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結局思いの外大きくなってしまった事態に話し合うことが多過ぎると、翌日にと言っていた再集合を5日後に変更し、ついでに各国の事情を知る関係者にディアへ来るように通達した結果、5日後に離れに集まったのは。
「やあ、お邪魔するよ」
「なんだか皆さんにお会いするのが随分と久しぶりに感じますね」
「お、俺もいて、いいんでしょうか…」
「私など新参者だぞ?」
「それを言われたら私もなのだが…」
「んなこと言ったら俺なんてただの護衛だぞ?」
「私、破門された司祭ですが…」
上から順にヴァルト、ライカ、フージャ、ガイラス、オスカー、ルカリオ、トプルの言である。
つまり今この場には各国の王太子と王太子妃もしくは王太子の婚約者が揃っているという壮観な状態となっていた。
しかし各国の王には「対魔王の話し合いをする」と連絡しているため問題はない。
むしろルリアーナに恩がある王たちは「彼女の命ならば」と二つ返事で彼らを送り出したそうだ。
ルリアーナがこの世界を牛耳る日も近い、かもしれない。
さておき、いつもの7人の他にさらに7人が集まり、離れの応接間はさながら小さなパーティー会場のようになっていた。
「皆様、わざわざお越しいただきありがとうございます」
その14人の中、人数が増えても仕切り役であることは変わらなかったルリアーナが口火を切る。
今回の席は四角い大きなテーブルを囲むようになっており、ルリアーナとヴァルトが隣掛け、曲がってライカ、アデル、イザベル、オスカー、トプルが並んで座り、その向かい側にはアナスタシア、ガイラス、フージャ、リーネ、ルナ、シャーリーが座っている。
ルカリオはルリアーナの後ろの壁に背を預けて立っているため、トプルの隣に席は用意されていたものの座ってはいない。
「先にお話しした通り、今回のクレッセン新大司祭就任の件には『魅了の魔法』のようなものが関わっている可能性があります」
早速本題をと余計な前置きなく話しを始めたルリアーナの言葉に、予め事情を聞いてはいても苦い思い出が甦ってきてしまう数人のメンバーは自然と顰まる顔を俯けた。
トプルにはこの5日の間にルリアーナたちの前世のことを説明し、それに関係する各国で起きた『魅了の魔法』に起因する出来事と魔王についても話してある。
そのせいか項垂れたメンバーを見て、なんとも気の毒そうな顔をした。
「しかもその力は今までの事件の比ではないほどに強そうです。敵愾心を持っている相手を数言で味方につけるほどの力は、少なくともカロンやシャーリーちゃん、ルナちゃんよりは強いでしょう」
言外にリーネは使っていなかったからわからないと含めたが、とはいえ恐らく彼女も他のヒロインと同程度の力しか持ってはいないだろうと思われる。
ヒロインの持つ魅了の力は、過去に一番強力な力を使ったルナでさえ、可視化できるほどに力を強めた状態で悪感情を持っていなかったライカとウォルターを虜にした程度に過ぎない。
今回は可視化したということもなかったようだし、クレッセンが使った大幅なマイナス感情を最大限のプラス感情に変えてしまえる力が魅了の魔法だとすると、その力の強さは彼女たちとは別次元だと思った方がいいだろう。
「そんな人間が大司祭という権力を手にしている今、放置すれば魔王から助かったとしてもこの世界は早晩クレッセン大司祭の手に落ちてしまう。彼の目的がわからない以上、それは阻止するべきだと思います」
ルリアーナの言葉に王太子の立場に就いている4人は強く頷いている。
自分が今後治める予定の国が蹂躙されてなるものかと、特に正義感が強いガイラスはクレッセンの身勝手な所業に憤っているようだ。
「そのためにはまず彼の真意を知る必要があるでしょう。古文書の存在を本当に知らないのか、知っていたとするならば協力を仰がねばならないはずの王家に何故隠す必要があるのか」
ルリアーナはそこでついとトプルを見遣る。
「そもそも私たちにはクレッセン大司祭が何故大司祭になろうと思ったのかもわからない。ニルヴァニア司祭、神官と司祭と大司祭の差って何でしょう?」
そんな問い掛けに名指しされたトプルは「そうですなぁ」と言って斜め上を見上げると、
「まず、単純に任務が違います。神官は神官長の下で広く民衆の助けとなるよう働きますが、司祭は神官長を指揮する立場にあり、各地の教会を広く管理します。そして大司祭はその全ての責を負い、トーラン正教の象徴として皆様のために聖堂にて神に祈り、常にそのお言葉に耳を傾けるのです」
と、わかりやすく三職の役割について説いてくれた。
だがすぐに「しかし貴女様がお知りになりたいのはこんな表面的な事ではないのでしょう?」とルリアーナに問い返す。
王太子妃として教会とも関わりが深いだろうルリアーナがこんな初歩的な事を知らないわけがない。
だからルリアーナも「そうですね」と頷く。
確かに違いは何かと訊ねたが、外部の人間が少し調べればわかるような違いについて聞きたかったわけではない。
「大司祭の役割、というよりは大司祭にしかできない役割。もっと言えば大司祭になる利点ですか。それが何かと問われれば、恐らく教会内での入場規制でしょう」
「入場規制?」
ルリアーナの意を酌んだトプルの言葉に、しかし当のルリアーナの頭に浮かんだのは前世で友人と遊びに行った遊園地の土産物屋での出来事だった。
