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18

翌日の朝。

晴れ渡った空から差し込む陽光が眩しい室内で、目の下にうっすらと隈を作った美女が拳を振り上げた。

「こうなりゃ荒療治よ!!」

ホッーホッホッホッ、ってあら、私随分久しぶりに悪役令嬢っぽく笑っているわね、流石だわ!

徹夜テンションでよくわからない自画自賛を送ったルリアーナは、天井に潜みながら「やべぇ、姫さんがおかしくなった…」と冷や汗をかいていた護衛の名前を呼んだ。


朝食後、そろそろルリアーナたちの溜まり場と言っても過言ではなくなりつつあるいつもの応接間で、この後誰も予想していなかったある惨劇が繰り広げられようとしていた。

「あ、フージャ君、悪いんだけど今日の午後一でガイラス様を呼んでくれるかしら?」

それは気軽な様子のルリアーナの、当日いきなり王子を子爵家に呼びつけろと言う無茶ぶりから始まった。

「はっ!?いえ、流石にそれはちょっと、難しいと思うんですけど…」

フージャは口に含んでいた紅茶を吹き出しそうになりながらもなんとか耐え、綺麗な顔でニコニコ笑いながらそう宣った、彼の中ではすでに女帝と位置付けられている隣国の王太子妃を見る。

確かに最近は毎夜彼の方から訪ねて来てはいるが、あれだって相当無理をして時間を作っているだろうに、木っ端貴族である自分が不敬にも最も忙しい時間帯に暇を作って家へ来いなどとは口が裂けても言えない、言えるわけがない。

フージャは自身の思いと共に『そんなこと筆頭貴族として育てられた貴女ならわかないはずがないでしょう』という言葉を口には出さず、笑顔に乗せて伝えてみた。

しかし、それに対し返されたのは、

「私の名前で呼び出して構わないから」

と言う無情な言葉と、女神もかくやと言う美し過ぎる笑顔だった。

その笑顔の圧力に屈したフージャが目に涙を浮かべながら退出するのを見送ると、今度はアデルとリーネに向かって問い掛ける。

「アデルちゃん、リーネちゃん、この中で一番アナスタシアちゃんに背格好が近いのは誰かしら?」

ルリアーナがガイラスを呼ぶ理由はわからないものの、アナスタシア関係であることは間違いないと思っていた2人はその質問に考える素振りも見せず、

「何をなさるおつもりかは存じませんが、背格好やスタイルという意味でならどう考えてもルリアーナ様ですね」

「逆に他にいると思った?」

と、揃ってルリアーナを指し示した。

「……えー?」

だがルリアーナはその意見に不満そうに頬を膨らませる。

「それじゃあ私が楽しめないじゃない!」

焦ったようにきょろきょろと左右を見回し、「……リーネちゃんでもいけるんじゃないかしら?」と呟いたところで、

「だから言ったじゃん。もう諦めなよ」

よいしょと言って窓枠を超えて室内に入り込んだルカリオが、どこから聞いていたのか呆れた表情でルリアーナを見遣った。

その言葉はすでに一度この問答を2人で行ったということを示している。

そしてルカリオが出した結論もまたルリアーナであったということも。

「……早かったわね」

「まあね」

そんな彼に視線を向けたルリアーナは悔しそうで、逆にルカリオは得意げに胸を張っている。

どうやらルカリオはルリアーナに勝利を収めたらしい。

「えっと、ルカリオは今までどこに…?」

朝食の時にはいた彼が今窓の外から現れたということは、この短時間の間にどこかへ行っていたのだろうと当たりをつけたアデルがそろりと2人の会話に割り込んでいく。

話を逸らそうという意図があったわけではないが結果的にそうなってしまったので、もしかしたらルリアーナとの会話を邪魔されたとルカリオが不機嫌になるかもしれないと思ったりもしたが、彼はルリアーナに勝ったのがよほど嬉しいのか、上機嫌のままでアデルの言葉に答えた。

「今朝急に姫さんに変装の手伝いをしろって言われてさ、アジトに道具を取りに行ってきたんだよ」

「アジト…?」

「そう、『影』の。頭がいたからついでに組織を抜けることも言ってきたから、これで俺は正真正銘姫さん専属だぜ」

「……は?」

えっへんと再び胸を張ったルカリオは「あー、すっきりした!」と、それも上機嫌の理由であるといった様子で笑ったが、ルリアーナ以外の面々は彼の言葉に固まった。

『今まで実はまだ犯罪組織に身を置いていたのか』という驚きが大半ではあったが、アデルだけは『え?この短時間の間にアジトがあるハーティアまで行って、さらに話をつけてきたってこと??』と、改めて目の当たりにしたルカリオの身体能力に戦慄した。

行くだけでも馬車で5時間はかかる道のりを、どうやったら30分足らずで往復して来られるのか。

考えても詮のないことではあるし、このことでルカリオへの信頼が壊れることもないが、それでもアデルはついルカリオを凝視してしまった。

些か不躾なその視線を感じたからか、ルカリオが不意にアデルを見る。

「……っ」

それに瞬間的に身体を強張らせたものの、その瞳にあるのが驚愕のみで、正面から見る自分に忌避や嫌悪を一切浮かべていないアデルにルカリオは「へぇ」と感心したように呟くと、

