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微妙な空気の中、アデルは思案していた。
事件の説明自体は、この後男が勘違いでリーネではない女性を刺し、その女性に男が返り討ちに遭った現場を目撃してしまったリーネが人生を終える、という内容を残すのみ。
だが今この場でさほど重要とも思えないその説明をする意味はあるだろうか。
かと言ってでは次は何を説明するべきかというのもまた難しい。
さて、どうしたものか。
「……ウィレル嬢、一つ聞いてもいいだろうか」
涼しい顔の下で悩んでいると、落ち込んだ様子のガイラスがアデルに向かって口を開く。
「もちろんです。何でしょうか」
思考に割って入った声に多少驚きながらもそれをおくびにも出さず、アデルはガイラスに微笑みを返した。
完璧令嬢の仮面がこんなところで役に立つとは、とアデルが内心自分に感心していると、
「どうして君たちはアナスタシアもこの前世の事件の関係者だと思っているんだ?」
ガイラスからそんな質問がぶつけられた。
意味を掴みあぐねて「と、言いますと?」とアデルが返せば、
「ここに『不明』と書いてあるし、リーネ以外に彼女の知り合いはいないだろう?なのに何故半ば確信を持ってアナスタシアも関係者だと言っているのか、その根拠を知りたいと思った」
ガイラスが「そんなに変なことを言っているだろうか?」と言う顔で質問の意図を語る。
そして「なんでって、3の悪役令嬢だからですよ」と答えようとして、アデルは自身が大事なことを説明していなかったと気がついた。
「そうですね、そこ、説明していませんでした!」
そしてポンと手を打ち、ガイラスの近くにいるフージャと、ルリアーナの後ろにいるルカリオを順に見て、
「お2人にはその辺り説明していましたっけ?」
と彼らにも確認した。
自分が彼らに話した記憶も誰かが話した記憶もなかったアデルは、もし知らないのであれば今一緒に聞いてもらおうと思ったのだ。
「皆に会った時に、なんとなくは」
「そうそう、前にお嬢とリーネが事件の話をしてる間に姫さんがうっすら教えてくれたぜ?」
2人は顔を見合わせると「ホントうっすらだけどな」「なー」と声を合わせる。
ルカリオはなんとなく様付けで人を呼ぶのが恥ずかしいのか、貴族であるアデルのことは『お嬢』と呼ぶことにしたようだが、他の平民ヒロインたちのことはそれぞれ呼び捨てにしている。
「そうですか。なら大丈夫だとは思いますが、わからないところがあったら遠慮なく聞いてくださいね」
アデルはそう言うと視線をガイラスに戻し、「では」と口火を切った。
「先ほどこの世界は私たちの前世で乙女ゲームと呼ばれるものと同じだとお話ししましたが、今まで判明している前世関係者は全員、物語の中で同じ役割を与えられている人物に生まれ変わっているんです」
アデルは再び関係者一覧の紙に指を添えると、
「物語は全部で4シリーズあります。それぞれハーティア、ディア、スペーディア、クローヴィアが舞台で、シャーリーさん、リーネさん、ルナさんは主人公である『ヒロイン』、イザベル様、ルリアーナ様、私はそのライバル役である『悪役令嬢』です。そしてその全員が転生者で、逆にこの2つの役割を与えられていない人たちでは今のところ転生者は見つかっていません。なのでこの法則に当てはめて考えた場合、3つ目の物語の主人公であるリーネさんのライバル役だったアナスタシア様も転生者である可能性が高いと踏みました」
そう言ってそれぞれの名前と『ヒロイン』、『悪役令嬢』の文字を示した。
「なるほど…」
ガイラスはある程度ショックから立ち直り、アデルの話に頷く。
ルリアーナがシャーリーとルナのことを『他国のリーネ』と言っていた理由がようやく理解できた。
確かに話を聞く前では『ヒロイン』と言われたところで意味を理解できなかっただろう。
そしてフージャも自分が聞いた内容と同じだったので頷いたのだが、
「そういや、その物語がどんなものなのか、詳しく聞いてなかったな」
ルカリオがふと思い至ったという顔でアデルに言う。
「俺は単にシャーリーが王子誑かして、そのせいでリーネの妹が追放になったってことしか知らないからな。元々どんな話で、それがどうしてああなったのかは少し気になる」
「なにっ!?」
ルカリオのその言葉にガイラスは俄かに殺気立った。
先ほどまでシャーリーは可哀そうな被害者と思っていたが、こちらの世界では加害者で、しかもその相手が友人がずっと探していた相手と聞いてしまい、先ほどまでの気持ちにつられてつい感情的になったのだろう。
ガイラスはその感情のままにギロリとシャーリーを睨む。
「ちょ、ルカリオ、中途半端な情報を紛らわしい形で伝えないでください!!シャーリーさんは無実ですから!!」
「そうよ。それに私も鈴、あの子も恨んでいないわ」
それを見て慌ててアデルが取りなし、リーネも以前イザベルから顛末を聞いていたためシャーリーを擁護すべく口を出す。
シャーリーのことは不可抗力であり、誰も彼女を責めもしなければ恨みもしていないと。
でなければ今こうして一緒に旅をしているわけもない。
「そ、そうだったのか…すまない」
ガイラスは2人の剣幕に押されたせいもあるが、素直に自分の非を認めてシャーリーに謝罪する。
同時に聞きかじった程度の情報で感情のままに女性を睨んでしまうなど王子として恥ずべき行為だったと自らを省みた。
だが、シャーリーは首を振りながら静かに「…いいえ」と呟くと、
