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予想外に長くなったアナスタシア編の最終話です。

『ガイラス様、紅茶を入れてみましたの』

「………」

『こちらは昨日買い求めた品ですが、ハーティア特有のフレーバーだそうですよ』

「………」

『お腹が空いてらっしゃるのなら、こちらのクッキーにも同じ茶葉を練り込ませて作っていただきましたので、よければどうぞ?』

はい、あーん。

「………」

「カーット!!」

ルカリオがアテレコをしている、アナスタシアの姿をしたルリアーナがガイラスの口元にクッキーを差し出したところで、リーネからカットの声が掛かった。

そして立ち上がったリーネはズンズンとルリアーナに近づき、その勢いのままずいっと詰め寄る。

「めいちゃん!!貴女いきなりやり過ぎよ!!」

リーネはピッとルリアーナの横に座るガイラスを指差し、

「よく御覧なさい!ガイラス様が目を開けたまま気絶してるでしょう!?」

と、ガイラスが辛うじて目を開けてはいるものの、気絶して白目になっていることを教えた。

「……あら?」

ルリアーナはそこで初めてガイラスの状態に気がつき、「やだ、どうして?」と戸惑いと焦りが混ざった声を上げる。

ちなみに彼女がガイラスを気絶させたのはこれが2回目である。

「用意した台詞にないからって口パクで「あーん」なんてやったらどうなるかくらいわからなかったの!?しかもあんなに蕩けた笑顔で!!」

「と、とろけ…?」

「そうよ!アナスタシア様なら絶対に浮かべないような甘い笑顔見せちゃって!致命傷どころかオーバーキルよ!!」

「おーばーきる…」

「めいちゃんは自分の人誑しっぷりをまるでわかっていないのよ!!」

ルリアーナはいつの間にかソファの上で正座させられながらリーネに説教された。

いつもはこの世界に合わせるために「ルリアーナ様」と呼んでいるところを、説教しやすいように前世のあだ名で呼ぶくらいにはリーネは怒っていた。

アナスタシアの存在に慣れさせるはずが逆に緊張を強いる結果になってしまったせいもあるが、ガイラスが不憫でならなかったことも大きい。

「こんな夢だけ見させられて、後で現実を突きつけられて悲しむのはガイラス様なのよ!?」

可哀想に!!と、とうとうリーネは顔を覆って、溢れ出そうになる涙を堪えた。

だが恐らく本当に可哀想なのは彼女に現実では悲しむことになると断言されたことの方ではないだろうかと、ルリアーナの後ろで彼女の説教を聞いていたルカリオは思った。


「難易度を下げます」

未だ正気が戻っていないガイラスの横でフージャ、リーネ、ルリアーナ、アデル、ルカリオによる作戦の練り直しが行われた。

シャーリーとルナはガイラスの様子を見る方がメインとなるが、一応耳は彼らの話を拾っている。

「まず横並びは禁止です。次はあのテーブルの縦方向の対面で会話させましょう」

そう言ってフージャが指差したのは、彼らが全員座れるくらいの大きなテーブルだった。

あの広さがあれば5人は並んで座れるのでは、という横幅のテーブルだが、彼はそれを縦方向で使うようだ。

つまり人が横に5人掛けられるような距離で会話するということになるわけで、

「……声、聞こえるかしら?」

ルリアーナはついそんな心配をしてしまった。

「私たちは静か~に離れたところから見てるから大丈夫よ」

「そうそう、ルカリオが声を張ればいいだけですし」

「おいふざけんな」

だがそんな心配は無用だとリーネとフージャは笑顔で答える。

一部不満の声が上がったが、ガイラスのためにと黙殺された。

「あと、会話はガイラス様主体にしましょう」

この人何やらかすかわからないから、と言いたげな顔でリーネはさらに条件を足した。

しかしそうなると会話をするのはガイラスとルカリオになるのでは?

そんなアデルの疑問は「ルリアーナ様が小声でルカリオに指示出せば大丈夫ですよ」と言うフージャの言葉で解決される。

「……めんどくせぇ」

なんで俺がそんなことを、というルカリオの不満の声はまたしても黙殺された。


その後、フージャの涙ぐましい努力と仲裁のお陰でガイラスはテーブル越しであれば何とかアナスタシアと話ができるようになった。

好きな花はなにか、最近面白いと思ったことはなにか、領地ではなにをしていたのか。

もちろん質問はアナスタシアを想定してのものだからルリアーナには中々答え難いものもあったが、それでもそれっぽい言葉を返すうちに、最初は強張っていたガイラスの表情も次第に柔らかなものに変わっていく。

それは『アナスタシアと会話できている』という視覚情報が彼の自信と精神安定に繋がったからだろうとフージャは作戦の成功を喜んだ。

これで次にアナスタシアと会った時は、今までよりまともに話せるはずだ。

途中何度も王子を気絶させるルリアーナには手を焼いたが、なんとかここまで来ることができた。

俺たちは、とうとうこの偉業を成し遂げたんだ!

全員がそんな達成感と喜びに浸り、肩を叩き合い、それぞれの健闘を讃え合う。

特にフージャとリーネは以前のガイラスからは想像もできないような成長っぷりに目を潤ませている。

だからバスタの案内でそんな光景が繰り広げられていた応接室に通されたガイラスの侍従は、目と口を開けて驚いた後「流石にもう帰らなくては」という言葉を酷く言い辛そうにガイラスに告げる破目になってしまった。

彼にとって幸いなことに、時間を確認したガイラスも「そうだな、今日はもうこれ以上の時間は割けないだろう」と頷き、ルリアーナとルカリオに感謝しながら侍従と共に部屋を後にした。

そして見送りにきたフージャに「今日は本当に世話になった」と確かな手応えを得た笑顔で礼を告げたのだが。

「お前、アナスタシア様に変装していたとはいえ、ルリアーナ様に『あーん』されたなんて、絶対に誰にも言うなよ?特にヴァルト様には絶対に、ぜーったいにバレるなよ!!」

いつの間にか酷く顔を強張らせていたフージャから返されたのはそんな言葉で。

ガイラスは首を傾げながらもフージャの圧に「あ、ああ」と答えるのが精いっぱいだった。

それくらい、その時のフージャの顔には焦りと冷や汗が浮かんでいたのだ。


数ヶ月後、公務でディアを訪れた際ルリアーナを伴ったヴァルトに会ったガイラスはこの時のフージャの助言の意味を知った。

だがすでにそのことはルリアーナ自身によってヴァルトにバラされていたため、助言の意味はなくなっていた。

読了ありがとうございました。

恐らくルリアーナに一番気絶させられているのはガイラスですが、彼が気絶しやすいんじゃなくて、段々酷くなるルリアーナの暴走の被害を一番受けているってだけです。

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