15
「ああもう本当にごめんなさい!!」
アナスタシアが去った後、リーネは酷く落ち込んでいた。
1年前、いや、もうそろそろ2年が経とうという卒業式のあの日の自分の思いつきのせいでこんなことになるなんて、と自分の行いを悔いているのだ。
けれど方法はともかく、それが悪意ではなく完全なる厚意からの行動であることは明白で、だからこそそのことを誰も責められない。
ルリアーナとアデルも「ガイラス様に協力しただけだもの、リーネちゃんが気にする必要はないわ」「リーネさんは悪くないですよ」と言って慰めようとするが、話がややこしくなった一因であることは間違いないため、それ以上の言葉は浮かばない。
とは思うものの、お陰で収穫もあったとルリアーナは考えている。
「ねぇ皆、ちょっと参考までに聞きたいのだけれど」
ルリアーナはリーネの背をぽんと叩き、彼女にも自分の話を聞いてもらおうと注意を向けた。
「さっきのアナスタシアちゃんの話を聞いて、皆はどう思った?」
そう言ってルリアーナはまずシャーリーに意見を聞こうとそちらを見る。
「ええと、そうですね…、以前リーネさんから伺った通り、自己評価が低い方なんだな、とは思いました」
「そうね」
ルリアーナは次ぎに隣に立つアデルに意見を聞く。
「アデルちゃんは?」
「私も同じことを思いました。多分ガイラス殿下に興味を持っていただけなかったことが原因でしょうが、それにしても些か低すぎるな、と」
ルリアーナはその意見に「なるほど」と頷く。
そして次に訪ねた相手はルカリオだった。
「ルカリオは?男性から見て、アナスタシアちゃんはどう映った?」
「俺かよ」
指名されたルカリオは「そんなんわかるか」とでも言いたげな顔でポリポリと頭を掻きながらも、
「まあ、どこに価値の重点を置くかは人それぞれってことだろ。例え誰に美人だ立派だと褒められたところで、自分が褒められたい相手に認められなきゃ意味がないってことのいい例だなと思ったよ」
と、中々に鋭い意見を出してきた。
それにルリアーナは少しだけ頬を緩めると、
「ルナちゃんは?」
最後にとルナを見た。
フージャとリーネには以前から知っている分自分が感じたことに気がつけないだろうと思って敢えて聞こうと思っていない。
「…そうですね」
ルナは考え込むように口元に手を当てると、
「私は、本当はアナスタシア様はガイラス様を好きになりたいんじゃないかと感じました」
と言って、「勘違いかもしれませんが」と不安そうな顔でルリアーナを見た。
「続けて」
しかしそれこそまさにルリアーナが感じていたことだったので、ルナに話の続きを促した。
「えと、アナスタシア様は『ガイラス様に興味を持ってもらえないような私が誰かに興味を持ったら迷惑だ』とか『自分といる時は笑わないのに、リーネさんといる時は笑っている』とか、そんなことを言ってましたよね?それって、『自分に興味を持ってほしい』『自分といる時にも笑ってほしい』っていうことじゃないかと」
思うんですけど、と小さくなる語尾は表情通り自信のなさを表していたが、彼女を見る皆の目は異なった。
程度こそ違うが全員が驚きに目を丸くしている。
しかもそれは否定の驚きではなく、肯定の驚きだ。
「よかった!私もそう思ってたの!」
そしてルリアーナは顔に喜色を浮かべてルナの意見と自分の考えが同じであると告げ、一同を見回す。
「彼女の記憶がいつ戻ったのかはわからないけれど、恐らく前世の記憶にガイラス様の行動とリンクするような出来事があって、そのせいで自己評価が低くなっているのだと思うわ。ルカリオが言っていた通り、きっと彼女はガイラス様に認めてもらいたくて、でも彼女の目には認められているようには映っていなかったからこうなったんだと思うの」
ルリアーナは扉を見る。
ここから出て行ったアナスタシアはもう一押し、では足りないだろうが、少し強めに背中を押せば、きっといい方向に転がってくれると信じて。
「だから今からちょっくら説得に行ってこようと思います!」
振り向いてにっこりと笑うと、「皆はここで待っていてね」と言い置いて一人で扉から出て行った。
「待てよ、姫さん」
「あれ?ついてきたの?」
「俺は姫さんの護衛だからな」
廊下に出てメイドにアナスタシアの行き先を尋ねていたルリアーナの背にルカリオの声が届く。
彼がついてきたことが意外だったが、理由を聞けばなるほどと思う。
彼は彼なりに自分の役目を全うしようとしてくれていたのだ。
「そっか。ありがとうね」
なんとなくそれが嬉しくて、ルリアーナがお礼を言えば、
「別に。俺が望んだことだし」
ルカリオは幾分照れくさそうに目を逸らしながらつれない言葉を返した。
けれどルカリオのことなら全てお見通しのルリアーナにはそれが照れ隠しであることはバレていたので、ルリアーナは「ふふふ」と笑って、ルカリオの手を握ってそのままメイドに案内されて廊下を歩きだした。
「お嬢様のお部屋はこちらです」
「ありがとう」
メイドに案内されて辿り着いたアナスタシアの部屋。
場所は恐らく先ほどいた応接間の斜め上あたりだと思われる。
コンコンコン
「アナスタシアちゃん、ちょっといいかしら」
ルリアーナは扉の外からアナスタシアに話し掛ける。
立場的には無理やり開けても文句は言われないが、確実にアナスタシアからの信用が失われるので我慢した。
本当はすぐにでも彼女に会いたいが、思いやりと順番は大事だ、と。
「ル、ルリアーナ様!?」
一方のアナスタシアは部屋に聞こえてきた声の主の正体に思い至り、すぐに部屋に向かい入れる。
本人がどういうつもりであれ、他国の王太子妃を外で突っ立たせたままでいていい状況などない。
まして自分は先ほど感情が抑えられないという令嬢としては未熟過ぎる理由で許可をもらう前に部屋を飛び出している。
この世界の常識に当てはめれば叱責されて当然の行動だ。
「あ、あの、中へどうぞ…。先ほどは、失礼しました…」
そのため、彼女が叱責のために来たとは思っていなかったが、念のため先に謝罪をする。
「こっちこそごめんなさいね。いきなり踏み込んだことを聞いてしまって」
案の定ルリアーナが来たのはそれが理由ではなかった。
どころか自分のことを気遣ってくれる。
礼を失したのは自分なのだから、彼女が気にする必要などまるでないのに。
「でも、今もまた私は貴女の心に土足で踏み込もうとしているの。それでも中に入れてくれる?」
さらに自分がここに来た目的についても正直に話してくれた。
その上で断りなど必要ないのに、そう言ってアナスタシアの意志まで確認してくれる。
そんな誠意を見せられては否やを返すことなどできるわけがない。
「……また途中で逃げ出しても、ご容赦いただけるなら」
それでも我が儘を言ってもいいのであればと軽く冗談めかしてそう言えば、
「その時は胸を貸してあげるから、ここで泣きなさいな」
ルリアーナからはそんな言葉を返されて、アナスタシアは今すぐ彼女の胸で泣きたくなった。
読了ありがとうございました。




