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アナスタシア編、10話にしてようやく本人登場となりました。
全ては突然やって来たガイラスのせいです。
あの後「すぐに帰ると言った王子が戻ってこない」と侍従が心配しているとバスタから伝えられたフージャは「今日はもう解散しよう」と言ってガイラスを城へ帰した。
そして翌日の朝食前にアナスタシアから返信があり、『急ではあるけれど今日の午後なら時間があります』とあったので、すぐさま『では14時に7人で伺います。なお、ディアの王太子妃とクローヴィアの王太子の婚約者である侯爵令嬢も一緒です』と返事を出した。
その返事を見たアナスタシアは「多いわね!?偉いわね!?え、本当に…?ちょ、先に言っておいて!!?」と驚いて叫んでいたが、そんなことを知らない一行はようやく最後の一人に会えると、意気揚々と時間ぴったりにモードレイア侯爵家の門を叩いた。
「よ、ようこそおいでくださいました。こちらへどうぞ…?」
自らフージャたちを、と言うよりは国賓レベルのルリアーナとアデルを出迎えたアナスタシアは「面識もない自分に一体何の用が?」と訝しんでいたが、ひとまず同級生であるフージャの紹介ということで応接間へと通した。
しかも彼ら以外のメンバーはリーネを含む平民の女性3人とやたら可愛い顔をした男の子が1人というアンバランスさ。
一体どういう面子なんだと平静な顔の下で首を捻るが、答えが出ることはなかった。
一方のアデルとルリアーナはアナスタシアの反応に少しだけ驚いていた。
歯抜けではあるが無印から4までのヒロインと悪役令嬢が揃っているのに、アナスタシアに驚いた様子が全くなかったからだ。
「……てっきり私たちの誰かの顔なら知ってるんじゃないかって思ってたんだけれど…」
「知らなそうでしたね…」
2人は扇の陰でぽしょぽしょと囁き交わし、こちらもこちらで首を捻っていた。
「それで、本日のご用向きはどのようなものでしょうか」
応接間に着き、場が整ったところで早速とアナスタシアが口を開く。
不躾かとも思ったが、今回は彼らの面会の要望に応えたという立場にあるため、無作法ではないと判断したのだ。
「面識もないのに突然ごめんなさいね。私はルリアーナ・バールディ・ロウ・ディアと言うの」
「私はアデル・ウィレルと申します。本日はどうしてもアナスタシア様にお伺いしたいことがあって参りました」
アナスタシアの問いかけにルリアーナとアデルが答える。
彼女に記憶がない可能性が出てきたため、一応初めは貴族同士で話をした方がいいと先ほど案内途中の廊下でこっそり決めていた。
リーネだけは心の中で「そんな心配いらないのに」と思っていたが、平民である自分の感覚を信じすぎるのも良くないと考えて口を噤んでいた。
「私に聞きたいこと…、とは」
アナスタシアはアデルの言葉に内心冷や汗をかく。
いや、2人に見えない背中はすでに汗でじっとりと嫌な感じに湿り始めていた。
知らない間にこの2人に何かをしていたのだとしたら、すぐさま国際問題になってしまうと思えば当然だろう。
「単刀直入に聞きます」
アデルはそんなアナスタシアを真っ直ぐに見つめて言う。
「貴女は、転生者ではありませんか?」
「……は」
けれど齎された言葉はアナスタシアが予想もしていなかったもので、震えてしまった手がテーブルにぶつかり、かしゃん、とカップが鳴る。
自分のカップとソーサーが揺れた音だ。
「あ、失礼、しまし、た」
今度は間違いなく無作法だったのでアナスタシアはそれを謝罪したが、身体が震えて上手く声が出てこない。
何故なら、
「やっぱり、貴女には前世の記憶があるのね?」
彼女もまた、間違いなく転生者であったからだ。
「な、何故、それを?」
アナスタシアは最早取り繕うこともせず、不躾も無作法も関係なくルリアーナに問う。
誰にも言ったことがない自分の秘密を何故知っているのかと。
それはもしかして、そう言うことなのかと。
「実はね、ここにいる女性は全員、貴女と同じで前世の記憶を持っているの」
「この世界にいる転生者は貴女1人ではないんです」
