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部屋の中を耳が痛いほどの静けさが支配する。

誰もが呼吸音すら立ててはいけないような緊張感に身を固くしていた。

ヴァルトやライカ、ルカリオにフージャからするとリーネの話は想像を超えていたし、ルリアーナは平和な記憶しかない日本で起きたとは思えない凄惨な事件に驚きすぎて言葉もない状態だ。

だが、ただ一人、アデルだけは違っていた。

「私、その事件、知ってます…」

彼女は蒼白な顔色でそう言うと、カタカタと震える両手を組んで胸の前に当てた。

「リーネ、さんは、事件の後すぐに亡くなったんですね…?」

そして縋るようにリーネを見ながら口を開く。

その顔は否定してほしがっているようにルリアーナには映った。

「はい、そうです」

リーネは先ほどの狂気をその身にしまい、きょとんとした表情を浮かべながらもアデルの言葉に頷く。

それがどうかしたのか、と言わんばかりだ。

「…なら、事件の真相…犯人が鈴華さんを刺した理由は、知りません、よね?」

しかしアデルがそう言った瞬間、彼女は立ち上がってアデルを見下ろした。

「どういうことですか?貴女はあの事件の、私の知らないことを知っているの?」

その視線は仇を見るような激しさで、けれどどこかに怯えを孕んだような頼りなさでアデルを射抜く。

それを受け止めたアデルは一度首を振り、「私も警察から聞いたこと以外はニュースでやっているのを見ただけですが」と前置きをしてから、自分が知っていることをリーネに聞かせた。

「まず、犯人が鈴華さんのストーカーだったことはご存知ですか?」

アデルはリーネがどこまで事情を把握しているのか確認するために質問をする。

その言葉の意味を理解して驚いたのはルリアーナだけだったが、男性陣にはわからなくてもいいかとアデルはそちらを思慮の外へ追いやった。

「ええ。なんでか知らないけど、あいつは3ヶ月くらい鈴華の周りをうろついていたと警察が言っていたわ」

リーネもアデルの質問になるべく正確な答えを返そうと、外野を無視して話を進める。

そのため間に立っているルリアーナは「ストーカーっていうのはね…」と用語解説に苦心した。

だからと言って「王妃様をずっと監視しているルカリオのような人のことよ」という説明はどうなのか。

「あの犯人ですが、5年の間に鈴華さんを含めた6人の女性をストーキングしていたそうです。最初は関連性がないと思われていたため、同じ地域で起きた別の事件として報道されていましたが、ある女性の事件をきっかけに世間には被害者の実名が報道されることなく、事件の詳細も伏せられるようになりました。だから私は被害者の名前の半数を知りません。ですが状況的に鈴華さんが3人目の被害者だと思います。その前の2人は引っ越しや警察のお陰で犯人から逃れることができました。しかし鈴華さんの後の3人の内1人は彼に殺され、1人は無事でしたが、代わりに彼女の姉が犯人から逃げている最中に熱中症で亡くなりました」

アデルは手をきつく握りしめ、時々深呼吸をしながら言葉を紡ぐ。

「最後の1人は、多分途中で犯人がリーネさんに追われ始めたおかげでしょう。3日程度つきまとわれましたが、すぐに男の姿を見ることがなくなり、何も知らないまま平穏な毎日を取り戻しました。けれど警察からの連絡で、全てが終わった後に事のあらましだけを聞かされました」

その呼吸は次第に早くなり、その度に顔が下を向いていく。

その向かいで、リーネはアデルの言葉に引っ掛かりを感じ、それを口に出した。

「あの、なんだか最後の1人だけ、まるで見てきたような感じでしたけど…」

リーネが恐る恐るというようにそう問えば、アデルは一瞬迷ったように動きを止めたが、ややしてこくりと頷き、

「最後の被害者は、私です」

と言って、それきり口を閉ざした。


「えーっと、前世がなにかよくわかんないんだけど、さ」

それまで黙っていた男性陣のうち、最も殺伐とした話題に慣れていたルカリオが沈黙を破る。

「とりあえず、その話とスズカがどう繋がるのか、教えてくんない?」

彼のその言葉に、リーネとアデルが同時に顔を上げる。

「さっきから聞いてたらなんかスズカもリーネもスーなんとかって男もみんな死んだって言ってたじゃん?でもリーネはここにいるし、スズカを探してるって言うし、言ってる意味わかんないんだけど」

