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シャーリー編スタートです。
「ようこそお越しくださいました」
リーネとイザベルの姉妹再会から1週間。
大陸で最も南に位置するクローヴィア国のウィレル侯爵家の玄関で、その家の令嬢であるアデルが来訪者を綺麗なカーツィで迎える。
完璧令嬢と呼ばれた彼女の見せたそれは、感動さえ感じるほどの美しさだ。
「お世話になるわ」
「よろしくお願いします…」
それを受けて、平然と言葉を返したのは隣国ディアの王太子妃であるルリアーナ。
そして気圧されたように控えめに声を出したのがディアの反対隣りにあるスペーディアの平民リーネ。
国も立場も異なる3人がここに集まったのには訳がある。
「早速シャーリーとルナを探しに行きましょう!」
思い立ったが吉日とばかりにルリアーナは席を立ち、部屋の外に控えていた侍女に「帰国準備と出国準備をお願い」と告げると、
「殿下たちの説得は任せてね!」
パチンとウインクして、その日のうちに帰国とクローヴィア行きを取り付けてしまった。
「…ルリアーナ様って前からあんなに凄かったの?」
「……確かに生徒会の副会長とかしてたけど、あそこまでではなかったと思うな」
前世からの知り合いであるリーネはその行動力に、やはり今まで別々に過ごしてきた年月と立場があるのだと少しルリアーナを遠くに感じた。
前世では同級生でも、今世では平民と王太子妃。
住む世界も求められる能力も異なるのだ。
「ふふふ、なんだか修学旅行みたいで楽しみねー」
しかしそう言って笑う顔はあの頃のままで、それに少し安心して心が軽くなった。
姿や立場が変わっても鈴華であるイザベルが自分の妹だと思うのと同じように、世界が変わってしまっても変わらないものも確かにあるのだと。
荷物を侍女に預け侯爵家のサロンに場所を移した3人は休む間もなく話し合いに移る。
今回クローヴィアには王太子であるライカとその婚約者であるアデルの他、ここにいるルリアーナとリーネ、そして先んじてルカリオとフージャが来ていた。
イザベルは「今度こそご一緒します!!」と主張したが、まだ体力が戻っていないこと、ルリアーナ達とクローヴィアに行くためには追放されたディアを通らなければならず精神面が心配であることを理由に今回もハーティアに残ることになった。
「せっかく推しが婚約者なんだから、今までの分もいちゃいちゃしてなさいな」
記憶が戻った際に自分がハマっていたゲームが『君とな』であったこと、そして最推しがオスカーであったことを思い出したイザベルに帰り際ルリアーナはそんな軽口を言ったが、思ったよりもイザベルの顔が赤くなってしまって、その場にいた女性全員とフージャにそれが移ったのはいい思い出だ。
そして一行は途中ディアに寄りヴァルトとルリアーナの旅支度を整えるため王城に滞在したのだが、「王太子がそんなにフラフラ出歩けるわけないだろ!」と弟である第三王子のロイに叱られたヴァルトはここで離脱となった。
まだ幼いながら婚約者の教育の賜物でしっかりした男の子に成長した彼は、ルリアーナの期待していた癒し要員にはあまりならなかったが、王太子にちゃんと仕事をさせることができる貴重な存在として国にとって大変頼もしい存在となっていた。
そしてこの時、ディアの王太子妃という国賓を迎える準備のためにライカとアデルはひと足先にクローヴィアに戻ることにしたのだ。
さらにそれならフージャの船を使えばいいということになり、ついでにシャーリーの顔を知っているルカリオがルリアーナ到着までに彼女を探し出しておくと言って2人に同行することとなった。
そのため今しがた到着したルリアーナとリーネの2名がクローヴィアに滞在する最後のメンバーである。
「んで、ルカリオは?」
「シャーリーを探しに行くと言って出て行って以来帰ってきていませんわ」
「えー?」
「あの、フージャは…?」
「ダイロスから動きたくないと言っていましたから、まだそちらに滞在しているはずですね」
「え、ええー…」
けれど到着してみればルカリオは偵察から戻っておらず、フージャに至ってはディアとクローヴィアの境の港町にいるという。
なんというチームワークのなさだ。
なお、ライカは王城にいるが、仕事があるため今日は参加できないと謝罪の言伝てが届いている。
「まあルカリオは今日ルリアーナ様がいらっしゃると知っているはずですし、その内帰ってきますよ」
「そうそう。てかもう帰って来てたり?」
「あら、本当。ルカリオお帰りー…じゃなーい!!」
「い、いつからそこに?」
「あはははは」
ルリアーナが各々好き勝手に行動する男性陣(ライカは仕方がない)に頭痛を覚えて頭を押さえていると、アデルが慌てたようにフォローする。
そしてルカリオが今日中に帰ってくるはずと言ったタイミングで、すでにルリアーナの隣でのほほんとお茶を飲んでいた彼に全員が驚いた。
ルカリオはいたずらが成功したと笑っているが、いたずらで最高峰の暗殺者の技術を出さないでほしい。
でないと周りの人間の心臓が保ちそうにない。
「……で、成果は?」
ややしていち早く衝撃から立ち直ったルリアーナがシャーリーは見つかったのかとルカリオに訊ねた。
「それがさあ」
ルカリオはそれに「待ってました」とばかりに身を乗り出し、これ見よがしにため息を吐いて見せる。
「なんかあいつ、トライアで情報を得たからか港町には情報があると思ってるらしくて、今はダイロスにいるんだよ。で、半年粘って、ようやく手掛かりを見つけたらしい」
「手掛かり?」
「そ。なんか見覚えのない顔を見つける度に声を掛けてたっぽいんだけど、ついこないだ「『金影』について何か知りませんか」って聞かれた奴が、「『金影』って、ルカリオ?って、あ」って言ったせいで、シャーリーは今そいつにべったりだ」
ホント勘弁してほしいぜと言って首を振るルカリオを見て、リーネが顔を青くしている。
もしかしなくても、その一緒にいる男というのは。
「……フージャが迂闊でごめんなさい…!!」
全てを察したリーネがルカリオに頭を下げた。
暗殺者というだけあって『金影の正体がルカリオという少年である』ということは秘密であり、決して知られてはならないことである。
特に身内を殺されて怒り心頭の貴族や成金連中、商売敵である敵対組織などには絶対に知られてはならない。
彼らはルカリオを血眼になって探しており、そう言った連中に目をつけられないためにも迂闊に『姿を見かけた』『会話をしたことがある』などと口外してはならないのだ。
見つかろうものなら間違いなく洗い浚い知っていることを吐かされるだろう。
その際、下手をすれば拷問の果てに命を落とすことだってあるかもしれない。
だから自身が情報を持っていること、まして知り合いかのように振舞うなど、敵対組織の暗殺者に対して「殺してくれ」と自ら首を差し出しているようなものだ。
暗殺者と言うのはそれだけで恨みを買いやすいのだから。
とはいえ今回は結果的にシャーリーの居場所を把握しその行動を制限できたのだからよしとしようと、フージャへのお咎めなどはなく、リーネはほっと息を吐いた。
だが彼の危機管理のなさは命に係わる問題であるため、会ったら真っ先に説教だと決意の拳を握った。
読了ありがとうございました。




