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短編『断罪イベントに巻き込まれた悪役令嬢は断罪返しができる子でした』部分です。
内容に変化はありませんが、加筆ありです。
そんな事件もありながら、それでも無事に迎えた卒業式。
卒業証書を受け取り、学園長の話を聞き、全てが恙なく終了した。
なのに最後の卒業パーティーで、またもカロンはやらかしてくれた。
「お前との婚約を破棄する!」
断罪イベントを起こしたのだ。
「俺も婚約を破棄する!」
「俺も!」
「…俺も」
「僕も!!」
しかもルリアーナ以外の5人全員の。
重厚ながらも軽快な音楽が流れる卒業記念パーティーの舞踏会会場に、その場に似つかわしくない大きな声が響き渡った。
声の主であるレイシーの婚約者フィージャの横には、涙を浮かべて今にも倒れそうな様子で撓垂れかかるカロンと、後ろや横からそれを支える数人の男性の姿がある。
ゲーム通りならば当然婚約破棄を叫んだフィージャの前には断罪されるべき悪役令嬢であるレイシーがいるのだが、今回は破棄の宣言をする攻略対象者が5人もいたために令嬢も5人並んでいた。
確かにこのゲームは温すぎるほどに温いヌルゲーなので、断罪イベントの施行は1人とは限らない。
どういうことかと言えば、このゲームの断罪実行に必要な要素が『攻略キャラの好感度』しかないため、普通にプレイしていれば断罪に必要好感度が確保できるこのゲームでは物語を進めるだけでどのキャラとも断罪イベントが起こせることになる。
その弊害と言っては何だが、攻略対象者には全員婚約者がいるため、攻略可能状態のキャラがいればいるだけ断罪イベントが起きてしまう。
そのためゲームの断罪イベントでは目当てのキャラに告白されるまでノーを選び続け、目当てのキャラの番になった時にイエスを選択すれば、そのキャラとエンディングを迎えることができるのだ。
だが待ってほしい。
それはあくまでゲームでの話であって、ゲームが現実となったこの世界では起きないとルリアーナは思っていた。
ゲームでは複数人同時攻略でも仕様ということで許されるかもしれない。
けれど現実となったこの世界で同じことをすれば、堂々と二股どころか六股してましたと宣言するようなものではないだろうか。
しかも相手は王族や貴族。
不敬罪どころの話ではない。
だから複数人の断罪イベントなど起こらないと思っていたのだ。
いくらなんでも欲張りすぎる。
ゲームにはなかったハーレムエンドでもやるつもりなのか。
…ん?『ゲームにはなかった』…?
ということは、やはりカロンは転生者である可能性がある…?
そう思い頭痛を抑えるように頭に手を当てていたルリアーナに向かって、彼女の名前を呼ぶ人物がいた。
ルリアーナの元婚約者でありメイン攻略対象者のジークだ。
彼は「お呼びでしょうか、殿下」と答え臣下の礼を取るルリアーナを一瞥すると、いつかのように「ふん」と鼻を鳴らす。
「ルリアーナ、お前はここにいるカロンに対し、そこの女共と同じく嫌がらせをしていたようだな」
そして不機嫌ながらも勝ち誇ったようにルリアーナにそう告げた。
あの時は証拠がなかったが、やはりお前も罪人だったのだなという目をしながら。
「何を」
言っているのかとルリアーナが言う前に、
「先ほどカロンから聞いた。随分酷い目に遭わされたと」
と言って王子が言葉を遮る。
人の話は最後まで聞けと言いたいが、今はそれどころではない。
王子がなんと言い出すのか、最後まで人の話を聞けるルリアーナは黙って続きを待った。
「平民という弱い立場の彼女は誰にも言うことができなかったようだが、このままでは自分と同じような思いをする者が増えるのではないかと懸念して、勇気を出して伝えてくれたのだ」
そんなルリアーナの思いにも気づかずに演出過剰に握りしめた手を胸の前で震わせる王子。
それは彼女が前世で唯一見た王子ルートのルリアーナ断罪イベントの始まりと同じポーズだった。
「この学園にそのような心根の者が複数おり、あまつさえその中の1人が元婚約者だとは、実に嘆かわしいことだ」
王子は握りしめていた手を開き額に当てると、目を閉じて天を仰ぐように顔を上に向ける。
様にはなっているのだろうが、ナルシスト感漂う気障さにルリアーナは吐き気を覚えた。
「よって今後二度とこのようなことが起きぬよう、お前たちは厳罰に処することに決めた」
言い終えると額の手をルリアーナに突きつけ、決めポーズを取る。
