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「では、今度はこちらの世界について説明します」
「ああ」
小休止後、アデルが始めた説明はこの世界、つまり『君のとなりで』というゲームについてのものだった。
「私たちにとってこの世界は、先ほど説明した前世、前の人生で見たことがあるものなんです」
「……それは、君たちの世界からはこの世界が覗けた、ということだろうか」
アデルの言葉にガイラスは自分の常識の範囲内で考えついたことを推測して見せたが、アデルは首を振って否定を返す。
「いえ、この世界が私たちの世界にあった、物語のようなものと同じなのです」
「物語…?」
「正確に言えば乙女ゲームと言うものなのですが、この世界には同じものがないので、『幾つかの選択肢の中から自分が読みたい内容を選べる物語』だと認識してくだされば近いかと存じます」
「ええと…?」
「例えば、恋愛小説で主人公とその幼馴染であるA君とB君がいたとします。人によっては主人公とA君が結ばれる物語が読みたい、もしくはB君と、あるいは別の誰かと結ばれる物語がいい、などの希望がありますよね?乙女ゲームというのはそれで言うA君やB君を攻略対象者と呼び、どちらと恋愛したいかをプレイヤーと呼ばれる物語の読み手が選べるというものなのです」
「ほう。なるほど、理解した。すごい発想だな」
「おわかりいただけてなによりです」
ガイラスはやや迷ったものの、アデルの例えで概要を理解できたらしく、関心を示して頻りに頷いていた。
なんなら現物があるならやってみたいと言いかねないほどだ。
「それで、この世界は私たち世界では乙女ゲームとして人気がある物語の世界と同じなのです」
「……ああ、さっきの言葉はそういう…」
「はい。そう言うことです」
ガイラスは嬉しそうな顔を一転、今度は失望にも似たものへと変えた。
誰だって自分が生きているこの世界が別世界の物語の世界なのだと言われたら面白くないだろう。
自分は個人ではなく誰かが作ったキャラクターで、自分の意志は誰かに決められたもので、何をしようとこの先の人生は決まっていると言われたようなものなのだから。
聡明なガイラスはアデルの言葉だけでここまで理解してしまったようだ。
「ですがもちろん、この世界は現実です。ゲームとは違う」
だからこそこのアデルの言葉でガイラスは勢いよく顔を上げた。
「同じところもありますが、変えられた運命だってありました」
断罪から逃れたルリアーナのように、処刑されたカロンのように、人格を変えられたレックスのように。
ゲームの世界だから、未来は決まっているからと言って諦めなければいけないことなんて何一つなかった。
「だから私たちは仲間を集めています。前世を知り、この世界を変えるべく動いてくれる仲間を」
アデルはまたガイラスを真っ直ぐに見つめると、
「結論から言えば、恐らくアナスタシア様は私たちと同じ、前世を知る方です」
だから彼女に会いに来たのだと彼に告げた。
「こちらをご覧ください」
ややして落ち着いてきた様子のガイラスにアデルは懐から紙を取り出し差し出した。
「これは?」
四つ折りにされたそれをガイラスが開くのと同時に、
「私たちが把握している、もしくは予想している前世関係者の一覧表です」
そう言うアデルの声と、その紙に書かれたアナスタシアの名前を見つけた。
「先ほど前世の私たちにはある共通項があるという話をしましたが、それがこれです」
アデルは立ち上がって紙を覗き込み、『ストーカー事件』と書かれた部分を指でなぞる。
「ストーカーと言うのは主に異性に対して強い執着心を持ち、その人につきまとう人物のことを指します」
そしてシャーリー、イザベル、ルナ、自分の名をトントンと指差し、
「この4人は前世で同じ人物につきまとわれました。また、ルリアーナ様の妹さんともう一人の計6人が被害者です」
と言ってルリアーナの名を指差す。
「時系列順で言うと、恐らくシャーリーさんが最初の被害者だと思います。亡くなった原因自体は事故ですが、ある程度の期間この男につきまとわれました」
