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応接間に戻った3人を様々な表情を浮かべた5人が迎え入れる。
シャーリーとルナは不安そうな顔で、リーネとフージャは祈るような顔で。
そしてアデルは成功を確信した顔でアナスタシアに声を掛ける。
「お心は定まりましたか?」
口ではそう言いながらも目では「決まっているのでしょう?私はそれを全力で応援しますよ!」と言っているアデルを見て、それに頷くように微笑んで見せたアナスタシアは、
「はい。私はガイラス様に手を伸ばしてみようと思います」
そう言って笑みを大きくした。
その顔にはまだ若干の躊躇いと遠慮が見えてはいるが、それでも今までが嘘のように明るく前向きな表情だった。
「本当ですか!?」
「やったぁ!」
「これでリーネさんは心置きなくフージャさんを選べるのね!」
「ちょっ!?私は別に…」
「隠さなくても」
「この際だから2人同時にくっつけばいいのよ!」
「めい、ルリアーナ様まで!?」
そんなアナスタシアを女性陣が囲み、いつの間にかリーネを巻き込んでの恋バナになってく。
きゃっきゃきゃっきゃと実に楽しそうではあるが、それを、正確にはルリアーナを眺めるフージャの顔は強張っていた。
この人、とうとうガイラスにも馬鹿でかい借りを作ったな…。
近隣三国の王族全部に貸しを作った王太子妃なんて前代未聞だろ、と。
「……絶対敵に回せねぇな」
怖い怖い、とため息と共にそう呟いた彼の背後からは、
「もしお前が姫さんの敵になったら、俺が一思いに殺ってやるよ」
という恐ろしい声が聞こえてきたりもした。
同日夜、再びバロス家にガイラスが訪れた。
「お前、そんなに暇ないだろうが」
「ないが、アナスタシアのためならいくらでも時間を作ってみせるさ」
彼を見て呆れるフージャに対し、ガイラスは「フッ」と笑いながら場違いなほどキリリとした顔で言ってのける。
フージャたちがバロス家に戻ってきたのは夕食前で、今は夕食を終えたばかり。
そのためまだガイラスには今日の出来事を何も報告しておらず、彼はアナスタシアの決心をまだ知らないでいるのだが、こんなに強い思いを抱いている奴に彼女のことを教えて大丈夫だろうかと一抹の不安も感じる。
ここに来たのと同じ行動力を彼女に発揮してしまわないといいのだが。
「あら、ガイラス様、いらしてたんですね」
フージャがそう考えていると、前回と同じようにルリアーナがその場に現れた。
恐らくアナスタシアの件を伝えるためだとは思うが、大人しく待っていてほしいという思いと天の助けを得たという思いが半々のため素直に喜べない。
「これはルリアーナ殿。ご機嫌麗しゅう」
一方のガイラスは精悍な顔に笑みを浮かべてルリアーナを迎える。
アナスタシアの説得に向かってくれたことを知っているからだろうが、そんな彼が今から数分後には彼女に頭が上がらなくなるのだと思うと、今から物凄く気が重たくなった。
ああ、また彼女を止められる人間が1人減ってしまうのか、と。
再び応接間に通されたガイラスはアナスタシアを説得できたことを伝えられると「本当ですか!?」と立ち上がり、そのままバルコニーに出た。
「うおおおぉぉぉ!!アナスタシアアアアァァ!!」
そして人目も憚らず男泣きしたため、下に控えていた彼の従者に「あれは何事か」と問われたバスタは「アナスタシア様に思いが届いたようですよ」とあっさりバラした。
その結果、バロス家の玄関口で従者数人による小さな祝宴が開かれた。
なお、ガイラスは「うるっせぇな!今何時だと思ってやがる!!」とさすがにキレたフージャに室内に連れ戻された。
フージャは友人だからだろうがガイラスに対しては遠慮が少なく、キレた時は扱いが割と雑である。
しかも連れ戻されたガイラスは興奮冷めやらぬ様子で泣きながらルリアーナに「ありがとうございます!」と頭を下げた。
「この恩は終生忘れません!」と跪くが、「あ、でも決定打はルカリオの言葉よ?」とルリアーナが言ったために、ルカリオにも「ありがとう少年~!!」と涙を溢れさせ、衝動で抱きつきながら礼を言った。
それに対して「別に俺が言いたいこと言っただけだから。てか離せ汚ねぇ!」と心底嫌そうに言うルカリオも王族相手なのにガイラスには遠慮がない。