それは断罪スチルとして使用されていた場面だった。
今のルリアーナには果てしなくいらない、無用でしかないものだったが。
「数日内に各自に通達するが、それまでは大人しく屋敷にて沙汰を待て」
適当に話を聞き流しながらどうするつもりかと王子の行動を観察していたが、最後に片手を腰に手を当て、偉そうに胸を反らす様を見て、ルリアーナの中で何かが切れた。
血管でも堪忍袋の緒でもない切れたそれは、反論を封じていたルリアーナの口を閉じる紐だった。
「恐れながら殿下、発言をお許しくださいますか?」
未だに床に跪く体勢の臣下の礼を取っていたルリアーナはそのまま王子に声を掛ける。
静かなその様子をどう見たのか、王子は一瞬気圧されたように身を引くと、気を取り直すように「許す」と言ってから腕を組んでルリアーナを見下ろした。
ルリアーナからすればそれは不安を虚勢で隠そうとしているとしか思えない態度だったが、周囲からは「おい、令嬢をいつまで跪かせているつもりなんだ?」「卒業とは言っても正式にはまだ学生ですのに、あんまりではございません?」などの言葉が囁かれ始め、その事にようやく気づいた王子は慌てて「いつも通りで構わない」と対等での対話を許可する。
そのことで王子の勢いが削がれたことを感じたルリアーナは内心でにんまりと笑いながら「ありがとうございます」と王子の言葉に従って立ち上がり、持っていた扇を開いて口元にあててから反撃に出た。
「初めに確認なのですが、殿下や皆様は当然彼女の告発について、事実確認をしていらっしゃるのですよね?」
今や注目の的となり、会場中が耳を澄ませる中で発せられたその言葉に、たじろいだのは王子や他の攻略対象者達だった。
「これだけの方たちの前で訴えたのだもの、私やこちらの皆様がフラウ様を害したという客観的証言や証拠は、もちろんあるんですのよねぇ?」
「客観的な…?」
その言葉が何を指すのかわからないかのように、王子はただ鸚鵡返しにルリアーナの言葉を繰り返す。
「ええ。まさかとは思いますが、彼女の訴えだけでそれを真実だと思い込み、私達を悪者だと決めつけて先ほどのようなことをおっしゃっていた、なんてことはございませんでしょう?国民を平等に裁く立場にある王族がそのような稚拙なことはなさらないはずですから」
「な!?稚拙だと?」
ルリアーナの挑発に、王子は簡単に乗せられる。
弱くなった頭はまだ回復していないらしい。
「稚拙でなければ愚かですわ。証拠もなしに私達を悪だと。よくも言えたものですわね」
ルリアーナは今度はジロリとカロンに目をやり、こちらにも挑発的に見えるよう意図的に目を眇めた。
対する彼女はその視線に怯えたように肩を震わせる。
その様子はか弱いヒロインそのものだが、正直言ってカロンのやり方が嫌いだったから2にハマれなかったルリアーナにはそのポーズは効かない。
カロンはヒロインと悪役令嬢が逆だと散々ネットでも叩かれていたほどの屑なのだ。
彼女は極小さな悪意を何倍にもして大げさに王子たちに伝えてさも自分が被害者かのように振舞うし、罪のでっち上げも辞さないようなところがある。
いくら可愛くても、いくらヒロインであろうと、そんなキャラクターを好きになるような人は乙女ゲームプレイヤーには少なかったようでカロンは君となファンに最も嫌われているキャラクターと名高い。
だからルリアーナは事前に最悪の事態が避けられるように入念に準備をして今日の卒業式に臨んでいた。
彼女が転生者かもしれないという可能性を捨てなければ、常識に囚われて『転生者なら人を陥れたりなんてことはできないはず』と考えて、ゲーム通りの展開を避けるためにここまで入念には対策をしなかったであろうから捨てておいて本当に良かったと思う。
だが今はキャラになり切っていたり、元々人を陥れることに躊躇いがない人物だという可能性の方が高いと考えてもいる。
何れにせよ本来、彼女は王子に呼ばれることもなければ断罪イベントに登場することもなかったはずだったのだ。
カロンの性格を考えればルリアーナに冤罪を仕掛けることもあるだろうからと彼女は式典中最後まで隙を見せないように用心していたが、無関係なところでこんなにもはっきりと害を及ぼすのならディア国筆頭貴族であるダイランド公爵令嬢として、そして君となの誇り高き悪役令嬢としてその行いを許しはしない。
顔を上げたルリアーナは心の内で宣言する。
断罪返し、させていただきます。
読了ありがとうございました。