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国が変わると言っても同じ海岸線を真っ直ぐ進むだけでは景色に然したる変化はない。
海は変わらず青いし、防砂目的で植えられたと思しき松と杉の中間のような針葉樹(前世のオウシュウトウヒに似ている)の黒々とした緑と砂浜の白のコントラストは美しさを保ったままずっと先まで延びている。
そしてその先はスペーディアからクローヴィアへと続き、ディア国へ繋がってハーティアまで延びてまたここに戻ってくるのだ。
だから四方を海に囲まれてどこにも逃げ場のないこの大陸では国同士が対立することなど滅多にない。
史実上いずれかの国同士が争ったことはたった2回。
1回目は国分けの時。
2回目はハーティア王家に嫁いだディアの王女が産んだ王女がスペーディア王家へ嫁ぎ、さらにその子供の王女がクローヴィア王家に嫁いで身籠った時だ。
4国全ての血が入った王族の誕生など例がなく、その子供を各国が取り合ったのだ。
結果その争い自体は王女が無理をして3人目の娘を産んで亡くなった時に収まった。
既に王子も産まれていたので、その娘3人を他の3国に嫁がせる約束をし、以降全ての国の血が入った王族たちは争うことを禁じた。
そのため国境の警備などあってないようなものだが、犯罪者は大抵国を跨いで活動するので、彼らはそちら方面の取り締まりに力を入れている。
「見えてきましたわ。あれがスペーディア側の国境の街です」
トライアを出発してからわずか10分足らずで見えてきた国境の門を指差しながらアデルが言えば、他の3人も窓からそれを確認する。
灰色の門扉が聳えるその街の名はトランク。
シャーリーがいる可能性が高く、君とな3のヒロインであるリーネと攻略対象者のフージャがいるだろう街だ。
馬車は門に着くと一度止まったが、すぐに街の中へと進む。
ハーティア国王に融通してもらった王使通行証の効果は国外でも抜群だったようだ。
「では私とライカ様は予定通りこのまま港へ行きますね」
「ええ。私とヴァルト様はアングール山にある『蒼牙』のアジト跡へ向かうわ」
アデルとルリアーナが互いのなすべきことを確認し合う。
リーネとフージャの風貌を知っているアデルが港で2人を探し、シャーリーとルカリオを知っているルリアーナがアングール山へ行く。
そして何かあってもなくても15時までに必ず街の中央にある広場へ帰ってくること。
もし16時までにどちらかが戻らなければ、もう一方はそれを巡回騎士(日本で言えば警察のようなもの)に知らせ、イザベルに国王へ報告してほしい旨の手紙を書くことを確認する。
ほとんど私用で来ている以上自国の力を使うことはできないが、それでも王族やそれに連なるものとして疎かにしてはいけないところは自覚している。
だったらそもそも危険なことをするなという話だが、こればかりは成り行きだから仕方がないと開き直った。
「じゃ、またあとでね」
「はい。お2人ともお気をつけて!」
アデルたちにしばしの別れを告げ、アングール山の入口で馬車を降りたルリアーナとヴァルトは、そこからは馬で進むことになる。
盗賊のアジトと恐れられていた山は盗賊団が壊滅して間もないせいか人の姿が見えず、薄暗い鬱蒼とした森が広がっていた。
「…行こうか」
「ええ」
言うが早いかヴァルトは馬の腹を蹴り、2人の背は森の中へと消えて行った。
「…それにしても海賊だけじゃなく盗賊まで関わってくるなんて。アディを疑うわけじゃないけど、ヴァルトたちは大丈夫かな?」
馬車の中から森へ消えていく2人を見て、ライカは彼らの身を案じた。
ルリアーナと知り合ったのは最近だが、ヴァルトとは同い年の王族同士ということで幼い頃から友人関係だった。
『兄様がいれば僕は必要ないよ』と言って卑屈に過ごしていた少年がその気持ち全てを笑顔の下に隠しながらさらに性格をひねくれさせていく様を数年毎に見ていて内心とても気に掛けていたが、兄が失脚して手が届かないと思っていた最愛の女性を得てからの彼は本心から笑えるようになっていた。
そんな彼の変化を喜んでいた身としては、万が一にもこんなところで失いたくないと思うのは当然で、「大丈夫ですよ」と笑う婚約者のようには楽観できないでいた。
「ルリアーナ様が一緒なんですよ?だからなにかあっても心配いりません」
にこにこと「もうすぐ港ですね」と言うアデルを見て、逆に何故アデルはこんなに心配していないのだろうと気になった。
ルリアーナが大好きな彼女ならもっと不安がると思っていたのに、と。
そう問えば「え?だって」と彼女はきょとんとした顔でライカを見て、
