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ルナ編完結です。
「そっかー、ルナちゃんはアデルちゃんの先輩だったんだね」
「そうです。ついでに言えば美波の先輩でもありますよ」
「あら?そうなの?」
「はい」
「ちょっと待って、なんでそこで美波?」
ルナがアデルの慕っていた先輩だと判明し、和やかな空気が漂い始めた頃。
小休止を延長させてお菓子と紅茶を楽しんでいたルリアーナがアデルに話しかける。
だがその会話にルナが首を傾げた。
何故ここにいない後輩の名前が出てくるのかと。
しかしその答えはとても単純なものだった。
「ああ、私、美波の姉なのよ」
ルリアーナは「ちょっと年が離れてるけどね」と言って自分を指してにっこりと笑う。
「ついでにあの高校の卒業生だから、大きな意味では貴女の先輩でもあるわねー」
「……ええ!?」
次々と新たな事実が明らかになる彼女に対して、ここでもルナは驚きの声を上げることしかできなかった。
「いやー、世間は狭いって言うけど、それが転生後にも当てはまるとは思わなかったわ」
「ホントですねー」
そしてそう言って笑う2人に『それはなんか違うと思う』とツッコむこともできなかった。
「あ、あああの、ところで」
こほん、と咳払いをして気持ちを落ち着けたルナは改まった顔で2人に向き直る。
「ん?」
2人はそんなルナに「どうかしたのか」と目で問うた。
ルナは「えーと」と言いながら先ほどアデルが置いた紙を指差し、
「このストーカー事件って、私まだ説明されてないんだけど、どんな事件?」
私は何の被害者なの?と自分の名前の横に書かれている文字を指でなぞって見せた。
ストーカーと言われて浮かぶのは自分の死の原因となったあの男だが、もしそうならここにいる2人もあの男に会って、そしてもしかしたら自分と同じように…。
そう思った時、ぞくりと底冷えするような寒さが背を伝い、肌が粟立つ感覚に思わず両手で自身を掻き抱く。
「すみません、そう言えばまだ私たちのことを話していませんでしたね」
失念してましたという慌てたアデルの声で思考を戻されたルナは慌てて手を解き「いや、大丈夫だよ」と笑う。
しかしその笑顔は力のないもので、彼女の傷の深さを思わせた。
「では上から順に説明します…と言いたいところですが、そうすると話が前後してしまうので、時系列順ではありませんがわかりやすい順でお話ししますね」
アデルはそう前置きしてから、シャーリーにしたのと同じ説明をルナにもする。
「まず莉緒先輩を突き飛ばした男ですが、彼は以前うちの高校の女生徒に馬鹿にされたのを逆恨みして、うちの高校に通っていた女の子を何人かストーキングしていました」
アデルは紙に書かれているシャーリーの名前から指を差し、次いでカロンを指差す。
「シャーリーさんは親御さんのお知り合いに警察の方がいて事なきを得ましたが、その後すぐに事故でお亡くなりになりました。こちらのカロンさんは行動から察するに転生者だったのだろうという結論に達しましたが、残念ながらすでに処刑されているため確認できません」
「は!?処刑!?」
時折「えー」「マジか」などと小さく呟きながらも大人しく説明を聞いていたルナは、淡々とした調子のままでアデルが紡いだ『処刑』という単語に驚く。
それは日本での感覚からだろう、死刑があっても凶悪事件でもない限りそれが適用されない日本で育った彼女からすれば、乙女ゲームに転生して処刑されるなど意味のわからないことに違いない。
「はい。彼女は婚約者である攻略対象者と婚約破棄をしてゲームのイベントからは手を引いていたルリアーナ様を悪役令嬢扱いして冤罪をかけたのだそうです。ですがルリアーナ様には敵わず、逆に王族を狂わせた罪に問われて処刑されたとか」
「あの子はディア国の王位継承権第一位だったジーク様や他の攻略対象者全員に魅了の魔法を使った。その時の私は魅了の魔法の存在を知らなかったからただのヒロイン補正的な効果のお陰だと思っていたのだけど、そんなことを知らない王家は王子を含む6人の貴族子弟を誑かした女を恐れ、その存在を許さなかったの。だから極刑。びっくりするほど極端よね」
ルリアーナはアデルの話に補足するとルナを見てにっこりと笑い、
「だから貴女はそうなる前に助けたのよ?偶然だったし、アデルちゃんを助ける方が優先ではあったけど、あのままエンディングまで進んでから私が来ていたら、貴女もカロンと同じ運命だったかもしれないわね」
