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「ディア王家!?あんたたちが!?」
ルリアーナが自己紹介をすると、ルカリオは嘘だろと目を見開いた。
「本当よ。貴方が大好きな王妃様と同じ王族。ちなみにあそこにいるヴァルト様はディアの王太子で、直系の王族よ」
ルリアーナがそう言った瞬間、ルカリオはバッとヴァルトを振り返る。
そしてゆっくり近づいてくると目を満天の星空のように煌かせ、
「ほ、本当に、貴方は王族、なんですか?」
幾分ぎこちないながらも敬語でそう問うた。
だからヴァルトは「うん、そうだよ」と頷いたのだが、
「凄い!!あの王妃様の親戚なんて!!」
ルカリオは顔を紅潮させてさらに瞳の煌きを増やす。
それは噂とは随分異なる『金影』の姿だった。
「あの、ルカリオ、は、なんでそんなに王妃様が好きなのか、聞いてもいい、かな?」
名前を呼んだら「名前呼ばれたー!!」と叫びながらくるくると回り出したルカリオのテンションに気圧されながら、それでもヴァルトは気になったことを聞いてみた。
もしかしてルリアーナはこのことを知っていたから大丈夫だと言ったのか。
「俺、昔王妃様に命を助けてもらったことがあんだよ…、です」
ルカリオはテンションが高いまま素で答えてしまい、慌てて敬語っぽくしようと言葉を足す。
「俺のいた孤児院が火事んなって、命は助かったけど、住む場所も服も何もかも燃えちまって、みんなで呆然とそこに座ってたら」
あの日、これ以上ないくらいに絶望して何もできずに焼けた孤児院の前に座り込んでいたら、遠くから馬車のガラガラという車輪の音が聞こえ始めて、それが孤児院の前で止まった。
そして中から見たこともないくらい綺麗な女性が降りてきて、
『早く子供たちにこれを配って。他の人は街の人にも声を掛けて、この瓦礫を撤去してください』
その人は凛とした声で従ってきた騎士に声を掛けると、煤や垢で汚れた子供たちに近づいてきて、内の一人をそっと抱きしめた。
『生きていてくれてありがとう。貴方たちはこの国の宝で、私の子供も同然よ』
そして女性はその場にいた全員を順に抱きしめ、頭を撫でた。
『すぐにおうちを直すから、それまではこのお菓子を食べていて。たくさん持ってきたから、いっぱい食べていいわよ』
さらには騎士に指示して配らせていたお菓子を示し、好きなだけ食べさせてくれた。
「…あの時、俺は女神を見た。この人のためだけに生きようって決めた。だからそのためには何をしたらいいか、考えて」
何故か犯罪組織に加入した、と。
「……ごめん、途中から意味わかんない」
自分が頭の良い人間だと知っているヴァルトはなんとか理解しようとしたが、世の中どんなに頑張っても自分の考えが及ばないこともあるのだと痛感した。
「え?どこ、ですか?」
一方のルカリオは「どこがわからなかったんだろう?」と首を傾げた。
彼は自分の歩んできた人生に疑問も矛盾もなかったので、ヴァルトが悩む理由がわからない。
「では私が教えて差し上げましょう!」
だがここにはそんな時に頼りになる、ルカリオに異様に詳しいルリアーナがいたので事なきを得そうだ。
「ルカリオはその時に王妃様に女の子と勘違いされて、たまたま王妃様が持っていたうさぎのぬいぐるみを貰ったんです。だから今もそれを宝物として大事にしています!」
「だからてめぇはなんでんなこと知ってんだよ!!もはや怖ぇよ!!」
得られなかった。
そこは確かにちょっと気にはなっていたが、今聞きたいのはそれじゃない。
「甘いものが好きなのも、その時の思い出の味だからよね~」
うん、それはなんとなく察してた、とヴァルトは頷く。
「あと、その日は仮設テントで一夜を明かすことになったんだけど、『私も今夜はここで子供たちと一緒に休みます』って言った王妃様とルカリオは同じ毛布に包まったのよね~」
「だめだ、もう俺つっこめない。答え聞くの逆に怖い」
そしてさらに齎される情報はルカリオの心を折ってしまったようだ。
けれどやはりヴァルトが欲しい情報ではなかったので、仕方なく自分から問い掛ける。
「えっとね、なんで王家のために生きようって考えて犯罪組織に入ったのか。僕が不思議だったのはそこだったんだけど」
もしかしてこれ疑問なの僕だけなの?と少し不安になりながらそう問えば、
「さっき言ったじゃないですか。ルカリオは『ハーティア王家に仇なす者を自己判断で消しているだけの王家大好き人間』だって」
「うん、それが?」
「彼は『王家の邪魔者を排除することこそ王妃様への恩返しだ』と考えて、その技術を学ぶために犯罪組織に入ったんです」
シャーリーが口にしていた『スティンガー』『砂の果て』『マクベス』は全てその組織の通り名だ。
実際には名前のない組織なので誰かが適当な名前を付けたらしいが、自分たちでは便宜上『影』と呼んでいる。
「ある時は「民のために領地の税を軽くするように」という王妃様の願いを聞いたふりをして改善しなかった貴族を、またある時は王妃付きの侍女を虐めていた彼女の同僚の侍女を消した。あとは『王妃が悪だ』という内容の舞台を書いた作家も殺してたわね」
ルリアーナはルカリオが『王家のため』に自己判断で実行したという殺しを指折り数えて挙げていく。
なるほど、確かにそのためには犯罪組織で覚えるのが早いことはわかる。
だがヴァルトはつっこまずにはいられない。
「王家って言うか、王妃様のためにしか動いてないよね?」