「あの人は生ける伝説『流離うメイコ』ですよ?」
あの人にどうにもできなきゃ誰にも無理ですよ、と彼には理解できない理論でそれに答えた。
「あれがそうかな?」
「多分そうですね」
山の中腹に現れた、不自然に開けた場所。
奥に洞窟のようなものも見えるので、恐らくここが『蒼牙』のアジト跡だろう。
しかし壊滅したと聞いていた通り、人為的なはずの空間には人が生活している気配がない。
「うーん、やっぱり半年も前の情報だったし、もうここにはいないんだろうね」
念のためにと隠れていた茂みから立ち上がり、きょろきょろと辺りを見回しても結果は変わらず、ヴァルトはそう言うとルリアーナの手を引いて茂みから抜け出す。
そしてどうせなら洞窟も見てみようとそちらへ歩を進めた。
しかし洞窟の中にも特に役立ちそうなものはなく、「ここに来たのは無駄足に終わったか」とため息を吐いてそのまま街へ戻ることにした。
「何の手掛かりもありませんでしたね…」
ルリアーナは少しくらい手がかりがあるだろうと期待していた分、落胆が大きいようだ。
だが相手があの『金影』ならばそれも仕方がない。
「僕からすると手がかりが残っていると思っていたことの方が驚きだったけどね」
ヴァルトがそう言えばルリアーナはわからないという顔で彼を見返した。
一体彼女は『金影』を何だと思っているのだろう。
「…ねぇリア。もしかして僕が思っている『金影』と君が知っている『金影』は違うものなのかな?」
そんなわけはないだろうと思いながらも思わずそう聞いてしまうくらい、ヴァルトとルリアーナの中の『金影』像が違うように感じたのだ。
「いえ、同じ人物を指す言葉だと思いますけれど…」
しかしルリアーナは「何故そんなことを?」と、やはりわからないという顔で答えた。
「…僕が知っている『金影』と言えば、「たまたま闇夜に翻る金の髪を見た」という人がいたからつけられたその二つ名で呼ばれているものの、実際は容姿どころか名前も素性も不明な暗殺者のことなんだけど」
認識合ってる?とヴァルトが言えば、ルリアーナも「そうですね」と返し、
「君となで彼はイザベルちゃんがシャーリーを殺すために送り込んだ正体不明の凄腕の暗殺者だとされています」
と、彼の認識を後押しする。
しかしヴァルトが「そうだよね」と胸を撫で下ろす前に、彼女によって大きな爆弾が投下された。
「まあ、実際は『王家の影の剣』との自負からハーティア王家に仇なす者を自己判断で消しているだけの王家大好き人間で、だからオスカー様を狂わせたシャーリーを殺そうとしていた、ルカリオという名前の孤児の少年なのですが。彼は本来、二つ名通りの金髪に碧眼の、過去に女の子と間違われたことがあるくらい可愛らしい顔をしていますが、荒んだ生活を送っているせいで常に顔を顰め、口からは罵詈雑言しか吐き出さない子になってしまいました。けれど仲良くなると次第に照れながら「別にお前も悪くない」などのデレを発揮し出すお姉様キラーとして有名で、さらに攻略すると「俺以外見てんじゃねーよ」などの嫉妬混じりのちょっぴり俺様な発言が聞けたりするなかなか美味しいキャラでした。そういえば実は甘いものが好きとか、昔もらったうさぎのぬいぐるみを大事にしているとかのお子ちゃま要素もあって、初期のギラギラした時とのギャップが萌えると…」
「ちょ、ちょっと一旦落ち着こう!ね!?」
「おい、てめぇ!なんでんなこと知ってやがる!?」
怒涛の勢いで次々と正体不明なはずの『金影』の個人情報を吐き出し続けるルリアーナに、「ちょっと一度に聞くには情報(しかもわりとどうでもいいもの)が多すぎるんじゃないかな!?」と止めようとしたヴァルトが声を上げた。
けれど全く同じタイミングで別の声が割って入ってきたのも聞こえていた。
そして恐らくその声の主であろうその人物はルリアーナの口を自分の両手で抑えるという物理的な方法で彼女の言葉を止めたようである。
「俺が甘いもん好きとか、うさぎの…とか、それに名前も!おかしいだろ!?」
てかお前誰だよ!?と彼はルリアーナに詰め寄っているが、その口を自分が塞いでいるせいでルリアーナが答えられないことには気がついていないらしい。
「しかも王家とのことまで知ってっし。もうほんと何なの!?」
わけわっかんね!と言って彼が頭を掻きむしったため、ようやく口が解放されたルリアーナは開口一番にこう言った。
「ルカリオ、みーっけ!」
キラキラした笑顔で件の人物を指差すルリアーナを見ながら「うん、そうだと思ってたよ」と一人取り残されたヴァルトはため息を吐いた。
読了ありがとうございました。




