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「いきなりあんなに言ったら混乱しちゃいますよ!ちゃんと手加減してあげてください」
「「ごめんなさい」」
先ほどはリーネに叱られていたフージャが今度は3人を叱る。
いくらなんでも色々いきなり過ぎると。
「リーネも。ちゃんと2人を止めてくれなきゃ」
「いや、アデル様はともかく、ルリアーナ様はめいちゃんだもの、無理に決まってるわ」
「なんだそれ、って言いたいけど、止められないのは同意…」
「…どういう意味かしら?」
そんな話し声に促されてシャーリーが目を覚ました。
目を開けて最初に視界に入ったのはフージャが椅子に座っているルリアーナとアデルに注意をしているところだった。
恐らく先ほどの自分に対しての行いのことだろう。
「あの…」
それを有難く思いながらも、とりあえず目を覚ましたことを伝えようとシャーリーは誰にともなく声を掛けた。
「あ、気がついた?」
すると駆け寄ってきたのは赤髪の一番綺麗な女性だった。
確かルリアーナと名乗っていたはず。
「はい。あの、ルリアーナ…様、貴女は、というか、皆様は、全員転生者、なんですか?」
恐る恐るとシャーリーが問えば、目の前の女性は「そうよ」とあっさり頷き、
「あと貴女が転生者かって一度聞いたイザベルちゃんも転生者よ。ついこの間記憶が戻ったの」
「…ほえっ!?」
ついでのように自分がかつて転生者と疑って否定されたイザベルも本当は転生者であったと告げられた。
驚きのあまり変な声が出てしまったが、誰も気にしていないようなのでそっとしておくことにする。
「他にもルナっていう君とな4のヒロインの子も転生者。あと君とな3の悪役令嬢の子は未確定だけど転生者っぽくて、その子は今スペーディアにいるわ。今回私たちはルナと貴女に会いにクローヴィアに来たの」
ルリアーナはそう言って大輪のバラのような華やかな笑みを浮かべると、
「早速で悪いんだけど、貴女の前世のこと、教えてくれる?」
優しくシャーリーの手を取り、彼女に話を促した。
「えっと、私は多分高校2年生くらいの時に階段から落ちて死にました。君となは友達に借りてハマって、イベント特典の途中までプレイしました。ルカリオが初めてちゃんと姿を見せてくれるところ辺りです。他の記憶は…あんまりなくて。それで転生して、最初は誰かのルートをクリアして平和に過ごそうと思ったんですけど、部屋に脅迫の手紙が届いたからルカリオもこの世界にいるってわかって、なら彼を探そうって思ってトライアに行った後、ルカリオがクローヴィアにいるって情報を得てここまで来ました」
シャーリーは「こんな感じで大丈夫ですか?」とルリアーナに首を傾げて見せる。
そのルリアーナは後ろにいるアデルを見て、
「なにかわかりそう?」
と彼女に問うた。
アデルは「そうですね…」と考えをまとめるように斜め上を見上げ、
「階段から落ちて亡くなったということは彼に殺された残りの1人ではないと思いますが、逃げ延びた2人の内の1人かもしれませんし、そこは確定できません」
そう言うとシャーリーの元へ近寄り、ルリアーナと同じように彼女の手を握る。
「少し辛いことを思い出させてしまうかもしれませんが、協力していただけますか?」
そして真摯に彼女を見つめ、希うように彼女の手ごと両手を組んだ。
それはさながら勇者に武運を祈る聖女のようで。
「も、もちろんです!」
神聖にも見える美少女の姿に興奮したシャーリーはその手をしっかりと握り返し、鼻息も荒くアデルに首肯した。
だが無意識だったのでアデルは「あ、はい」と若干引いた。
「…では」
こほん、と仕切り直しの咳払いをし、アデルは改めてシャーリーの目を見る。
「貴女は前世で男性に追いかけられた記憶はありませんか?」
「……男性、ですか」
「はい。身長は170~175cm程度で、中肉中背の20代の男性です」
シャーリーはアデルの言葉に首を捻るが、思い当たる人物の記憶がない。
そもそもシャーリーの記憶は断片的であり、そのほとんどが君となで占められていた。
それだけを思い出そうとしていたからだろうが、そのせいで彼女たちの、せっかく出会えた前世持ちの仲間の力になれないことが少し悔しかった。
「えっと、他になにか、ヒントはありませんか!?」
だからシャーリーは役に立とうと必死に記憶を手繰る。
それにわざわざそれを自分に聞いてきたのだから、彼女たちは私がその人を知っていると考えているはずだ、とも思った。
何故自分に関わりがあるのかはわからないが、きっと聞けば彼女たちは答えてくれるだろう。
「そういえばシャーリーちゃんの前世の名前を聞いてなかったわ」
早く記憶を探ろうと焦り始めたシャーリーの耳にぽんと手を打つルリアーナの明るい声が届く。
彼女はにこにこ笑いながらシャーリーを見ると、
「私は野田芽衣子っていう名前だったの。リーネちゃんは私の同級生で中村美涼。その妹のイザベルちゃんは中村鈴華。そしてアデルちゃんが私の妹の友達で石橋秋奈って言う名前だったわ」
そう言って前世の名前が判明している人物の名前を列挙した。
それはもしかしたら自分が強請ったヒントとしてかもしれない。
だがやはりシャーリーにはピンと来なかった。