「……アンタも王太子の婚約者に選ばれるだけあるってことかな」

と言ってうっそりと笑った。

目だけがギラギラと光るようなその顔の真意はわからないが、なんだか辞めたはずの暗殺者としての顔が見え隠れしているようにも見えてしまって。

「それは、どういう…?」

アデルは彼の言葉と表情の意味を捕らえあぐねて身構えたが、

「アンタも姫さんに近いなって話。まあ、全然及んではいないけど、他の連中よりはマシだと思える」

ルカリオは一転、その顔に無邪気な笑みを乗せてアデルに近寄った。

彼が言う『他の連中』がここにいる自分とルリアーナ以外の人のことかなのか、それともその辺りを歩いているその他大勢のことなのかはわからないが、どうやら自分は彼のお眼鏡に多少は適ったと言われているらしいと感じたアデルはホッと肩から力を抜く。

彼と険悪な関係になることはもちろん望んでいないが、少しでも友好的に思ってくれたなら嬉しい、と。

「だからもし今後、姫さんに関係のない所でアンタが困ってたら手を貸してやってもいいぜ」

けれどすれ違いざま低く囁かれた嗤いを含むルカリオの言葉には流石に固まってしまった。

ルカリオはそのままその横を通り過ぎてルリアーナの元へ向かったが、残されたアデルは今の出来事をどう脳内処理すればいいのか考えるためにゆっくり目を閉じて深呼吸する。

だが『きっとこれもルリアーナ様好きの同志として彼と仲良くなるために必要なことよ』という見当外れながらも最も平和な結論を出し、今は思考を放棄することにして「よし」と彼の後を追った。

何事にも一々深く考え込んでしまっていては、とてもじゃないが今後ルリアーナの傍ではやっていけない。


「ほら姫さん、こっち来て座って」

手に持っていた道具をテーブルに置いたルカリオは近くの椅子の向きを変え、そこにルリアーナを座らせると荷物の中から大きなスカーフを取り出してルリアーナのデコルテを覆うように首に巻いた。

「そこまで大掛かりじゃなくていいと思うけど、服汚したらめんどいしな」

そう言いながらスカーフの下に挟まった猫っ毛と言うほどではないがふわりと柔らかく豊かに広がる深緋の髪を抜き取ると手早くまとめ、緩く束ねて邪魔にならないようにと背後へ流す。

そして前髪も同様に緩くピンで留めるが、手を離した途端に数本がはらりと顔に落ちた。

手入れの行き届いたサラサラ過ぎるルリアーナの髪は、緩くまとめるとどうしても短い毛が落ちてきてしまうようだ。

とはいえ数本程度であればそこまで邪魔でもないだろうとルカリオは肩を竦めてそれを放置する。

こうして普段髪に隠されていた部分も全て露わになったルリアーナの正面に仁王立ちすると、ルカリオは顎に手を当てて顔を顰めながらじっとその顔を見つめた。

「……なにかしら?」

「うーん…」と唸るその顔が妙に険しくて、やはり自分では駄目だったのではとルリアーナは表面上は残念そうに、内心では嬉々として席を立とうとした。

しかしルカリオに「いや」と止められ、

「やっぱ姫さんは美人だなって思って見てたんだけど」

と思いがけず自身の美貌を称賛されたので、礼を言えばいいのか戸惑えばいいのか迷って、とりあえず椅子に座り直す。

そんなルリアーナをルカリオは「そう、美人なんだよ」「美人なんだけど」「けどなぁ」とぶつぶつ呟きながら、今度は右に左にと移動しながら眺める。

先ほどよりも深刻その音に、やはり自分には向いていないのではとルリアーナは期待した。

アナスタシアと背格好が似ていたとしても、今回の目的に自分は合っていないのだろう。

そう思っていたのに。

「姫さんの場合、美人過ぎて逆にいじるのが難しいっていう…」

「はあ~あ…」っと大きくため息を吐いたルカリオは項垂れ、ガシガシと困ったように頭を掻いた。

一方のルリアーナは開いた口が塞がらない。

何だ美人過ぎてって。

王妃様フィルターかかり過ぎじゃない?

それにそんなことを言われてもこの顔は変えることはできないのだから、文句はこの顔にしたイラストレーターさんに言ってほしいわ。

などなど言いたいことはいっぱいあったが、そのどれもが音にはならなかった。

「あの、お2人は何をしているんですか?」

するとそれまで黙って2人のやり取りを見ていたシャーリーが遠慮がちに声を掛けてきた。

2人が何をしようとしているのか、ヒントはあるのに全容がはっきりせずいい加減気になって仕方がない。

「ああ、そういえば言ってなかったわね」

ルリアーナはまだ皆に伝えていなかったと胸の前で両手の先をポンと打ち合わせる。

これは今朝ルリアーナが思いついてすぐさまルカリオに協力を仰いだ、暗殺時に必要な技術として彼が身につけていることを知っていたからこそ実現できた対ガイラス用の荒療治。

「今からルカリオと協力して、ここにアナスタシアちゃんを作り上げるのよ!」

「………?」

どや顔で「凄いでしょ」と胸を張るルリアーナは大変可愛らしかったが、シャーリーたちにはさっぱり意味がわからなかった。

読了ありがとうございました。

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