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今話には凄惨というほどではありませんが、人が殺される描写があります。

苦手な方はご注意ください。

翌日。

ヴァルトとライカはオスカーに呼ばれ欠席となったため、6人で円卓を囲う形となった。

ルカリオは「俺超部外者」と気まずげだったが、部外者だからこそ何か発見があるかもとそのまま臨席してもらうことにした。

「まずは何から話すのがいいかしら…」

腕を組んで「うーん」と唸っている、この中で一番位が高く年齢も上であるルリアーナがこの場を取り仕切る。

最終的には全てを教えるつもりではあるが、しかし事が事だけに話す順番を慎重に選ばなければイザベルに取り返しのつかないショックを与えてしまうかもしれない。

なるべく刺激の少ない話題から順を追って話さねば。

「…イザベルちゃんとリーネちゃんの姉妹に共通する家族とかの記憶から語るのが無難、かな」

「そうだと思います」

なのでリーネが語りやすく、且つショックの少ない話題としてそれを選び、アデルもそれに同意した。

家族との思い出という温かな記憶から思い出していくのがいいだろうと。

しかし彼女たちは失念していた。

それが温かいだけの記憶ではないことを。

「じゃあ、えっと、…鈴華は3歳年下の妹で、成績は真ん中より少しだけ上くらいの、国語が得意な子でした。よく図書館に行っては本を借りてきて家の隅で静かに読んでいるような大人しい子で、でも友達もちゃんといたから虐められることもなく、健やかに育ってくれたと思います」

自分のことでいっぱいいっぱいだったリーネもそのことには気が回らず、促されるままにそう話を切り出してなんとかイザベルに笑いかける。

「…そういえば鈴華は中学2年生の時に友達に面白いゲームがあると教えられて、一緒にやりたいから買ってと両親に強請っていました。初めてのお願いが割と高額なものだったから、両親は「もう少し小出しにしてほしかった」と言って、それでも父のボーナスからそのお金を捻出して、クリスマスプレゼントとして鈴華にゲームを買ってあげたんです」

「わ、私、そんな我が儘を言ったんですか?」

当時を思い出して少しリラックスできたのか、クスクスと笑いながら話すリーネが語った前世の自分らしき人物の行いにイザベルは顔を赤くする。

今の自分が恥ずかしがるのはおかしいが、なんとなくいたたまれない気分になったらしい。

「でもお父さんもお母さんも喜んでいたわ。初めてお願いしてもらえたって。本を読む以外にやりたいことが見つかってよかったって。鈴華もすごく喜んでて、それもまた嬉しいって」

「…素敵なご両親だったみたいね」

「そうですね。……って、あ」

そこでようやくアデルは自分たちの失敗に気がついた。

先日のリーネの話によると、この2年後に2人の両親は…。

「中学3年の時はずっとゲームをしてたわ。そこで初めて私たちは「まずいものを与えたかも」と思ったけど、でも鈴華が楽しそうだからいっかって。成績が落ちたわけでもないし、問題はないって放置した。そして高校受験も問題なくクリアして、高校に入って、すぐに…」

ぐっ、とリーネがスカートを握った。

「…鈴華が友達の家に泊まりに行ってる時だった。その日は私もサークルの歓迎会で家に帰るのが遅れて、帰宅した時家が真っ暗だったのは両親が寝たからだと思ってて。翌日になってから2人がいないことに気がついた」

「……え?」

「そして家の電話が鳴って、警察からで、「ご両親が信号無視の車に突っ込まれて亡くなりました」って」

「…!!」

彼女たちの両親は2人よりも先に亡くなっていたと聞いていたのに。

リーネにまた辛い記憶を話させてしまった。

そして、イザベルにも辛い話を聞かせてしまった。

「あ…」

ルリアーナはしまった、と顔を歪めた。

せめてその話は後にするように言っておけばよかった。

いずれ聞かせるにしても、きっとそれは今じゃなかったのに。

そう悔やんでいると、すぐに隣のルカリオから「ほらまた」と声を掛けられる。

「いつかは話さなきゃなんない話なんだし、話すと決めたのはリーネなんだから、姫さんが気にする必要はないって」

彼はそう言って「な?」と笑顔を見せてルリアーナの心を軽くしようとしてくれた。

確かに姉であるリーネが話すと決めたなら、他人であるルリアーナが口を挟むことではない。

気に掛けることは出来ても、最終的にこれは2人の問題なのだから。

「…そうね、ありがとう」

ルカリオのそれはまだ出会って間もないとは思えない、ヴァルトですらできたかどうか怪しいほどの完璧なタイミングでの完璧なフォローだった。

これが元暗殺者の技能なのだろうか。

「……あれ?でもルカリオってそういうキャラでしたっけ?」

ルカリオに微笑みを返すルリアーナの横でアデルが自分の記憶に首を捻るが答えは出ない。

「…それから私たちの生活は変わったわ。私は大学を辞めて働いて、鈴華もゲームや友達と遊ぶのをやめて学校の後はバイトをしてくれた。「お父さんたちの保険金もあるし、まだ高校生なんだから気にせず友達と遊んでてもいいんだよ」って言っても「私もお姉ちゃんを助けたい」って言って笑ってくれて。それが嬉しくて、ついバイトを許してしまった」