その日はたまたま大人気アニメとコラボした商品が発売された日で、関係のないルリアーナたちまで入場規制に引っ掛かり、小雨の中3時間も待つ羽目になったという中々に苦い前世の思い出。
君となとはコラボしてくれないくせに、と何度心の中で恨み節をぶつけたかわからない。
「はい。教会内には神官長はもちろん、司祭ですら入れない場所というのがいくつか存在しています。ですが大司祭であればどこであれ制限はない。例の古文書もそういった場所に保管されていると聞きました」
ルリアーナが逸れた思考を戻している間にトプルの言葉に「なるほど」と返したのはヴァルトだった。
「特別な場所に入るために大司祭になった、ということは確かにあるかもしれないね」
彼は考え込むように腕を組むと隣のライカを見る。
「ではそうだとした場合、今度はその特別な場所に何があるのか、ということが問題になるわけですが」
ヴァルトの視線によるパスを受けたライカは軽く頷いて次の問題点を挙げる。
そしてその答えを知っている者はこの場にトプルしかいないため、ヴァルト、ライカと移動した全員の視線は再びトプルに向かった。
「いくつかある中で最も価値があるのは本教会の最奥でしょう。例の古文書の他、門外不出の書物や資料、原初経典など、トーラン正教にとっては至宝とも言うべき品々が収められていると言われています」
何分私は入ったことがないので正確にはわかりませんが、というトプルの言葉に「はい!」と手を挙げたのはリーネだった。
「あの、今ふと思ったんですけど、もしかしてクレッセンって人、最初から古文書が目当てだったんじゃないですか?」
「…どういうこと?」
リーネの言葉は誰もが思ってもみなかったもので、全員が首を傾げる中ルリアーナがその意味を問う。
「なんでかはわからないけど、クレッセンって人は最初から古文書のことを知っていて、それを手に入れることが目当てだったんじゃないかと思ったの。ルリアーナ様からの手紙に知らないと書いていたのは奪われないためだったと思えば説明もつくと思うし」
単純な発想の逆転なんだけど、と独り言ちたリーネはさらに続ける。
「最初から古文書を手に入れようと思って神官になって、それを手に入れられるのは大司祭だけだと知ったからクレッセンは魅了みたいな力を使って無理やり大司祭になった。大司祭になったのが目的ではなく結果なのだとしたら、結構辻褄が合う部分もあるんじゃないかしら?」
まあ、なんで古文書のことを知っていたのかっていう疑問は残るんだけど、と再び独り言ちながらリーネは発言を終えた。
確かにその疑問は残るが、彼女の言う通り、何故古文書の存在を知っていたのかということを除けば彼女の説で大部分の辻褄は合う。
アンナの召喚についても、古文書を見て知った異世界召喚で功績を作るためではなく、彼女を召喚する方法自体を知りたかったために古文書が必要だった、と考えればこちらも辻褄は合うのではないか。
そう思い至った時、ルリアーナは気づいてしまった。
何故クレッセンが古文書の存在を知っていたのか、もしくはアンナを召喚したかったのか、その理由に。
「まさか…」
クレッセンは、いや、クレッセン『も』、知っていたのではないだろうか。
蘇った魔王を倒すためには古文書の記載に則ってアンナを召喚する必要があるということを。
つまりは、この先の未来を。
「クレッセン大司祭も、転生者だというの…?」
自分たちと同じように。
そう考えれば、全ての謎が解けてしまう。
がたり、と少なくはない動揺の音が応接間に響いた。
「それは早計だ、と言いたいところだけど」
ルリアーナの呟きにヴァルトは首を振ろうとして止め、代わりに額を手で押さえて周りを見回した。
そうして見えた皆の顔には、程度の差こそあれルリアーナの言葉を肯定するような表情が浮かんでいる。
「そんなわけはない、と私も言いたいところなのですが」
「ええ…」
「けれど、そう思えば物事のタイミングがバッチリ合います」
「それにニルヴァニア司祭が次の大司祭になることを知っていたような素振りをしていた謎も解けますね」
「あ、もしかして魔王がオーブとか関係なしにアンナに説得されるって知ってたから、むしろ邪魔をされないように王家にも隠した?」
アデル、イザベル、シャーリー、アナスタシア、ルナと順繰りに同意を示す。
特にルナの発言はこの説を推す上ではいい着眼点と言える意見で、ルリアーナも納得したように頷いている。
そしてライカたちも「そうだね」「うむ、大きな矛盾はないな」と言葉や頷きで同意を示した。
フージャなどは「お前すげぇな」と感心したように隣のリーネを見ている。
「…なあ、姫さん」
するとそのタイミングで今まで黙って話を聞いているだけだったルカリオがルリアーナに話し掛けて来た。
「なあに?」
「思ったんだけどさ、ここであれこれ考えるより、俺が教会に忍び込んでそのクレッセンとかって野郎の目的探って来れば早いんじゃね?」
首を傾げるルリアーナに対し、事も無げに発されたルカリオの言葉は、確かに今までの議論推論が全て無駄になるのでは思うほどの、実に有用な案で。
「へ?……あっ!?」
むしろ何故その考えに至らなかったのかとルリアーナは目を見開いた後、悩める熊よろしく頭を抱えた。
「おいおい、頼むぜ」
ルカリオは揶揄うように笑いながらそう言ったが、決してルカリオを道具として扱わないルリアーナへの好感は隠せていなかった。
読了ありがとうございました。




