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ヴァルトとルリアーナ、そしてその横にぴったりとくっつくルカリオが遅い昼食を済ませて待ち合わせの広場に着いたのは14時を少し過ぎたくらいだった。

けれどそこにはすでにベンチに座って談笑するライカとアデルの姿がある。

「お2人とも、随分早かったんですね」

ルリアーナが先に2人の元に駆け寄れば、ルカリオもそれに続く。

ヴァルトだけはきょろきょろと広場を見回しながら歩いて向かっていた。

「あ、ルリアーナ様!お帰りなさいま、せ?」

予想よりも早く現れたルリアーナにアデルが笑みを向ければ、その横にはなんだか知っている顔が増えていて。

「ええと、どうしてルカリオがここに…?」

探しに行ったのはシャーリーでは、と問えば、

「……なんでこいつも俺のこと知ってんだよ…」

ルカリオの目からはスッと光が消えた。

「『蒼牙』のアジト跡に行ったらいたの。で、ついてくるって言うから」

連れてきちゃった、と言って笑ったルリアーナの顔が可愛かったので、アデルは「そうですか」と笑顔で納得した。

「ええー…それでいいの?」

それに対してライカが控えめにツッコんだが、控えめ過ぎて2人には届かなかったようだ。

「それでね、シャーリーはルカリオのせいで今クローヴィアにいるみたいで、すぐに会うことはできなそうなの。でも生きているとわかったし、ルカリオももう暗殺の対象にはしないと言っているから、とりあえずイザベルちゃんに安心してって伝えに一度ハーティアに帰ろうと思っているのだけれど」

ルリアーナはざっくりとわかったことを2人に話した。

その間にヴァルトも合流したので、今度はアデルが3人に自分たちの戦果を披露する。

「と、言いたいところなんですが…」

しかしアデルはすぐに困ったように笑い、港がある方を指差した。

「海賊船やリーネとフージャのこと聞こうとしたのですが、その名前を出すと皆さん口を閉ざしてしまって、何も情報を得ることができませんでした」

すみません、と彼女はルリアーナに頭を下げた。

ルリアーナはシャーリーのことばかりかルカリオまで手に入れたのに、この中で一番この世界に詳しいはずの自分は何一つ情報を得られなかった、とアデルは気落ちしているようだ。

