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トプルを保護してから2週間後。
転生者たちは再びディア王宮の離れへと集まっていた。
「ってことで、今大司祭の座にはカレージ・クレッセンという人物が就いていて、アンナちゃんを召喚するはずのトプル・ニルヴァニア司祭は破門されて教会を追われて、今はうちで保護している状態よ」
ルリアーナは以前送られてきた現大司祭からの返書をひらひらと振りながら教会の現状を伝える。
理由はわからないが、すでに漫画版とは筋書きが変わっていることは早目に共有しておいた方がいい。
「で、問題はそのクレッセンとかいう新大司祭がアンナちゃんの召喚についての情報を一切寄こさないことね」
手元の返書を今度はぴしっと指で弾きながらルリアーナは口を尖らせる。
全く面白くないことだ、と言わずともその美しい顔いっぱいに大きく書かれていた。
クレッセンからの返書はすでに回し読みしてもらって新大司祭がこちらに何と言ってきているのかは全員が理解していたため、その気持ちもわかると何人かは苦笑を浮かべている。
「あの、ルリアーナ様」
その中でアナスタシアが頬に手を当てて自分の考えをまとめながら話すかのようにおずおずとではあるが、何かを言いたげな様子でルリアーナの名を呼んだ。
「ん?どうしたの、アナスタシアちゃん」
ルリアーナが促すように名を呼び返せば、
「その手紙を書いた新しい大司祭なんですが…、本当に何も知らないのでしょうか」
と、ルリアーナの手元にある新大司祭からの返書を指差す。
「その手紙の書き方…、この方の性格がわからないので正確には言えませんが、敢えてルリアーナ様を苛立たせようとしているように見えます。この手紙に怒ったルリアーナ様がもう教会に問合せしたくなくなるように、と。それにニルヴァニア司祭が知っていることを大司祭になった彼が知らないというのも、どうにも腑に落ちなくて…」
アナスタシアは手紙を見る目を眇めながらクレッセンへの不信を語る。
彼女には手紙の文面に書き手の悪意ある思惑が透けて見える気がしたのだ。
「あ、それ、私も思いました。いくら大司祭でも王族に対して荒唐無稽とか、普通言わないんじゃないかなって」
そしてその意見にルナも同意を示す。
肝心のルリアーナにはその思惑がいまいち伝わっていないようだったが、きっとこの手紙を書いた人物は読んだ人を不快にさせたいのだろうと自分も感じた、と。
「……なるほど?」
暴力的な意味で手は早いが、怒りの沸点は低いルリアーナは「まあそう思うわよね」と流していたが、言われてみればそういう意志でもない限り選ばなそうな言葉ではある。
「もしかして、大司祭はアンナさんを召喚する気がないのでは…?」
シャーリーは大司祭が知っていて情報を隠しているならば、その理由は召喚をしないからではないかと考えて顔を青褪めさせる。
もし彼女がこの世界に来て魔王をどうにかしてくれないのなら、一体どれほどの犠牲が出るのだろう。
想像するだけで恐ろしい。
「まさか」「そんなことは」と同じ想像をした数人が顔色を悪くする中、アデルは「かも、しれませんが…」と呟き、
「逆に、アンナを召喚したと外部に知られたくない、という可能性もありませんか?」
と、シャーリーとは反対の意見を出した。
「可能性はあるとは思うけれど…」
見込みがゼロではないのだから可能性はあるだろうと同意しつつ「でも、何故?」とルリアーナが首を傾げれば、「そこまでは、まだ…」とアデルは首を振る。
ああいう言葉を選ぶ心理は何だろうと考えて至った結論であったため、その理由まではまだ推察できていなかった。
「あっ!もしかしてアンナに魔王を倒させて、その手柄を自分のものにする気だ、とかはどう?」
すると今度はリーネがアデルの意見を発展させる。
突然現れて大司祭に収まったが、クレッセンにはまだ何の実績もない。
だから実績欲しさにアンナを駒にしようとしているとは考えられないか。
「それはあり得るわ!!」
「悪役が如何にも使いそうな手ですね!!」
リーネの意見にアデルとルリアーナは目を見開いた。
クレッセンを悪役と位置付けていいのかはまだわからないが、彼の性格が悪いだろうことはわかっているので、その言葉にはあまり違和感がない。
むしろトプルの人柄を知っているルリアーナにしてみれば、彼のような善良な司祭を貶めた人物にはぴったりな役柄だと思えた。
「悪役か。確かにそうね」
「私たちも悪役令嬢ですよ」
ふ、と笑みを零して頷くルリアーナの言葉を同じく笑っているアデルが茶化す。
お陰でようやく少し空気が軽くなったように思う。
「そうね。なのに、ヒロインが先にそれを思いついちゃったわね」
「い、いいでしょ、別に!!」
だから少し軽くなった心で悪ノリをしてリーネをも巻き込んだ。
そういえば前世でも時たまこうして悪ノリに巻き込んだなと懐かしく思い出していれば、リーネも「めいちゃんは変わらないわね」と小さく笑みを乗せる。
どうやら同じことを思い出していたらしいとわかり、ルリアーナはまた一層大きく笑った。
