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クレッセンの目的を探ってくると言って即ルカリオが旅立った翌日の昼前。
「おーい、あいつのこと探ってきたぞ」
「「ぶっふぅ!!」」
「はっや!!」
音もなくぷらんと天井から逆さまに顔を出したルカリオに、たまたま紅茶を口に含んだ時にそれを正面から見てしまったフージャとガイラスがそれを吹き出す。
そして突然声を掛けられて驚いたルリアーナはドキドキと逸る心臓を宥めながら「お、お疲れ様」と若干引き攣る笑顔でルカリオを労った。
庭の散策に出ていたり仕事だったりで欠けていたメンバーを急いで呼び集めて改めて14人が揃ったところで、ルカリオは懐から取り出した紙を何枚かテーブルに並べていく。
「えーと、これがあいつの部屋にあった本とか巻物とかのタイトル、あれが鍵の掛かった引き出しに大事そうに仕舞ってあった書類の写し、んでそっちは多分アンナとかいう奴の召喚計画書の写し、それから…」
ルカリオはこれ、あれ、それ、と指差しながら自身が持ち帰った資料の内容を説明し始めたのだが、出てくる資料がどれもルリアーナたちが欲していた情報であり、且つそれらがコピーしてきたのかと言いたくなるほどの正確さで書き写されていて。
「ルカリオ優秀過ぎん?」
「暗殺者のスキル舐めてたわー」
「可愛くて恰好よくて仕事もできる?ギャップまでハイスぺとかなんなの?」
「うちにも一人欲しいね」
「一家に一台ルカリオ。大ヒット間違いなしですね!」
フージャ、リーネ、ルナ、ライカ、アデルが次々と称賛の声を上げた。
ルカリオとは今回の集まりが初対面のオスカーも「これは凄いな」と驚きでつい開いてしまう口を手で覆い隠しながら感嘆している。
一方の称賛を受けているルカリオは「うーん、俺今褒められてたかなぁ…?」と些か疑わし気な表情でぽりぽりと頬を掻く。
途中までと最後は確実に褒められていたが、ど真ん中に得体のしれない言葉があった気がするし、その後も若干怪しい。
しかし「なんか途中おかしくなかったか?」とは思ってもそれを突いて藪蛇にはなりたくない。
ならばとさっさとくすぐったいような気恥ずかしいこの話から話題を変えることにした。
「んで、その計画書によると異世界からの召喚は8日後の満月の夜にやるらしいぞ」
ルカリオは写してきた計画書の該当部分を指で叩いて示す。
見ればそこには儀式に必要な手順が書いてあり、召喚用の魔法陣の図柄や触媒の他に『月の魔力が必要となるため、召喚の儀は必ず望月の晩に行うこと』という文言が記されていた。
「へー。こういうのってお約束みたいに『月の魔力』って書かれているけれど、なんでかしらね?」
この召喚のみならず、前世で見た漫画などの召喚の儀式には『月の魔力』という言葉が多く出てくる。
単に漫画の作者か誰かがそれを反映させたというだけの話だろうが、何故皆『月』にこだわるのかということがなんとなく気になった。
必要なのは『太陽の魔力』、夜なら『星の魔力』とでもしておけばチャンスも増えるだろうに、と。
「希少性を優先したのでは?」
「うーん、月の満ち欠けが力の強さを表すのに丁度いい、とかでしょうか?」
「月光は水晶の浄化にも使われるというし、やはり何かしらの力があるのではないか?」
「月は古代から不思議な力の象徴でしたし、月という言葉を出しておけばなんでも神秘的な気がしてきますよね」
「秘密の儀式を深夜に月明かりに照らされた中でやってると画面が映えるからじゃない?」
「満月の夜には狼男が変身したり、左手の封印が疼くからじゃない?」
オスカー、シャーリー、ガイラス、イザベル、リーネ、ルナがそれぞれ持論を述べるが、現実とフィクションで考えるせいか女子側の意見の偏りが酷い。
けれど誰の意見にしろ『ありそう』と思えそうな理由だったので、きっとその全てが理由なのだろう。
ということはもし当日空が曇っていれば召喚は出来ないのだろうか。
次いでそんな疑問が頭に浮かんだが、漫画の流れに沿っている以上失敗という結果はないはずなので、今回に関しては杞憂だとその疑問は頭の外へ追いやった。
「ちなみにこの儀式、邪魔する気ならできるけど、どうする?」
再び脱線した話を戻すようにルカリオがルリアーナに問う。
この世界にアンナが来ないとなるとどうなるのかはわからないが、クレッセンの目的潰しを最優先にするなら邪魔をするのも手の一つだと。
「……いえ、アンナちゃんには絶対にこの世界に来てもらいたいから邪魔はしないわ」
だがルリアーナとしてはむしろアンナと関わりを持ちたいと思っているので、その案には首を振った。
ルカリオも「まあそうだよな」と頷いて紙面に目を戻したが、「でも」というルリアーナの言葉に再び視線を戻して「なんだ?」と首を傾げる。
「召喚されたアンナちゃんが真っ直ぐ魔王の元へ向かわされるのは防がなきゃいけないの。だから」
ルリアーナはニッと悪い笑顔をルカリオに向けると、
「召喚されたアンナちゃんを、攫ってきてほしいの」
なんてことを言い出してきて。
思わぬ言葉に呆気に取られるルカリオに、ルリアーナは「お願いできるかしら?」と笑みを深めた。
その言葉に、つい昨日は道具扱いされないことを喜ばしいと感じていたことを思い出す。
そして今思い出してもそれは確実に嬉しいと思える。
なのに今は、彼女の望みを『自分ならば叶えられる』ということに背筋に悪寒が走るほどの喜びを感じていた。
それは結局、ルリアーナにならどう扱われようとルカリオにとっては喜びにしかならないということで、しかもそんな「貴方ならできるわよね」という信頼を覗かせた顔でお願いなどされたら。
「もちろん。俺に任せとけ」
ルカリオにはそれ以外に返す言葉など持ち合わせてはいなかった。
読了ありがとうございました。