アデルは再び指をシャーリーに動かし、次いですぐ下のイザベルに動かす。
「次に狙われたのは判明していないもう一人の方、その次に狙われたのは現ハーティア王太子妃候補のイザベル様です。彼女の場合はその男に刺殺されました」
「なんと…!?」
ガイラスは思わずと言ったように声を漏らしたが、その声が聞こえた後ろのリーネが拳を握ったことには気がつかなかった。
「そして次に狙われたのが、私の友人でもあったルリアーナ様の妹さんです。彼女は無事でしたが、代わりにその男に気づいたルリアーナ様が男に追われた果てに亡くなりました」
「っ!」
ガイラスは反射的にルリアーナを見る。
その目には悼む色があったが、ルリアーナは笑って見せた。
「私は死んだ瞬間の記憶が薄いので大丈夫ですよ」
気にせず続きをと目で訴えられ、ガイラスは視線をアデルの指先に戻す。
「……その後つきまとわれたのはルナさんでした。彼女は男に突き飛ばされ、馬車のようなものに轢かれて大怪我を負い、後に亡くなりました」
「…君もなのか」
ガイラスは戻した視線を今度はルナに向ける。
だがルナもルリアーナと同じように気にしないでと手を振って笑顔を見せた。
ガイラスは「何故彼女たちがそんな目に遭わなければならなかったのか」と思うと同時に「だからこそ彼女たちは強く、今世では笑顔であれるのだ」と気づき、歯噛みした。
彼女たちが言う通りもしもアナスタシアもそうだったのだとしたら、彼女が笑顔ではなかった理由が周囲に、自分にもあったということだろうか、と。
「ルナさんの次につきまとわれたのは私でした。しかし私は運よく短期間で男から逃れることができました」
アデルは歯を食いしばるガイラスを横目に説明を続けた。
今彼が考えていることはなんとなくわかったが、それを解決できるのはここにいない人物だけなので、暗に今はこちらを優先してほしいと伝えるために。
「この時男は前世のリーネさんに追われていました。リーネさんがずっと探していた妹さんというのは前世の妹のことで、今世ではイザベル様になります」
「はっ!?」
「ですからリーネさんは男に殺されたイザベル様の仇討をしようとこの男を追い、とうとう追いつかれた男はリーネさんから逃れるために私の傍から姿を消したのです」
ガイラスにその説明が聞こえていたかは知らない。
彼はもの凄い形相でリーネを見ていた。
何故そう言ってくれなかったのか。
言えるわけがなかっただろう。
今までこんなことを抱えて、必死に妹を探し続けてきたのか。
どんな姿かも、今はなんという名前なのかもわからず、前世の記憶だけを頼りに。
…ああ、妹は今はハーティアに、というのはそういうことか。
そしてこれからも、彼女は妹と離れ離れのままなのだ。
国の壁、立場の壁、身分の壁。
彼女たちの前には一体何枚の壁が立ちはだかっている?
あんなに必死に探してようやく見つけた妹は、まだそんなにも遠いのか。
彼の頭の中に色んな言葉が浮かんでは消える。
リーネに対し思うこと、言いたいこと、言ってはいけないこと。
その全てが混ざり、彼女に対する感情が溢れそうになる。
「…今はもう大丈夫ですから。鈴華は見つかりましたし、元気でいてくれる。私にはそれだけで十分なんです」
「しかし!!」
「いいんです。本当に。生きていてさえくれれば。……幸せになってくれさえすれば」
リーネは泣きそうな顔で微笑み、ガイラスの言葉に首を振る。
自分の望みはそれだけだから、離れ離れでもかまわないと。
ガイラスは友人の言葉に俯き、彼女のために自分ができることが少なすぎると臍を噛む。
ただの貴族令嬢くらいであれば何とでもできたものを、よりによって他国の王子の婚約者では手が出せるはずもない。
「すまない…」
「いえ、貴方は何も悪くないわ」
ガイラスの謝罪は的外れなものではあるが、それでもその気持ちは嬉しいと、リーネは彼の肩にそっと触れた。
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