「私は棚橋紗理奈という名前でしたが、皆さんのことは知らないと」
「棚橋…紗理奈って、貴女亡くなった新生徒会長のさりちゃん!?」
「あー!!確かうちらが3年の時に事故で亡くなったからってすぐに会長が変わったことがあったわ!」
するとシャーリーが「知らないと思います」と言い切る前にルリアーナがガタリと音を立てて立ち上がり、シャーリーを指差した。
そして同い年だったリーネも思い当たる記憶があるらしく、ルリアーナの言葉を肯定する。
「……そういえば、生徒会長になったばっかりの時だった気が…」
2人に言われて初めてそれまで頭の奥深くに眠っていた『生徒会長になった』という記憶が呼び起こされた。
高校2年生の秋に校内選挙で生徒会長に選ばれて、その引き継ぎがひと段落したからとゲームを始めたんだった、と。
「私貴女と何回か会っているわ。前任生徒会の副会長だったから」
ルリアーナが「そっか、あの子かぁ」と一人納得していると、ようやくその言葉が脳に届いたシャーリーは目を見開く。
「え?副会長って、めいちゃん先輩!?え!?ルリアーナ様ってめいちゃん先輩なんですか!?」
「あ、その呼ばれ方懐かしー!そうだよー」
そして目の前の人物が自分の先輩だと気づきさらに目を瞠った。
皆が「めいちゃん」「めいちゃん先輩」と呼んでいたから真似ていたが、まさか芽衣子さんだったとは。
「ということは、やっぱり私たちは全員同じ高校…」
ならばやはりシャーリーも関係者なのではないか。
驚いているシャーリーの話を聞いたアデルは呟いた後、難しい顔をした。
殺された人物ではないとすると、残っているのは男から逃げるために引っ越した人と警察に助けられた人だったはずだから…。
「あの、シャーリーさんは前世でお引っ越しされたこと、ありますか?」
「…引っ越し?」
「はい。多分高校に入ってからです」
「えっと…」
もし引っ越していなければ、シャーリーの前世は『警察に助けられた方の被害者である』という可能性が一番高いのではないか。
消去法でアデルはそう推理した。
「あ、そういえば」
固唾を飲んで答えを待つアデルに、記憶を探っていたシャーリーはハッと閃いたように顔を上げると、
「生徒会選挙中に親が引っ越そうかって言ったことがあったと思います」
と言ったが、すぐに「あれ?」と顔を曇らせた。
「でも、そうしたら学校を変えなくちゃいけないって言われて、やめてって、言った…ような…」
『だって遠くに引っ越さなきゃこの先ずっとつきまとわれるのよ!?』
『それは困る、けど、1年くらいだし、私が耐えれば…』
『そんなこと言って、何かあってからじゃ遅いでしょう!!?』
『まあまあ2人とも落ち着いて、まずは一度警察に相談してみようよ。お父さんの知り合いに刑事さんがいるから』
『え?お父さん捕まったことあるの?』
『違うよ!?大学のサークルの先輩が刑事になったんだよ!?』
『なーんだ』
『なーんだ、って…』
急に、シャーリーの頭に前世の自分と両親の会話が流れた。
初めて思い出した、両親との懐かしい記憶。
でも日常会話にしては内容がおかしい。
一体なんでこんな話をしたのか。
「…リー…ん、『…なちゃ…』シャー…ちゃん」
遠い記憶に沈む中で誰かの声が聞こえる。
これは今の自分への声。
でももう一つ、それに隠れて、誰かの声が。
「シャーリーちゃん」
『紗理奈ちゃん』
いつの間にか、目の前に見知らぬ男が立っていた。
夕暮れの真っ赤に染まる太陽を背負って影になっている顔の、長い前髪の隙間から三日月形に歪む口元だけがはっきりと見える。
『紗理奈ちゃん、君はあの女とは違うよね?』
男の手が動く。
『ちゃんと僕の…』
そして伸ばされた手が、自分の腕を掴んだ。
「シャーリーちゃん!!」
「…っは!」
気がつくと、シャーリーはルリアーナに肩を掴まれ、揺さぶられていた。
「あ…」
「よかった!やっと反応してくれた!」
白昼夢のような、幻のような夢から醒めた気分でシャーリーは今の自分を確認した。
そうだ、今の私はシャーリーで、ここは自分が愛した世界で。
目の前には、自分を心配してくれる人がいる。
感触を確かめるように握り込んだ拳は震えていたが、自分は確かにここにいると強く思った。
「突然暗い顔で黙り込んだから、どうしたのかと思ったわ」
「…すみません」
シャーリーはもう一度強く拳を握り、深く息を吐く。
今見たことはきっとこの人たちが求めている情報だから、ちゃんと言葉にしよう。
そう決意して、ルリアーナとその隣で心配そうな顔をしているアデルとリーネの目を順に見て、呼吸を一つ。
「私、今思い出したんです」
さらに一度息を吸って、心を落ち着ける。
「多分私は皆さんが探している男性に会いました。そしてどのくらいの間かはわかりませんが、つきまとわれたんだと思います。母は心配して引っ越そうと言ってくれましたが、その前に父の知り合いの刑事さんに相談しに行った、と思います」
思い出せたのはそれだけだが、あとはこれがちゃんと彼女たちの役に立つことを祈るだけだ。
口を閉ざしたシャーリーはアデルの反応を待った。
「…やっぱり!!」
その結果はシャーリーが望んだようになったらしい。
アデルは懐から紙を取り出し、すぐに何かを書いて、「よし」と頷くとそれをシャーリーに見せた。
読了ありがとうございました。




