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「…姫さん、どうする、これ?」

「うーん、そうねぇ…」

各人の色々な思いに決着がついたのはいいが、この状況で「はい、じゃあ今度はゲームの話しまーす」と言っていいものか、然しものルリアーナにも判断がつかない。

「……よし、あっちはほっといて大丈夫だろうから、こっちはこっちで話しましょうか」

だから残っているガイラス、フージャ、ルカリオを見回して、ならば自分だけでこの3人にゲームの説明をすればいいのだと結論を出し、早々に説明を始める。

「えっとね、乙女ゲームっていうのは、簡単に言えば疑似恋愛を楽しむものなの。自分は主人公であるヒロインになって、攻略対象者であるガイラス様やフージャ君やルカリオと結ばれるように色んな選択肢を選んで好感度っていう好きの値みたいなものを上げていって、物語の最後…大体学園の卒業式ね、そこで一緒に踊ってもらえればハッピーエンド、2人は末永く幸せに暮らしましたとさってなるの」

ルリアーナは一気に概要だけ話すと「わかった?」と笑顔で3人に問う。

特にフージャに対しては「私だってちゃんとできるのよ」と言いたげだ。

「……なんか話だけ聞くと怖い」

「ああ。まるで私たちは景品だな」

「というか、それでなんで追放とかって話になるの?」

フージャは両腕を摩り、ガイラスは顔を顰め、ルカリオは疑問を顔に浮かべる。

プレイヤーというか、ゲームというものを知っている人間にとっては当たり前だが、確かにその立場になってみればじわじわ包囲網を狭められている孤立無援の兵士、もしくは蜘蛛の巣に捕らえられた虫の気分だろう。

乙女ゲームとは悪い言い方をすれば女性が男性をハンティングするゲームで、彼らは獲物側である。

「まあそうよね。私はこの中で攻略したことがあるのはルカリオだけだけど、でもこの子はこの子で本当に大変だったのよ?」

ルリアーナはフージャとガイラスの言葉に苦笑しながらルカリオを見る。

だが当の言われた本人は「俺?」と目をぱちくりさせている。

「ルカリオが攻略対象になるのは無印、シャーリーちゃんとイザベルちゃんの物語なの。それでイザベルちゃんがルカリオにシャーリーちゃんを殺してほしいっていう暗殺依頼を出すんだけど、彼女に会ったルカリオは次第に惹かれていって、上手くいけば国外に逃がしてくれるの」

ルリアーナは楽しそうにかつて苦労して攻略したルカリオルートについて語る。

「でもね、例えばフージャ君の場合で『明日のデートはどこへ行きたい?』って質問されて、選択肢が『海』『山』『川』の3つだったとするでしょ?で、『海』を選ぶと好感度が1上がる、『山』を選ぶと1下がる、『川』の場合は変動なしだとするじゃない?なのにルカリオは『海』を選ぶと生かしてくれるけど、『山』や『川』を選ぶと死ねって言うの」

酷いでしょう?とケラケラ笑うと、

「え、俺別に言わないよ?姫さんが行きたいならどこへでも行くよ?」

ルカリオは何故か若干焦ったようにルリアーナに言い募る。

俺そんな奴じゃないよと目でも必死に訴えた。

「うん、知ってる。でもゲームではそうなの。だから私はルカリオが何が好きなのかとか、何なら興味あるのかとか、どういう風に育ったのかとか、全部調べたわ。そして世界の誰より早くルカリオのルートをクリアした」

ルリアーナは捨てられた子犬のような目で自身を見つめるルカリオを招き寄せると、

「多分私は誰より貴方を理解しているし、貴方のことを知っているわ。でも、それでも貴方のことが好きよ」

と言ってリーネがシャーリーにしたように彼を抱きしめた。

「組織でどんな仕事をしていたかも知っているし、前に話した通り孤児院にいた頃のことも知っている。どうやって人を殺すのが得意かも知っているし、ここに武器を隠す癖があることも知っている」

言いながら襟の裏から針のような暗器を取り出してルカリオに笑いながら見せる。

「だから私には遠慮しなくていいし、気兼ねもしなくていい。大恩ある叔母様のところに行きたくなったら行っていいし、彼女を守るために私を殺す必要があるなら殺せばいい。ヴァルト様に私の護衛をするって名目で雇われて今ここにいることはわかっているけど、でも私のために自分の一番大切なものを曲げる必要はないからね」