ルリアーナは「いいのよ、そんなこと」とアデルを慰めたが、横にいるヴァルトが「それでか」と呟く。

「さっきからなんか嫌な視線を感じると思ったよ。それが原因だね」

そして「ライカは気づかなかったの?」と彼を見る。

どうやら辺りを見回していたのはアデルたちに向けられていた視線の出所を探すためだったらしい。

「…実はね、港に着いてからずっと視線は感じていたんだ」

言いながら顔を上げてちらりと広場の一角を見つめたライカはヴァルトに一応は気がついていたと答える。

「でもみんな僕じゃなくてアディを見ていたから、てっきりナンパ目的かと…」

「阿保か」

しかし視線の理由を勘違いしていたと言い、ヴァルトにため息を吐かれた。

「だってその話をする前からねっとり絡みつく様にアディを見てたし」

アディは誰より可愛いから、とライカはしゅんと小さくなりながら、それでも仕方なかったんだと言い訳をしてみる。

だがそれはヴァルトにばっさりと切り捨てられた。

「それはな、多分見慣れない女だったからだ。彼女が『スズカ』だとでも思われたんじゃない?」

そう言った瞬間、空気がざわめいたのがわかる。

「ほらやっぱり」

ヴァルトは当たりだったねと笑ってざわめきを起こした誰かたちにも聞こえるように声を張り上げた。

「ここにいるのはアデルとルリアーナだから、スズカじゃないよー」

だがそれは誤魔化しも何もない、正直すぎる主張で、

「ちょ、ちょっと、大丈夫?」

ライカは突然そんなことを言って大丈夫かとヴァルトに問う。

しかし返ってきたのは「さあ?」という言葉。

流石のライカも頬をピクリと動かしたが、

「でもさ、僕たちに勝てるのって騎士団長クラスだけだし、こっちには『金影』もいるんだよ?なにかあったとしても戦力過剰だと思わない?」

というヴァルトの言葉に「それもそうか」と納得し、少し気を落ち着けた。

王族として有事の際に備えている2人は幼少時より騎士団に交じって剣の稽古をしていたため、そこらの騎士よりもよほど腕が立つ。

肝心の『金影』はまだ目から光を失わせているが、まあいざという時はきっと大丈夫だろう。

ライカは何かを悟ったように心が凪いでいくのを感じた。

「おい、あんたたち、何者だ?」

「何故『スズカ』を知っている?」

すると2人の男がライカとヴァルトに近寄って、不審気な目で2人を見た。

「海賊船とリーネとフージャのことを嗅ぎ回ってるだけだと思ってたが、『スズカ』を知っているなら話は別だ」

「このままあんたたちを返すわけにはいかないな」

その目には暴力的な色こそなかったものの、代わりに強い責任感と使命感がある。

つまり、なにがなんでも5人を連れて帰るという確固たる意志を持っているということで。

これは逆にめんどくさいことになったかもしれない。

心穏やかになったはずのライカがそれを見てじろりとヴァルトを睨めば、彼は「悪かったよ」と目で返す。

こんな展開になるなんて思ってもみなかった。

わけじゃないけど、これはどう切り抜けるのが得策か。

そう思案する2人に、しかしそこに割って入る声があった。

「貴方たち、鈴華を知ってるの!?」

「あ、リーネ、ちょっと待って!」

それは男女の2人組で、2人ともライカたちと同年代に見える。

「お願い!鈴華に会わせて!!」

そして誰だと思う間もなく、アデルによってその正体はあっさりとバラされた。

「あ、リーネとフージャ!」


ゆっくり話そうと場所を彼らが拠点としている港にある商会風の建物に移す。

通された応接間で席につくと給仕っぽい女性が紅茶とクッキーを置いてすぐに立ち去ったので、早速本題に入ろうとルリアーナがリーネに問いかける。

「ねぇ、貴女も私たちと同じ転生者じゃない?」

「ここが乙女ゲームの世界だって、知っているんじゃありませんか?」

その後にアデルも続いてリーネを見つめた。

「って、貴女たちも転生者なんですか!?」

リーネは2人の言葉に目を見開き、口元に左手を当てて驚いて、右手で持ち上げた紅茶に口をつけることなくソーサーに戻した。

「ほ、本当、に?」

「ええ、そうよ」

「やっぱりリーネも仲間でしたねー」

まだ信じられないと2人に念を押すように確認すれば、ルリアーナは笑顔で力強く肯定を返し、その横ではアデルも無邪気に笑っていた。

そのアデルは見ず知らずのはずの自分たちの名前を当てていたし、もしかしたらこれは、本当に信じてもいいかもしれない。

そう思ったら、リーネの目からぽろりと涙が零れた。

「あの、私、前世の記憶はあるんですけど、この世界のことはよく知らないんです」

そして気がつけば、口からは誰にも言ったことがない自分だけの秘密が零れ落ちていた。

「え?」

「そうなの?」

驚いた顔をする2人にリーネはこくりと頷いて見せると、静かに前世のことを語り出した。

「前世では私は日本人で、妹と2人で暮らしていました。両親は私が大学1年生の頃に亡くなり、私は大学をやめて夜はバーになる喫茶店で1日仕事をしながら妹を、高校に入ったばかりの鈴華を育ててきました。なのに…」

リーネは声を詰まらせ、瞳にまた涙を溜め始める。

「突然でした。鈴華はどこかで誰かに刺されたらしくて、何とか辿り着いた私の仕事先の喫茶店の前で倒れて、私は物音で、鈴華が倒れてドアにぶつかったその音でそれに気がついて、でも、もう手遅れで」

しゃくり上げながらも、彼女は口を止めなかった。

そして急に始まったその話を遮る者もいなかった。

「私、必死に言ったんです。「死ぬな」って。「私を置いて行かないで」って。でもあの子はそのまま死んでしまった。私、悲しくて、もう、生きる意味なんかないって思って。だからあの子のお葬式を終えて、仕事の引継ぎをして、荷物も部屋も、思い出も全部片づけて…」

ああ、そうして世を儚んだのだと聞いていた誰もが思った。

彼女の前世はとても辛く痛ましいもので、この場の誰もが何と声を掛けていいか掴みあぐねていた。

しかし、話にはまだ続きがあったらしい。

顔を上げた彼女はうっそりと笑った。

「それから私は持っているお金全てを叩いて、鈴華を刺した犯人を捜しました」

当時を思い出しているからだろう、その笑みは悲しみを全て笑顔に変えたような歪さで、どう見ても壊れていた。

「そして3年かかってやっと見つけたんです。犯人の男を」

そう言った彼女は一瞬顔を輝かせ、けれどすぐに憎々し気に歪める。

「なのにそいつ、私の目の前で他の女の子に刺されて死んだんですよ」

そう言って砕けるのではと思う程の強さで歯を噛み締め、ギリィっという耳障りな音が室内に響いた。

また、膝の上にある手もきつく握りしめられており、握り込んでいるスカートに幾筋もの皺ができている。

「男は私に追われていることを知って私を殺そうとしていた。それを知っていたから私は隠れながら男を狙っていたんです。ですが焦った男は私と間違って別の女の子を刺したようでした。そしてその女の子は死の間際、自分を刺したナイフで男を刺した」

前世のリーネが見た光景は、脇腹から血を流した女の子が男の首にナイフを突き立てる瞬間。

その時、彼女は3年も追い続けた男が妹と同じ世界に旅立っていくのを感じた。

「私は男を探していたことを明かし、一番近くで様子を見ていただろう男性に話を聞きました。そしたらその女の子は自分が勘違いで刺されたことにキレて「道連れだ」と言って彼の制止も聞かず男を刺しに行ったのだと言うです」

はは、とリーネはソファに深く沈み込み、目元を覆う。

「見ず知らずの女の子は見事に復讐を遂げたのに、私の3年間ってなんだったんだろう。そう思いながらどうしようもなかった私は街を彷徨いました。けど、妹も仇もいなくなった世界に、もう私の居場所はなくて」

最後に一目鈴華に会おうと思ってお墓に行って、そこでそのまま死にました。

涙と共に放たれた感情のない静かな言葉で、彼女の話は締めくくられた。

読了ありがとうございました。

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