そう言って実は自分も彼女と同じ運命を辿りそうだったことには気がついていなかったルナにそれを教えた。
「……は?…………はああぁぁぁ!!?」
ルナは言われたことを一度頭に収め、その内容を分解して飲み込む。
そうして理解したのは、自分を脅かしていたと思われる人物が、実は自分の命の恩人だったという事実。
「なんてことだ……」
ルナは頭を抱えてルリアーナを見る。
今までも頭が上がらなかったが、これからもまた上がらない気がする。
けれど今までとは異なり、今はそれを素直に受け入れられた。
むしろ女神と拝みたい気分ですらある。
「話が逸れましたが、そんなわけでカロンさんについては何もわかっていません。あと、まだ会っていないアナスタシア様についてもわかっていません」
アデルは紙に視線を戻し、カロンに置いていた指をアナスタシアに移しながら説明を再開した。
しかし情報のない彼女の説明はすぐに終わり、今度はその指をルリアーナに移動する。
「ルリアーナ様は体調不良の中、男が美波をストーキングして自宅を覗いていたところに出くわしてしまい、彼から逃げている途中で亡くなりました」
そしてその指をイザベルに移す。
「そしてイザベル様ですが、彼女はあの男に刺されました。そしてなんとか姉であるリーネさんが働いていたお店の前まで辿り着きましたが、その後間もなく亡くなりました。リーネさんはイザベル様の復讐のためにあの男を3年間探した。その間にストーキングされていたのが莉緒先輩と私でした。ただ、私はリーネさんが男を見つけた時と同時期だったらしくて、さほど被害は受けていません」
ここが事件の本筋とすいすい指を動かしながらアデルは説明を続ける。
「結局男はリーネさんと間違って別の女性を刺し、そのことに逆上したその女性が彼を刺し返して相討ち、リーネさんは失意の中生きる目的を失ったと自死を選ばれたそうです」
これが現時点でわかっている事件の内容です、とアデルは最後にそう言って紙から指を離した。
しかしルナは無言だった。
「恐らく莉緒先輩が、…亡くなったのはこの事件のすぐ後です。ニュースでこの事件が流れ、実は莉緒先輩も被害者だったとわかった時には、すでに亡くなっていたとニュースで言っていましたから」
アデルは胸の前できゅっと手を組み、意を決したようにルナに言う。
「そのニュースが流れた後、あの噂は消えました。そして莉緒先輩の遺書は、ちゃんと公開されて、彼女たちはその罪を突き付けられました」
「っ!!」
ぶわりと、ルナの目から勢いよく涙が溢れた。
堪えることのできない嗚咽が絶えず漏れる。
ルリアーナにはやはり事情はわからなかったが、『噂』『遺書』『罪を突き付けられた』などの言葉からある程度の予測が立ち、ルナの死に際を悼むように目元を歪めた。
彼女の傷が、少しだけわかったような気がする。
ルナはしばらく涙と嗚咽が止まらなかったが、やがて落ち着き、ハンカチを差し出したアデルに掠れた声で「ありがとう」と言った。
それはハンカチに対してだけではないことはちゃんとアデルに、そしてルリアーナにも伝わった。
明くる日の朝、スペーディアとの国境の街ウドスへ向かう馬車の中には2人の令嬢と1人の町娘が乗っていた。
「ルナさんも一緒に来てくれてよかったです」
「そうね。アナスタシアの前世がどういう人かはまだわからないけれど、情報は多い方がいいもの」
そう言って笑い合う2人の令嬢、アデルとルリアーナと、
「役に立てるかはわかりませんけどね」
その向かい側で苦笑する町娘、ルナ。
昨日の話し合いで3人は共にアナスタシアに会いに行くことに決めていた。
「秋奈…アデル様にしたことの償いと、今世と前世の関わりを知るために私も行きます」
泣き腫らした目をしっかりと開き、迷いのない瞳でそう言ったルナを2人は暖かく迎える。
「仲間が増えて嬉しいです」
「わっ!?」
仲間が増えたことを純粋に喜ぶアデルはルナにぎゅっと抱きついた。
油断していたルナは少しバランスを崩したが、抱きついてきたアデルをちゃんと抱きとめる。
そんな2人を視界に収めながら、
「さて、残る1人でこの出来事はどう片が付くのかな」
ルリアーナは遠い地にいるまだ見ぬ令嬢とその先に待っている結末を思い、小さなため息を吐いた。
読了ありがとうございました。