アデルにだけはそれが『ルリアーナを主と定めたから』だとわかり、彼の様子にそっと笑みを零す。
ルリアーナを仰ぐ者同士、彼とは仲良くやっていきたいものだ。
翌日はアナスタシアが王都にいたおかげで余った時間を使ってリーネの案内でスペーディアを観光した。
建物を担当したゲームデザイナーが地中海にある街を参考にしたのか、色とりどりの壁や屋根が鮮やかで見ているだけでも楽しくなる。
「スペーディアは商業都市ですから、街並み以上に店先に並ぶ商品も面白いですよ!」
小綺麗な町娘風から完全にただの町娘に戻ったリーネは茶色のポニーテールを靡かせながらステップを踏むように雑踏を進む。
そんな彼女の揺れる髪を見ながら、時間が朝と言うには遅く昼と言うには早い中途半端な時間だったからか比較的すいすいと進めはするが、それでも生粋の令嬢として育てられてきたルリアーナやアデルには歩きにくいだろうとフージャは気をつけなければと思っていた。
そう、思って『いた』。
「なにこれ、すっごく綺麗ねぇ!」
「ガラス、水晶?こっちは螺鈿でしょうか」
「あ、桜貝のイヤリングですって!可愛いわ!!」
「そういえばこっちで桜って見たことありませんが、あるのでしょうか」
店先や開かれたドア近くに飾られた商品を見ながら難なく雑踏に溶け込む2人の令嬢の姿を見るまでは。
むしろなんちゃって貴族の自分よりも余程歩き方が上手い。
「何故…?」
呆然と呟いたフージャに、ルナは同情の視線を向けながら、
「…私たちが前世で生きていた世界の人口密度はこの比じゃないのよ」
だから元気出して、と彼の肩を優しく叩いた。
その日の夜、三度の訪問となったガイラスは3日後にアナスタシアと会うことになったと嬉しそうに報告をしてきた。
しかも返事には初めて「楽しみにしております」という一言が添えてあったようで、それだけで今にも踊り出しそうな程に舞い上がっている。
「よかったですね」とリーネとフージャは手を叩いてそのことを祝ったが、
「……アナスタシア様は、あれだけのことでもあんなに喜ぶ人がどうして自分を愛していないと思っていたんでしょうね…?」
というシャーリーの呟きに音を立てて固まった。
同時にガイラスはそれまでの浮かれようが嘘のように床に沈み込んだ。
「……あら?」
「皆さん、どうなさったんですか?」
「あ、あわわ、私、何か失礼なことを…?」
そんな3人にルリアーナとアデルは不思議そうな目を向けるが、シャーリーはやらかしてしまったのかと泡を喰う。
しかしフージャは「いや…」と呟くと、
「………実はガイラスが、アナスタシア様のことを好き過ぎて、本人を前にすると、全っ然!喋れなくなるんだ…」
そう言ってがくりと項垂れた。
「……ほぇ?」
ルリアーナは思いもかけない情報に「そうなの?」とアデルを見るが、「いえ、特にゲームでそんな設定は…」と首を捻る。
だが、これまでも設定になかったことはあったし、設定はどうあれこの世界ではそうなのだから設定はあくまで設定と割り切るべきなのだろう。
つまりは結局、事の発端は上手く自分の気持ちを伝えられていなかったガイラスにもあったということだ。
「だって、一目惚れだったんだ!あんなに綺麗な生き物なんて滅多にいないし、眩し過ぎて見ることすらできない!それにアナスタシアは声まで綺麗で、名前を呼ばれただけでもう死ねるだろう…」
ガイラスは湯気が出そうな程に赤く染まった顔を両手で覆った。
つまりは惚れすぎていて目を合わせるどころか顔を見ることもできない上に声すらまともに聞けないと。
20歳にもなって思春期ど真ん中過ぎんか?
「ま、まあそういうわけで、アナスタシア様はいつも無表情且つ無言でいるガイラス様が自分を好きだなんて思いもしていなかったというか、信じられなかったというか」
リーネは全員の心情を汲み取った上で『それは表に出さないで』との願いを込めて話をまとめた。
果たしてこんな状態で彼は3日後、無事にアナスタシアと交流することができるのだろうか。
滞在予定が明後日の朝までであるルリアーナは、何とかして明日一日でこの状況を改善させるべく、夜も眠らずに頭を捻り続けた。
読了ありがとうございました。
 