果たして彼女の予想は上回る規模で当たり、自分以外の転生者の存在を初めて知った彼女は「ああ…!!」とその場で泣き崩れた。
「私以外に、転生者がこんなにいたなんて、しかも、リーネさんも…」
しばらくして、いまだ涙の残る瞳で顔を上げて女性陣を見回したアナスタシアはリーネを見て目を細める。
もし学園にいた時にそうだと知っていたらもっと色々話ができたのに、という後悔が押し寄せてきた。
「ということは、貴女は君となを知らないのね」
「え?ここ、君となの世界なんですか?」
「ん?」
「え?」
そう思っていると、ルリアーナから聞き覚えのある単語が聞こえてきたため、お互いに目を見合わせてパチパチと瞬きをして首を傾げる。
「えっと、ここは乙女ゲーム『君のとなりで』の世界なんだけど、それは知らなかったのよね?」
「はい」
「でも、君とな自体は知っている…?」
「はい。漫画版だけですが」
「漫画版!?なにそれ!!」
そして恐る恐ると言うように交わした会話で、君となシリーズに新たなるコンテンツがあったことが発覚した。
「アデルちゃん、知ってる!?」
ルリアーナはその存在を知らなかったので、この世界の君とな生き字引とも言うべきアデルに聞いたが、
「す、すみません、私、漫画版は読んだことがないんです…」
だってキャラデザ違うし、変なオリジナルストーリーだったし、とアデルは頭を抱えた。
全3巻のその漫画の存在は知っていたが、自分の好みではなかったため読んでいなかったのだ。
まさか生まれ変わってそれを後悔することになるとは思わなかった。
「あ、私それ1巻だけ読んだことあるかも。あれでしょ?トーラン正教の大司祭がジョカ山にいる魔王を倒してほしいからって主人公を異世界から召喚したってやつ。なんか歴代ヒロインの力を借りてなんとかかんとかしていくらしいけど、私途中で例の事件に遭ったから、そこまで読んでなくて…」
すると後ろからルナが手を挙げた。
アナスタシアが転生者なら平民が話し掛けても平気だろうということで自分が知っていることを言ったのだが、案の定アナスタシアは気にした様子もなく「そうです、それです」と自分の言葉に答えてくれる。
「あれ?それならルナちゃんも、シャーリーちゃんも、それこそリーネちゃんも見たことがあるはずじゃ…?」
けれどルナの話を聞いたルリアーナは、では何故アナスタシアが3人のことを知らなかったのかと疑問に思ったが、
「漫画版ではヒロインたちが全員王族と結ばれた後になっているんです。そして私たち悪役令嬢は全員追放されているので出てきません」
その質問にはアデルが答えた。
読んではいないが、多少の知識はあるらしい。
「しかもヒロインたちは皆20代の大人びた姿で描かれている上、絵がゲームと全然違うんです。今のリーネさんと漫画版のリーネさんが結びつかないのも無理ありませんよ」
「そうですよね!?全然違いますよね!?」
「ええ」
アナスタシアはアデルの言葉に我が意を得たりと激しく頷いてアデルを見た。
アデルも気持ちはわかると頷きを返す。
その差があったからこそ、自分は漫画版を見なかったのだから。
面白い、面白くないではない。
自分の愛したものとは違うという思いがアデルの、秋奈の手を引っ込めさせたのだ。
「なるほどー。ある意味イザベルちゃんと同じ状況だったのね。人格は前世と同じだけれど、ゲームの記憶はないから悪役令嬢らしくもこの世界の住人らしくもなかったと」
ルリアーナは3人の話でアナスタシアの行動に納得を示すと、現状一番大切なことを彼女に聞いた。
「そんなアナスタシアちゃんに聞きたいのだけど」
「はい?何でしょう?」
ルリアーナの前置きに、アナスタシアはきょとんと目を開き、首を傾げる。
リーネからアナスタシアの容姿について聞き、実際その通りだったが、そんな顔をされると小動物のように可愛く見えてしまい、つい微笑んでしまった。
「貴女はガイラス殿下のことをどう思っているの?」
逆にアナスタシアはそのルリアーナの微笑みに見惚れ、ついオブラートにも包まずに本心を告げた。
「えっと、微塵も興味ありませんね」
ある意味予想通りの彼女のその言葉に、「「ですよね」」と声を揃えたフージャとリーネが崩れ落ちた。
読了ありがとうございました。