俺馬鹿だから、と少し恥ずかしそうに頬を掻きながら気まずげにルカリオが言えば、

「そうだよ、俺もわかんない。リーネは「スズカを探しているから協力して」って俺に言ったけど、スズカが死んでたなんて聞いてないし」

俺にも事情がわからないとフージャも手を上げた。

その2人には前世のことを何も話していないのだから当たり前なのだが、思わぬところで話が重なってしまって、つい何の説明もないまま話を進めてしまっていた。

説明を受けたはずのヴァルトとライカでさえ完全には意味がわかっていないのだから、2人の混乱はもっとひどいだろう。

「ご、ごめんなさい」

「今説明します」

だから2人は男性陣に謝罪し、説明すると言ったのだが、

「あ、それは私がしておくわ」

ルリアーナが自分が請け負うと胸を叩いた。

「貴女たちは積もる話がありそうだし、私に任せて」

そして2人を気遣ってパチリとウインクをしてみせ、復習も兼ねて4人に前世の概念から説明を始めた。

その背にお辞儀をした2人は互いが知っていることを教え合おうと対面に座り、知っていることを洗い浚い話した。

そして全員にある程度の事情が共有された頃には夕食の時間となっていたので続きは夕食後にしようと、港町らしい魚介たっぷりの料理を堪能し、食後の紅茶で落ち着いた後に再び話し合いとなった。


2度目の話し合いの口火を切ったのは、またしてもルカリオだった。

「んで、なんで前世で死んだ妹が自分と同じ世界に生まれ変わったと思ってんの?なんか根拠あんの?」

先ほどと同じようで、しかし理解している分先ほどよりも的確なルカリオの問いは、リーネ以外の全員が抱いている疑問だった。

何故リーネは妹がこの世界にいると思っているのだろうか。

「それが、私にもうまく説明できないのですが、なんというか、気配を感じるのです」

リーネは困ったような曖昧な笑みを浮かべながらルカリオの問いに答える。

「私に前世の記憶が戻ったのは11年前でした。きっかけはわかりません。ですが唐突に鈴華を思い出したのです。そして彼女の気配を強く感じた。でも、結局その時は見つけ出すことはできませんでした」

それ以降それほど強く気配を感じたことはないが、それでも常に薄っすらとは感じている。

だからきっとまだ彼女はこの世界のどこかにいるはずだ。

それはルカリオの求める根拠には遠く及ばないほど微かな、独りよがりな期待かもしれない。

だがリーネは今まで不確かなそれだけを追い求めて生きてきた。

「ある時、平民でも学があれば貴族と同じ学園に通うことができると知って、鈴華を探す手段を広げるためにそこに通うことに決めました。そして学園で出会ったフージャや生徒会の方たちの助けを借りて鈴華を探すうち、ハーティアの方へ行けば鈴華の気配が強くなるとわかり、以降ハーティアを中心に探していました。でも、ちょっと前になぜか突然気配が薄くなって、手がかりがまた遠くなったとがっかりしていたら最近また気配が強く感じられるようになって…」

「………うん?」

「原因が私なのか鈴華なのかよくわからなかったのですが、とりあえず気配が強くなったのならまたハーティアに行けばいいと、この前はフージャの部下の皆さんにお願いしてあちらの商船の方に話を聞いてきてもらいました」