リーネの意見は、正しいかどうかは別として筋は通っており、且つ今までのクレッセン大司祭の行動から感じるイメージにぴったりだったので、ひとまずその方向で考えてみようということで話はまとまった。
「すみません、話がまとまったところでちょっと気になっていることがあるんですけど…」
一頻り笑い合って一息吐いた一同はやれやれといった体で紅茶を飲んでいたが、それまであまり話をしなかったイザベルが口を開いたので、まだ何かあっただろうかと全員で彼女を見る。
「何かしら?」
その全員を代表してルリアーナが続きを促せば、イザベルは「その…」と言い淀みながら隣にいるリーネと、その先にいるシャーリーとルナに目を遣る。
3人はなんとなく目を見交わし合うが、互いにヒロインで平民だということ以外に共通点はない。
逆に言えばヒロインであることがイザベルがこれから言いたいことと関係がある、ということだろうか。
「気に障ったらごめんなさい。でも、どうしても気になってしまって…」
3人から目を外し、それでも酷く言い難そうなイザベルは先に誰にともなく謝罪すると、意を決したようにルリアーナを見上げた。
「ニルヴァニア司祭が仰っていた、クレッセン大司祭の行動と、周りの人たちの変化なんですけど」
「ええ」
今にも涙で歪みそうな、痛みを堪えるかのようなイザベルの表情に、ルリアーナも自然と真剣な顔で背筋を伸ばす。
和んでいた空気が再び緊張を帯び始めた。
「なんて言いうか、似ていませんか?」
「……似ている?」
「はい」
イザベルの言葉を鸚鵡返しに口にすれば、イザベルはこくりと頷く。
そして胸の前で両手を組み、祈るようにその言葉を口にした。
「ヒロインの皆さんが使える、魅了の魔法に」
イザベルが小さくそう呟いた瞬間、誰かのひゅっと息を呑む音が響き、以降は耳が痛くなるような沈黙だけがその場を支配した。
結局その日は魅了を使ったことのあるシャーリーとルナの顔色が真っ青になってしまい、それを見たイザベルが自分のせいだと落ち込んでしまったためそのまま解散とし、翌日改めて話し合いをしようということになった。
全員を部屋に送ってから自室に戻ったルリアーナは、しかしすぐに部屋を飛び出しヴァルトの元を訪れる。
さらにはトプルも呼び寄せ、いつかの日のように3人はサロンに集まった。
「先ほど私たちが気づいた可能性について、ヴァルト様にお知らせしたいのと、ニルヴァニア司祭にはわかる範囲で構いませんので、真偽を見極めていただければと思いお呼びいたしました」
ルリアーナは2人を呼んだ理由を簡潔に説明すると、「可能性というのは新しい大司祭のクレッセンについてです」と言ってすぐに本題に入る。
「先ほど私たちはニルヴァニア司祭のお話しとクレッセン大司祭からの返書の内容を照らし合わせて意見を出し合いました。その結果、もしかしたらクレッセン大司祭は何の実績もないまま無理やり大司祭に収まった穴埋めとして秘密裏に異世界の少女をこちらに喚び寄せ、彼女に魔王を倒させた後はその手柄を自分のものにしようとしているかもしれないという考えに至りました」
「…なるほど、そうすれば彼は大司祭に見合うだけの実績を素早く簡単に手に入れられるというわけだね」
「はい」
ルリアーナはすぐに意味を察したヴァルトに頷くとそこで言葉を切り、視線をトプルに転じる。
「それで、その際に気になったのが彼を大司祭にと推し始めたという周りの方の反応でした」
視線を受けたトプルは頷いただけで何も言わなかったので、ルリアーナは話を続けた。
「聖堂に無許可で入り込み、敵愾心を持たれていたはずの彼が何事か言っただけで相手が意見を翻して彼に傾倒する。そんなことは通常ならば絶対と言っていいほどあり得ないことです」
ルリアーナのその言葉にもトプルは「その通りです」と頷くだけにとどめた。
あの時聖堂で何が起きていたのかよくわかっていなかった彼には、今はルリアーナの言葉を肯定することしかできなかったのかもしれない。
「…でも、よく思い出してみたら、それと似たような現象を私たちは過去に何度か見ていました」
しかしルリアーナがそう言うと、頷くだけだった彼は「なんですと!?」と勢いよく身を乗り出した。
その場にいた自分ですら何が起きたかわかっていなかったのに話を聞いただけで貴女は理解できたのかという驚愕と、似たような経験が複数あるという言葉への驚愕が彼の顔全体を斑に彩っている。
ルリアーナがトプルと同様に肯定の意味を込めて小さく頷きを返しながらちらりと横を見れば、ヴァルトは「まさか…」と僅かに目を見開いていた。
ヴァルトほどの頭脳であればルリアーナが言い出さなくてもいずれその結論に達していただろうから、ここまで言っているのにわからないということはないだろうと思っていたが、やはり彼も同じ結論を出したのだろう。
それに確信を得られたような気になって、しかし口では「あくまで経験に基づく推理でしかありませんが」と前置きし、
「クレッセン大司祭は『魅了の魔法』かそれに準ずる手段を使って教会の皆様を味方につけた可能性が高いです」
と、イザベルが示唆した可能性を2人にも示した。
読了ありがとうございました。