まあ王妃に助けられたのだからそれはある意味当たり前だろうが。
「そうですね。でも、今回は違ったんです」
ルリアーナはくるりと振り返り、『蒼牙』のアジトを見る。
「彼らは別にハーティア王家に関係ないのに、なんでこんなことをしたのか」
この私が知らないなんて、と余程悔しかったのか洞窟を睨みつけた。
「教えてくれる?なんで『蒼牙』を壊滅させたのか」
そして再びルカリオに向き直り、ここに来た理由を問う。
なにかシナリオ外でルカリオが動かなければならないようなことがハーティア王家にあったのかと。
しかしルカリオは「ああ」と言うと、
「これは組織の仕事だから、あの人は関係ないぞ?」
これがシナリオに関わらない彼の日常の出来事であったことをあっさりと告げた。
「そういえば、貴方シャーリーを知っているわよね?彼女がここに来なかった?」
ルカリオの答えに「なにそれ~」と少し怒っていたルリアーナは「あ」と声を上げ、ようやくシャーリーの存在を思い出し、ルカリオに彼女の所在を知らないかと訊ねた。
彼女は彼を追ってここまで来たはずだから会っていてもおかしくはないと思ったのだ。
しかしその名前を聞いた彼は嫌そうに顔を顰めた。
「あんたの目的はあの女か…」
ルカリオはそう言うと「はっ」と吐き捨てるように息を吐き、
「あいつならここにはいないぜ?俺が嘘の情報流したからな」
やれやれだったぜ、と苛立たし気に呟いた。
『先日『蒼牙』を壊滅させた『金影』は次の仕事でクローヴィアへ行った』
変装して彼女に近づき、彼はそう言って彼女をクローヴィアに導いたらしい。
「今頃あっちで俺を探してるだろうさ」
殺さなかっただけ有難いと思えと言いたげな顔は初期のルカリオそのもので、
「うん、ルカリオはこうでなくちゃね!」
ルリアーナだけが妙に嬉しそうだった。
画面越しでなかった分、余計に嬉しかったのかもしれない。
「ってことは結局無駄足だったかな?あ、でも、バートランド嬢の目的はシャーリーの生存確認と今の様子が知りたいというものだったから、ひとまずは達成でいいのかな?」
ヴァルトはルカリオのせいでシャーリーを見つけられなかったが、彼のお陰で近況を知ることができたのでもうそれでいいかと思うことにした。
決して投げやりなわけではない。
必要最低限の情報は得たのだから良しとしようという妥協の結果だ。
「いいと思います。王家から離れたからルカリオがシャーリーを殺すこともないですし、イザベルちゃんも安心するでしょうから」
ルリアーナもそれに同意し、ならやはりもう帰ろうと最後にルカリオに別れを告げる。
「じゃあね。貴方に会えて嬉しかったわ。今度叔母様に会ったら、あの時孤児院でぬいぐるみを渡した子供は元気でしたって伝えるから」
ルリアーナはそう言って微笑むと名残惜し気に自分と同じ位置にある彼の頭を撫でた。
その感触に懐かしい感覚を覚えたルカリオはハッと顔を上げる。
ちゃんと正面から見たルリアーナの顔に、大切な人の面影を見た。
「……おばさま?」
ルカリオは大きな瞳を限界まで開いてルリアーナを見る。
「ええ。私が生まれる前に嫁いでしまったからお会いしたのは私が結婚した時が初めてだったけれど、ハーティア現王妃様は私のお父様の妹だから私の叔母様よ」
そしてその目であの日見たものと同じ、暖かな陽だまりのようでありながら一本芯の通った凛とした笑顔に再会した。
その瞬間、ヴァルトが感じたのは寒気だったのか、恐怖だったのか。
ともかく、そんな良くない感覚だった。
「……なあ、俺、あんたについて行きたい。いや、行かせてください」
「……へ?」
ルカリオは自分の頭を撫でていたルリアーナの手を掴んで、それに口付ける。
そうして愛おしそうにその手を自分の胸に抱くと、
「あの日俺が出会った女神は、ここにもいたんだ…」
恍惚とした表情でそう言い、もう離れる気はないと全身で言っていた。
試しに軽く力を入れたが、びくともしない。
「………えっと、ど、どうしましょう…?」
突然の変わりように流石のルリアーナも頬を引き攣らせてヴァルトを振り返ったが、こうなったルカリオは無理やりにでもついてくることを知っていたので最終判断をヴァルトに委ねることにした。
個人的には危ない人間ではないと知っているから連れて行ってもいいが、現役の犯罪組織の一員であることを考えれば王家に近寄らせるべきではないとわかっている。
だから自分の主観ではなく、国のために得になるか損になるかをヴァルトに判断してもらいたかった。
「そう、だね…」
だが得も損も大きすぎる『金影』という存在はヴァルトを以ってしても即決できない危険な駒だった。
それに先ほどの得体のしれない感覚も気になる。
「…えーと、王子様、ちょっと耳を貸してもらえますか?」
どうしようかと決めかねていると、当人がそう言いながらヴァルトに近づいてきた。
そして屈んだヴァルトの耳にそっと囁く。
「俺を連れて行けば、この無鉄砲なじゃじゃ馬姫様の護衛、完璧にこなしてみせますよ?」
「採用」
その提案は先ほどの得体のしれない感覚など些細なことに思えるほどの利益を齎してくれるに違いない素晴らしいもので。
ヴァルトは一も二もなくルカリオを連れて行くことを決めた。
「リアのこと、くれぐれも頼んだぞ」
「お任せください」
こうしてルカリオは無事自らの居場所を自らの手で勝ち取ったのだった。
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