まるでそれが大したことでもないという風に言ってにっこりと笑ったルリアーナは暗器をルカリオの襟に戻した。

しかしその言葉に、ルカリオばかりかフージャとガイラスも言葉を失う。

この人は孤児の暗殺者にどこまでの慈愛を向けるのかと。

もはや器が大きいとかいうレベルじゃない。

彼の大切なもののためならば自分すらも殺していいという、その心、思いは。

一体どこから来るのだろう。

この強さは、一体なんなのだろう。

フージャとガイラスはルリアーナに対し何度か感じた寒気をまたもや感じた。

彼女は自分とは次元が違う存在だと否が応でも理解させられる。

「……俺はそんなこと、絶対しないよ」

ルカリオも2人同様そんな気配をルリアーナから感じている。

それが前世のせいなのか彼女の性情なのかは知らないが、けれど彼にはそんなことは関係がなかった。

「だって俺はもう、アンタを主と決めたんだから」

それだけが彼の中で最も大切なことだったから。


「おっといけない、ここでも同じことするところだった」

ややしてゴロゴロと喉を鳴らす猫のように擦り寄るルカリオを撫でていたルリアーナはおどけたようにそう言うと、シャーリーたち4人の方を見る。

「あっちはもう少し掛かりそうだから、今度は国外追放について説明するわね」

4人の様子を見てそう判断したルリアーナはルカリオを離し、「えーと」と顎に人差し指を当てながら首を傾げると、

「わかりやすいからイザベルちゃんの例で説明しよっか」

と言ってシャーリーとリーネに聞こえないよう、少しだけ声を潜めた。

「このゲームでは大抵王族が攻略対象者にいて、メインの攻略対象者になっているの。リーネちゃんがヒロインの3の時はガイラス様がそうね。シャーリーちゃんの時はそれがオスカー様で、その婚約者であったイザベルちゃんが恋路を阻む悪役令嬢だった」

「ちょい待ち、それおかしくない?なんで婚約者から奪う奴が正義で、奪われる方が悪役って言われるんだ?普通逆だろ?」

ルリアーナが説明するとルカリオが話を止めた。

幾分不機嫌そうなのはルリアーナが抱きしめて撫でるのをやめたからだろうか。

だが言った言葉は的を射たもので。

「普通はそうね。でもこれは主人公目線の話なの。主人公であるシャーリーちゃんはオスカー様を手に入れたいけれど、そのためには婚約者であるイザベルちゃんは邪魔者、というわけ。ルカリオだって暗殺対象者の横に護衛騎士がいたら邪魔だなって思うでしょ?でも対外的に見れば悪いのは暗殺者であるルカリオであって、仕事でその人を守っている護衛騎士ではない。それと同じよ」

「…そう言われれば納得するしかないわなぁ」

けれどいくら的のど真ん中を射ていたところで非日常性を求めるゲームでは正論は意味をなさない。

常に非日常を生きるルカリオ本人を例にとって説明すれば、彼も渋々ながら納得してくれた。

他の2人も一応は納得してくれたような顔で頷いたので、ルリアーナは続きを話す。

「それに、何故私たちが悪役令嬢と呼ばれるかと言えば、王族である婚約者に馴れ馴れしい態度を取る平民の女の子を目の敵にしていじめるからなの。例えば制服を破く、教科書を捨てる、池に突き落とす。自分がやる場合もあるし取り巻きにやらせる場合もあるけど、そうやって主人公が婚約者から手を引くように仕向けるの」

「うわぁ…」

悪役令嬢の仕打ちに人のいいフージャは「やりすぎだろ」とドン引く。

彼は後ろ暗い話や人の悪意が見える話をすると度々こういった態度を取るが、それが彼の真っ直ぐな性情を表しているようで、リーネの相手としては中々に好ましいと思う。

リーネにそういう意志でフージャと一緒にいるのか確認したことがないのでどうなるかはわからないが、そうなってもフージャ側は問題がないように見えるし、明確にその気があると言うなら是非応援したいとも思っている。

「…アナスタシアはリーネに対してそんなことしなかったが?」

「それは後で説明いたしますわ」

その横では「アナスタシアは私を取られてもいいと考えていたのか」とガイラスが胸を押さえながら切なげな目で遠くを見ていた。

彼の呟きに、なんとなくその通りだろうと気がついているルリアーナはそれに対して気を遣って「思い違いだ」と言うこともできず、曖昧に笑って誤魔化して話を進めることにした。

「結局物語が進むにつれて好感度を上げられた婚約者は次第に主人公に傾倒していくの。そして卒業パーティーの日に大勢の前でそれまでの悪行が曝されて、婚約を破棄された挙句に国外追放になるわ」

「はい」

「はい、フージャ君」

「貴族が、しかも王族の婚約者になれるような高位貴族の令嬢が、いくら平民を虐めていたからって国外追放はあり得なくないですか?」

ルリアーナの話に今度はフージャが割って入る。

そしてこれもまた実に的を射た意見であった。

確かに主人公がされたことを可哀想とは思うが、それでも貴族が平民に対して行ったことであれば問題にならないということは身分制度の敷かれたこの世界では常識と言っていい。