ルリアーナたちの会話の横で話し続けていた彼女は「でも」と、くしゃりと顔を顰め、イザベルを透かして『鈴華』を見るように眼差しを遠くした。

「許してはいけなかった。そのせいで鈴華はあいつに目をつけられた」

「あいつ…?」

その言葉と表情に、リーネが何を言おうとしているのか察したルリアーナは流石にこれは止めなくてはと思い「ちょっと待って!」と制止の声を上げたが、話すことと自分の感情を抑えるのに一生懸命になっていたリーネにその声は届かなかった。

ルリアーナの声に隣にいたフージャも事態に気がつき止めようとしたが、残念ながらその手が届くよりも早く、リーネの口から言葉が発されてしまう。

「そのせいで貴女は、あいつに殺されたのよ!」

どくん、とイザベルの心臓が大きく鼓動した。

頭で何かが弾ける音が聞こえ、真っ白な光が見えた。

「…は、…え?」

なに、言って…、え?

貴女って、鈴華、よね?

鈴華が、私、が?

殺された…?

事故かなにかで死んだんじゃなくて、誰かに、殺されて死んだの?

…ドスッ

重い音を立てて、冷たい何かが腹に刺さった気がした。

「馬鹿リーネ!!」

「……あ」

フージャがリーネを叱責する。

そこで初めて自分が何を言ったかを理解したリーネは口を押さえ、イザベルを見た。

そしてイザベルの顔が、それまで公爵令嬢然としていた表情が、変わった。

「……ぅうああああああっ!!!」

「イザベルちゃん!」

「イザベル様!?」

勢いに任せて円卓を蹴り上げながら立ち上がったイザベルの表情。

それは平和な日本で16年間だけ生きた少女が初めて絶望を知った時の顔だった。

「いや、だ!いやだ!!来ないで、お願い!助けて!!」

頭を抱えて涙を流し、ガタガタと立っていられないほどに震え、床に蹲る。

耳を塞いで目を閉じて、恐怖が過ぎ去るのをただひたすらにじっと待つような、無力な少女がそこにいた。

「怖い、痛い、寒い、暗い、…冷たい!なんで、なんでなの!?私、何かしたの!?もうやだ!お姉ちゃん!!」

ガタガタと震えながら姉を、リーネの前世の姿を求めて泣き叫ぶ。

だが姿が異なるせいか、すぐ横に求める姉がいることには気がつかない。

「お姉ちゃん、美涼お姉ちゃん!どこなの?なんでいないの!!」

「鈴華!!」

だからリーネは行動で示した。

パニックになっているイザベルをしっかりと抱きしめ、その背を撫でる。

上から下へ、また上に戻って下へ。

一定のリズムで一定方向に優しく背を摩る。

「鈴華、鈴華。ごめんね、助けてあげられなくて。痛かったよね。辛かったよね…」

リーネはイザベルが感じている不安を消し去るように、彼女に言葉を掛ける。

背に触れる手を止めず、自分の温もりを渡すように撫で続ける。

「ねえ鈴華。あの時はもう残り時間が少なかったし、突然のことで言葉が出なかったけれど」

撫でる位置を背中から頭に変え、リーネはゆっくりとイザベルに囁いた。

「貴女にずっと、言いたいことがあったの」

その言葉に少し顔を上げたイザベルに、リーネはにっこりと笑って見せる。

「鈴華。私の可愛い妹。大好きよ。貴女がいたから私は頑張れたの」

リーネはイザベルをもう一度抱きしめ直すと、

「だから今度は、2人とも幸せになろうね」

イザベルの額にこつんと自身の額をくっつけ、涙に濡れた彼女の瞳と自分の瞳とを合わせた。


「いやはや、何はともあれ記憶が戻って何よりだわ」

「…ルリアーナ様、なんか投げやりになってません?」

「なってない、なってない」

「うわ、嘘くさ…」

2人の間に入ることは憚られて、少し離れてその様子を見ていたルリアーナとアデルとルカリオはひと段落したようだと胸を撫で下ろしつつ、結局こうなってしまったことへの後悔と、何もできなかったという無力感にも似た感情によって脱力し、結果「ま、いっか」と開き直った。

最善ではなかったかもしれないが最悪は避けられた。

今は素直にそれを喜ぼう。

3人は誰ともなく微笑み合い、イザベルが蹴り上げて乱した円卓の上を片付けて新しくお茶を入れ直すと、静かに2人の涙が止まるのを待つことにした。

「…すいません、俺も仲間に入れてください」

そしてリーネを諫めた後は3人と同じ立ち位置になっていたフージャもそれに加わり、4人は現実逃避するようにお茶とお菓子を楽しんだ。

読了ありがとうございました。

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