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「証拠ならあります!」
ルリアーナの言を受けて手を挙げたのは、先ほどまで立ってもいられないほどの精神的ダメージを受けていたはずのカロンだった。
しかし今はしっかりと自分の足で立ち、とても元気そうな姿を見せている。
「あら、だいぶ具合が良くなられたようで何よりですわ」
そんな彼女の出鼻を挫こうとルリアーナはにっこり笑ってその事を指摘した。
被っていた猫が外れてましてよ、と。
言われてカロンはハッとしたようだが、頭がおかしいくらい盲目的な今の彼らなら後でどうとでも誤魔化せると思ったのか構わずルリアーナに喰って掛かる。
「さっきトイレで、私がつけていた殿下からプレゼントしてもらった髪飾りを分不相応だって取り上げましたよね!?その飾りがあなたの鞄の中にあるはずです!」
カロンはキッとルリアーナを睨みつけると、またふらりとよろめいてアリシアの婚約者であるユージンに受け止められる。
先ほどの様子から本当にふらついたのだとしても支えは不要のように思われたが、隣に立つユージンはカロンを支えることができて嬉しいと言わんばかりの顔をしていた。
機械人間と揶揄されるほど感情の機微がないはずのユージンはカロンとの出会いによって徐々に感情を取り戻すという設定だったはずだが、攻略するとこんな顔をするのかと断罪イベントと関係のない所で少し驚く。
あまりにも適当に君とな2をプレイしていたので知らなかったが、ここまで変わるのならその過程を見てみたかったような気もする。
「なに!?だから身に付けていなかったのか!」
けれど今はそれをゆっくり観察している場合ではない。
ユージンの反対隣りを陣取る王子はカロンの言葉にくわりと目を見開いた。
「そうなんです。ちゃんとつけてたんですけど、庶民に高価な宝石は相応しくないって言われて…」
カロンは再び涙を浮かべ、同情を誘うように王子を見上げた。
見る者が見れば女狐と言いたくなるような表情だったが、王子も他の攻略対象者たちもそのことには気がつかないようだった。
彼らの目はいつから節穴以下になったのだろうとルリアーナはそっと息を吐く。
「証拠があったな!全く、よくもぬけぬけと」
王子は逆転のチャンスとばかりに節穴以下の目で鋭くルリアーナを睨みつけた。
そしてカロンの肩を抱き、「私がついているのだから安心して任せていろ」と囁く。
カロンは瞳を潤ませたままだったが、王子の囁きに頬を染めて小さく礼を言った。
…ぁぁぁあああ!寒い寒い寒い!!
鳥肌が立った両腕を摩りながら、よくもまあ恥ずかしげもなくあんなことができるものだとルリアーナは逆に感嘆する。
もしこれが演劇であったならカロンの演技に感動すらしたかもしれない。
今のカロンは正に悲劇のヒロイン、しかも絶望の中でも愛する人を信じて困難に立ち向かうような王道のヒロインそのものだった。
但し、その性根さえ腐っていなければ。
「はぁ。殿下ってそんなに馬鹿でしたっけ?早めに婚約破棄しておいてよかったわ」
だがそんな場面でもない目の前の光景にはため息と鳥肌しか出ず、ルリアーナはそれを隠そうと思わず本音を口にしてしまった。
もちろんわざとである。
「なんだと!?」
その挑発に簡単に乗ってしまう王子を扇の陰から見下し、ルリアーナは思考能力の落ちてしまった王子にも理解できるであろうわかりやすい説明をし始める。
「まず、今フラウ様が言った証拠は、彼女しか目撃者がおらず、客観的なものではない」
先ほど客観的な証拠を出せと言ったのにカロンが出してきた証拠には第三者の存在がないのだから、証拠の提示としては不十分だ。
「そんなこと」
ないと言おうとでもしたのだろうが、人の話を最後まで聞けるはずのルリアーナは不敬と知りつつそれを遮った。
ルリアーナの持論では、話には聞く価値があるものとないものとがあり、今回はどう考えても後者だったから遮っても構わないと考えたのだ。
「ではいくつかの証拠を提示しましょう。ひとつ、私は今日はずっと客員席で先生方とお話ししていましたし、一度だけ化粧室へ行った際には入った時にフォーミュラ様と、出る時にはカーマイン様とご挨拶いたしました。フラウ様とはお会いしておりません」
「なに…?」
王子はルリアーナの言葉に面を喰らったかのように目を丸くすると、ちらりとカロンを見る。
それに気がつかない彼女は顔を歪め、王子と接していない側のスカートを皺ができるほど握りしめていた。
本来のゲームシナリオではルリアーナにアリバイなどないのだからこれは想定外だろう。
何故だと言う顔をする彼女は、やはり転生者である可能性が高い。
「ふたつ、フラウ様が仰っている鞄というのは恐らくこの手提げではなくクロークに預けている方でしょう。今日は頂き物が多いので持って参りましたが、この会場に来てから今まで、私はクロークから鞄を出しておりません」
これはクローク係に確認を取ればすぐにわかることであるので、十分な証拠になる。
王子もそう思ったのであろう、さらに目を見開いてルリアーナを凝視した。
「そんなの、忍び込めばいいだけじゃない!」
その横でようやく言葉を発したカロンは、そんなことは証拠にならないとでも言うように声を張り上げた。
きっと反論の隙を見つけたと思って勢い込んだのだろう。
しかしカロンに視線を移したルリアーナは扇の陰で嘲るような笑みを浮かべながら、彼女に令嬢の常識を教えてあげた。
「普通、貴族の令嬢はクロークの造りなどわかりませんし、忍び込むだなんてはしたないことは矜持が邪魔をしてできませんわ」
高位貴族であるルリアーナがたかが平民のカロンを貶めるために恥をかいてまでそんなコソ泥のような真似をするわけがない。
今の言葉にそういう意味が込められていることくらいは察せたのだろう。
カロンは屈辱のためか、顔を真っ赤にしてルリアーナを睨みつけた。
そこには最早いじめられていた可哀想な少女の姿はなく、ただひたすらに策に溺れた哀れな小娘がいるだけだった。
「そしてみっつ目。フラウ様のお髪には髪飾りを取ったような不自然な跡が見受けられませんが、どこにどのように付けていらっしゃったのか、ご説明願えますか?」
「…っ!!?」
ルリアーナは指折り数えた客観的と言える3つの証拠を突き付ける同時に扇を閉じ、それでカロンの頭を指した。
そしてカロンはそれに反射的に反応し、両手で頭を押さえてしまった。
それは見られることを恐れての動作だと、その場にいる全ての人間に正しく伝わる。
ちゃんと話を聞いていた者の中には「取り上げられた髪飾りが鞄の中にある」と断言できた時点でおかしいのだと気づいた者もいるだろう。
その時会場に呼び出されたクローク係が到着したことで、彼女は膝から崩れ、その場に座り込んだ。
けれど周りにいる誰も、自分に任せろと言った王子ですらも彼女に手を差し伸べはしなかった。
読了ありがとうございました。