルリアーナは全てを理解した。
「そういうことだったのね…」
「……お姉様?」
傍らの優里花の存在を忘れたように呆然と立ち尽くすルリアーナは静かに呟く。
あの声は自分を追ってきた男の怨嗟の声。
昏く澱んだあの声は、優里花の時も美波の時も、いつでも自分と愛しい人との邪魔をする芽衣子に向けた、憎悪に満ちたストーカー男の声だったのだ。
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