それがヴァルトとルリアーナが話を聞いたあの商船なのだろう。

ただ、お願いした人たちがフージャ傘下の海賊だったため、聞き方が荒っぽくなってしまったらしい。

それは不幸なことだったが、まあ自分たちには関係がないのでひとまず置いておいてもいい。

それよりも気になったのは。

「ねぇ、リーネちゃん。一度気配が遠くなったって言ったわよね?」

ルリアーナは次第に逸る心臓を宥めつつ、慎重にリーネに問う。

「え?あ、はい。半年前くらい、でしょうか」

その返答に、ルリアーナの心臓はドクンと大きく脈動する。

「そう。ならもしかして、また気配が強くなったのは、…3ヶ月ほど前からじゃない?」

ルリアーナがそう言った瞬間、反応したのは3人。

ヴァルトとライカとアデルだ。

他の2人はピンと来ていないようで、首を傾げている。

それもそのはず、彼らは『それ』を知らないのだから。

「多分そのくらいですが、あの、何か知っているんですか!?」

リーネも符合するルリアーナの言葉に目を大きくして詰め寄る。

前世の記憶を持っていて、ここの世界のことを前世から知っているという2人からなら何かしらの助力を得られるのではと考えていたが、こんなに早く手がかりを得られるなんて、と期待に目を輝かせる。

「確証は、ないのだけれど」

ルリアーナはリーネを落ち着かせようと「どーどー」と言いながら両手のひらを前に出す。

そして一つ息を吸うと、ゆっくりとリーネに語り掛けた。

「この世界は乙女ゲームの世界だと言ったわよね?」

「はい」

「そのゲームは『君のとなりで』という作品で、シリーズが4まであることがわかっている」

「はい」

「その中で貴女は3作目の『ヒロイン』なの。そこまではいい?」

「…はい」

リーネは真剣にルリアーナの言葉を聞き、適宜相槌を打っている。

その様は落ち着いているように見えるが、震える手がそうではないことを知らせていた。

「このゲームには『ヒロイン』と対になる存在である『悪役令嬢』という役割を持った人物もいる。それが2では私、4ではアデルちゃんね」

「はい。…え?そうなんですか?」

「そうなの。それでね、私が心当たりのある人物は、無印、つまり一番最初に発売されたシリーズ1作目の『悪役令嬢』である、イザベルちゃんっていう子なの」

ルリアーナがそう言うとリーネは「…イザベル」と口の中で小さく呟く。

そしてその名前を噛み締めるように何度も呟いた。

「その子はハーティアの王太子の婚約者だったんだけど、ゲーム通り半年前にディアへ追放されてしまった。でも私たちと出会って、色々あって3ヶ月前にようやくハーティアに戻れた子なの」

ルリアーナがそう言うとようやく事情がわかったフージャの顔に驚きが宿る。

一方のルカリオは「ああ、そういえばそうだったな」と独り言ちていた。

王家に関係あるから知ってはいたが、今まで忘れていたというところか。

「今まで『ヒロイン』と『悪役令嬢』には前世の記憶保持者が多くいたわ。でも彼女には前世の記憶がなかった。それが思い出していないだけなのかそもそも違うのかわからないけれど、確かめてみる価値はあると思うの」

それにイザベルからの手紙に『スズカという言葉を私は知りませんが、どこかで一度その音を聞いたことがある気がします。』とあった。

もしかしたらそれは前世の記憶の断片なのかもしれない。

そう言ってルリアーナはにこっと微笑み、リーネの手を取る。

「ということで、私たちと一緒にハーティアへ行きましょうか」

明日にも出発しましょうとルリアーナが笑みを深めれば、リーネは言葉が出ないのだろう、こくこくと首を動かし、また静かに涙を流し始めた。


翌日、空は無事に晴れ渡り、絶好の航海日和となったこともあってハーティアまではフージャが持っている商船で行くことになった。

彼は「元々こっちが本業です」と笑っていたが、乗組員は海賊船と一緒なので、あちらでは顔を見られないように注意しなければならないだろう。

「ハーティアに着いたら王都のルハートまでは馬車ですぐだから、午後にはイザベルちゃんに会えるわね」

「楽しみですね」

「はい。皆さん、本当にありがとうございます」

3人の女性は甲板に立ち、遠くに薄く見えているハーティアの地を見る。

例えイザベルが鈴華ではなくても、数少ない候補をさらに絞れると思えば無駄にはならない。

「出港ー!!」

フージャの声と共に汽笛が鳴る。

その音がハーティアに届くまで、あと少し。

読了ありがとうございました。

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