だからルリアーナもその質問は尤もだと思って「そうね」と頷く。

「でもね、前世で私たちがいた国には身分制度がなかったの。法の下に人は皆平等で、誰が犯した罪だろうと悪は裁かれるべきだと教えられる。信賞必罰、悪即斬。たとえそれが一国のトップだとしても、悪いことをすれば罰せられる世界で私たちは生きてきた。だから貴族とはいえ悪役令嬢がやったことは罰されて当然だし、それに耐えて健気に頑張っていたヒロインは幸せになるのが当たり前なのよ」

だがそもそもあちらの世界とこの世界とは理が異なる。

『ゲームだから』というよりは『ゲームだからこそ』現実での理が強く影響されていたのだ。

日本の法律上、どんな理由があったとしても虐めた側が無罪放免であってはならないのだから。

身分平等の世界で下手に身分制度のある世界観を作るからこういった齟齬が生まれてしまうのだろうが、あちらの世界にいる時、自分もそのことには気がつかなかったから大きなことは言えない。

しかし実際こちらの世界で生きてみれば、ゲームとはなんと歪な均衡だったのだろうと思うことが確かにある。

だからこちらの人間にあちらの常識を受け入れてもらおうとは思わない。

それでもそういう考えの下でそうなっているのだと説明しないことにはフージャの質問には答えられないので、ルリアーナはなんとか理解してもらおうと言葉を尽くした。

「まあ、言われてみれば確かにそうなのだがな」

だが意外なところから賛同とも取れる言葉が聞こえてきた。

「ガイラス?」

ルリアーナ同様、彼の言を意外に思ったフージャが訝し気にガイラスを見る。

「そもそも王族だから、貴族だからと平民を虐げていい理由にはならない。それは学園でも言われていただろう?」

ガイラスは矛先をフージャに向けて話し出す。

「そりゃ、表向きは」

彼が言う言葉にフージャは幾分苦い顔で頷く。

『表向き』と彼が言ったのは、彼も海賊貴族と蔑まれていた方であるからだ。

「そう、それを表向きと捉えるから駄目だと言うんだ。学園では色々な意見を言われたが、私はお前やリーネと友誼を結べてよかったと心から思う。つまりそれは身分ではなく、個人として相対して相手を判断したからだ」

ガイラスはフージャに向けていた視線をルリアーナに戻す。

「きっと貴女がいた世界は自然とそれができる世界だったのだろう。だから誰もが守られ、誰もが正しく裁かれる。本当なら、我々もそうあるべきなのに…」

そう言いながら考え込む様子のガイラスに、ルリアーナは感心した。

もしかしたら日本で作られたゲームのキャラクターだから根底にそういう意識を植え付けられているだけかもしれないが、それでもこの世界でその考えを持てる彼は平民に寄り添えるいい王になれるだろうと思った。

「貴方がそう思える方でよかったわ」

ルリアーナはガイラスに向かって微笑むと、

「貴方の治める国でなら、私の友だちはきっと幸せに暮らせますね」

その該当者であるリーネにちらりと目を遣る。

「前に聞いたら、リーネちゃんは一応自分の力を知っていて、使おうと思えば使えたらしいのです。でもそうはしなかった。それはきっと、貴方がいたからだと思います」

「力?」

「あ、説明を忘れていました。主人公、つまりシャーリーちゃん、リーネちゃん、ルナちゃんの3人は『魅了の魔法』が使えます。だから私たち悪役令嬢がいくら頑張ろうとも、主人公と会い続ける限り婚約者は絶対に彼女たちを選ぶ」

ルリアーナはその話をしたところで、ふと思いついた。

アナスタシアの行動について、ガイラスを傷つけずに伝える術を。

「リーネちゃんはその力を使わなかったから、貴方はリーネちゃんを友人としてしか見なかったのでしょう?それなら貴方を奪われる心配のないアナスタシアちゃんも嫉妬しませんから、リーネちゃんを虐めたりしないはずですよ?」

うん、それなら筋が通っているし、なんとかアナスタシアがガイラスに微塵も興味がないであろう事実を誤魔化せるはず、とルリアーナが自分の説明に自画自賛していると、

「いや、私は彼女に直接『リーネとの愛を貫け』的なことを言われたんだが…」

ガイラスはずーんと音がしそうなほどに深く項垂れた。

「あ」

そういえばそうだったと、ルリアーナは自分の失態に気づく。

しかし自分がそれを知っていることをガイラスは知らないはずなので「まあいいか」と流すと、

「ならその本意は本人に確認するしかありませんわね」

と言って再び笑って誤魔化した。

読了ありがとうございました。

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