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6

準備万端整えて待ちに待っていた満月の夜。

クレッセンは逸る心臓を押さえるように胸に手を当てながら、聖堂の床いっぱいに描かれた魔法陣の図案を真剣な眼差しで隅々まで確認する。

夕方の務めを終えて即聖堂を閉鎖し、一心不乱に書き上げてからもう10回以上は確認しているが、『もしかしたら』という不安は儀式が成功するまでは拭えない。

ここが間違っていれば自分の計画は全て水泡に帰すのだから、どれだけ確認を重ねようと慎重になり過ぎるということはないだろう。

なにせ召喚を行うのが本来担当者ではない、どころか物語に掠りもしない自分なのだから。

「絶対に失敗はしない…」

クレッセンは口元に三日月を思わせるような歪な笑みを浮かべながら古文書と床の間違い探しに集中した。

そんな彼の様子を天井の隙間から覗いていたルカリオは、その異様なまでの執着に寒気を覚えた。

最早妄執と言ってもいいほどの狂気を見せるクレッセンの姿は、目に見えないものを信じていないルカリオにでさえ『悪魔憑き』という言葉を連想させた。

「悪魔、か」

自分も散々悪魔の手先だの鬼子だの言われてきたが、あれを見れば自分の狂気など可愛いものに思える。

そもそも他人が言うような狂気を自分が本当に持っているのかすらも疑問だったが。

「あーあ。さっさと姫さんとこに帰りてぇな…」

ルカリオは儀式までの退屈な待ち時間をルリアーナの顔を思い浮かべることで潰した。


それから1時間もしないうちに儀式が始まったらしく、大司祭のみが扱うことを許されている大錫杖を持ったクレッセンと盆を持った4人の司祭が召喚陣の周りに散った。

「んあ?早かったな」

ルリアーナの顔を思い浮かべてからまだ2,3分しか経っていなかった気分で視線を隙間に戻したルカリオは、視線を逸らさずに懐から儀式の手順だけを写してきた紙を取り出す。

儀式の内容自体はすでに暗記しているが、失敗したところで気にもならない今までの仕事とは違い、これは必ず成功させなければならないものだという意識がいつもよりルカリオを慎重にしており、無意識のうちに有事への備えをさせたのだ。

『至高の座にまします我らが主よ。今ひと時我らに御力を貸し与え、ここに救い主を招じませ…』

大錫杖を構えたクレッセンが召喚の祝詞を紡ぐ。

それに合わせて術の発動に必要な触媒を盆に乗せて持っていた司祭たちが順にそれらを配置していった。

『主の御血は日の先へ』

その言葉に反応した司祭はことりと赤黒い液体が満たされた盃を東へ置く。

『主の御身体は日の終わりに』

今度は別の司祭が白く丸い膨らみが乗った皿を西へ。

『主を彩る冠は十字の袂へ』

乾燥した植物のような何かが南へ。

『そして賜りものは我らが列に』

最後に古く分厚い大きな石板が北へ置かれる。

同時にルカリオが覗いている隙間からふわりと妙に生温い風が吹いてきて、ぞわりとルカリオの頬を撫でた。

顔に纏わりつくような粘度がある空気で、漏れ出た風を浴びているだけで身体が重くなっていく気がする。

『主よ、我らの祈りを聞き給え。我らの願いを叶え給え』

大錫杖を振り上げたクレッセンが祝詞を唱える度に室内で空気が渦巻いているかのように隙間風の勢いが増し、生暖かかったそれもだんだんと冷たくなっていく。

これが魔力というものなのだろうか。

扱えないルカリオにはわからない。

『今ここに、救い主を与え給え!!』

勢いよく振り下ろされ床に突き立てられた大錫杖がシャン、と勢いに見合わぬ涼やかな音を奏でた瞬間、

「うわっ!?」

「ひぇっ!!」

何人かが情けない悲鳴を上げてしまうくらいの強い光と風が室内を満たした。

今だ!

「いや、まだだ」

ルカリオは普段なら迷いなく従う自分の声に逆らい、光が収まるまでは動くべきではないと考えて、すぐに動けるようにしてはいながらもその場にとどまった。

視界が利かない今の状態では、召喚が成功したかもわかっていない。

確かにあの祝詞を以って召喚の儀は完了すると手元の紙にも書いてはあるが、聖堂から溢れる強すぎる光は何もかもを白に飲み込んでいて、少女どころかクレッセンも4人の司祭も見えはしないのだ。

「せめて、姿を確認しないことには…!」

ルカリオは今にも駆け出しそうな足を諫め、辛抱強く光が収まるのを待った。

その時、ルカリオの耳にシャン、という涼やかな音が再び届く。

すると一向に収まる気配がないと思っていた風がぴたりと止み、輝くばかりだった光が収縮し始める。

やがてそれは横たわった状態の人型になり、三度目の音で光が散り、閉じられた目がまだあどけない黒髪の少女が現れた。

「あいつだ」

その少女は絵が得意だというアナスタシアが書いてくれた絵姿にそっくりだった。

ルカリオはすぐさま天井板を外して床に飛び降りる。

司祭たちはまだ視力が回復していないのか、少女にもルカリオに注目することなく隅で蹲っていたが、この男だけはしっかりと少女を見ていた。

「なっ!?誰だお前は!!」

だがまだ視力が完全には戻っていないらしく、クレッセンは床に置いてあった触媒の盆に蹴躓く。

ガシャン、シャリンと盆と大錫杖が床に当たった音が大きく響いた。

その音に負けにくらいの大声で「教えるわけねぇだろバーカ!!」と叫んだルカリオは少女を抱えるとひらりと身を翻させ、あっという間にクレッセンの目の前から消えた。

「なっ…!!?」

そのショックに足に力が入らなくなったのか、クレッセンは這いずって今の今まで少女が横たわっていた場所に移動する。

「くそが…!!」

ほのかに温もりが残っているように感じられる床に拳をついて、クレッセンは吠えた。

「アンナは……、優里花は、俺のものだー!!」

うおおおおおっ、という獣のような慟哭。

空気を震わせる狂気のその大音声は、天井裏に戻って移動しようとしていたルカリオの耳にもしっかり届いていた。

読了ありがとうございました。

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