「それでも、最初は確かにそうだったのですから、私に責任がないわけではありません」
そう言ってリーネの方を向いた。
「リーネさんにはちゃんと謝ってなくてすみません。貴女の大事な妹であるイザベル様があんな目に遭った責任は私にもあります。オスカー様を止められなくて、本当にごめんなさい」
そして深々と頭を下げる。
リーネがイザベルの姉だと知ってから、本当はずっと謝りたいという思いが蟠っていた。
だからこれはシャーリーのけじめのために必要なことだったのだ。
リーネはすでに許していると言っていたが自分はまだ謝っていない。
「許す」と言う言葉は謝罪に対して使うものであるはずなのに、自分はまだ「ごめんなさい」をしていないということがずっとシャーリーの心を苛んでいた。
「……そっか。うん。わかった」
肩を震わせながら頭を下げるシャーリーに向けてリーネは一歩、また一歩とゆっくり近づいていく。
「ありがとね。謝ってくれて。あと、謝らせてあげてなくて、ごめんね」
リーネはシャーリーの目の前まで移動してくると、そっとシャーリーの頭を撫でた。
「そんなっ、リーネさんは何も悪くな…」
シャーリーはリーネの言葉に反射的に顔を上げたが、目の前のリーネにぎゅっと抱きしめられる。
「ううん。悪くないのは皆だよ。誰も悪くない」
そうして抱きしめながらリーネは再びシャーリーの頭を撫でた。
妹を可愛がる姉のように、静かに寄り添う親友のように。
「あの子が言ってたよ。自分に記憶がなくてよかったって。でも自分の意志はあってよかったって。私もそうだったから、その気持ちは凄くわかる」
「…え?」
ゆっくりと染み込ませるみたいに、リーネは穏やかな声でシャーリーに言い聞かせる。
「私たちはただゲームの内容を知らなかったからそうしなかっただけだよ。もし知ってたら、あの子はルリアーナ様みたいにシャーリーを処刑させていたかもしれないし、私はガイラス様に近づいてアナスタシア様を追放していたかもしれない。私たちの違いは知っていたか知らなかったか、それだけなんだ」
「でも、私は」
シャーリーはそれでも自分が悪いのだと言おうとした。
しかしリーネはそれを感じ取って意図的に遮る。
「貴女はただ、『シャーリー』というキャラクターの役割を果たしただけでしょう?それに貴女はちゃんとあの子を庇ってくれた。それに耳を貸さなかったオスカー様を恨みはするけど、貴女のことを恨むなんて見当違いもいいとこよ」
「でも、でも、イザベル様は追放されて、もう少しで…」
リーネの穏やかな言葉に、とうとうシャーリーの目からは涙が零れ始めた。
優しくされる資格など自分にはないのにどうしてそんなことを言うのかと、シャーリーはなおも反論しようとする。
「うん。お陰であの子はルリアーナ様とアデル様に会えた。そしてその2人のお陰で私はあの子に再会できた。もし貴女がオスカー様を止められていれば、私たちの再会はもっと遅くなってただろうし、もしかしたら叶わなかったかもしれない。だから、むしろ私たちは貴女にお礼を言わなきゃいけないくらい」
けれどリーネはそれを認めてはくれない。
「そんな、こと、本当に、なくて、私は」
「でも、運命ってそういうものよ。貴女が何か一つでも違った行動を取っていたら、私たちは会えなかった。シャーリーちゃんがこんなにいい子で素敵な女の子だって、私は知ることができなかった。それよりだったら、追放されてよかったとは言えないけど、でも、この運命でよかったと私は思うの」
むしろ自分の肩にシャーリーの頭を押し付けて、涙を服に吸収させる。
リーネは自分が早くそれを言わなかったせいでずっと苦しませてしまっていた女の子を抱きしめていてあげたいと思ったから、体を離して涙を拭く手間すら惜しんだのだ。
「……なんかごめんね。私、シャーリーちゃんよりよっぽど悪意を持ってアデル様に色々したのに、雑にしか謝ってなくて」
「…ルナさん?」
シャーリーとリーネの様子を見て、自分がアデルに対して真摯に謝っていないことに気がついたルナはバツが悪そうな顔でアデルに言う。
彼女は明確な悪意でアデルからライカを奪い、他の攻略対象者をも虜にしていった。
それで傷つく相手がいることも、もしかしたらゲーム通りアデルが追放されるかもしれないこともわかった上でだ。
ルリアーナのお陰で間に合ったが、もし彼女が追放されて亡くなった後に彼女が自分の後輩だったと知ったなら、きっと自分は耐えられなかったと思う。
前世で一番辛い時、アデルである秋奈は毎日見舞いに来て自分を支えてくれていたのに、転生した自分は一体彼女に何をした?
前世では彼女の思いを裏切り、今世では彼女の存在を害そうとした。
本当に私は自分のことしか考えられない嫌な人間だと思う。
だから彼女の優しさに甘えてはいけないともう一度謝りたいと考えたのだが、
「でも、ルナさんの場合はルリアーナ様が私の代わりにけじめをつけてくださいましたから、別にいいんですよ」
アデルは「ふふ」と小さく笑い、
「それよりも、やっと先輩が自分の思うままにやりたいことをできるようになったんだと思えば、むしろ嬉しかったです」
そう言ってルナの手を取る。
「今度はちゃんと、生きてくださいね?」
そして前世で願い続けた彼女の生を今世でもまた祈ってくれた。
「……もちろん!」
ルナはその気持ちに応えるべく、自分にできる最大限の明るい顔で彼女に向かって笑って見せた。
読了ありがとうございました。




