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『親愛なるルリアーナ様

お手紙ありがとうございます。

シャーリーを追っていただけなのに、なんだか大変なことになったようですね。

結論から申し上げれば、君とな3には『スズカ』という女性も地名も物も出てはきません。

ですが状況的に無関係とは言えないと思います。

何故なら君とな3の攻略対象者にフージャ・バロスという名前の海賊の末裔だという人物が出てくるからです。

彼は他国から奪った武器や宝物品を自国に献上した先祖の功績で貴族の仲間入りを果たしたとされる家の出で、『海賊貴族』と呼ばれて蔑まれ、恐れられていました。

詳しい話はそちらでしますが、もしその海賊船にバロス家の家紋である『蛇が絡む十字にクロスした短剣と長剣』のマークがあれば、それは海賊エンドを迎えたヒロインとフージャである可能性が高いと思われますので、それだけお調べいただけないでしょうか。

よろしくお願いいたします。

アデル・ウィレル


追伸

ライカ様に確認したら、2日後ならそちらへ行ってもいいそうです!

またすぐに会えますね。』


翌日の夕方、ヴァルトとルリアーナが宿に戻って来ると女将さんから一通の手紙を渡された。

それはアデルからの手紙で、そこに記されていたのはルリアーナの推測が当たっていそうだということ、そして今まさに欲しい情報の数々だった。

「ウィレル嬢はずるいね」

たったあれだけで、こんなに情報を提供できるなんて。

「僕もリアの前世に関係していたら、彼女みたいにすぐにリアが正しいかもって言えたのに」

ヴァルトは言っても詮のないこととわかってはいるものの、一日中調べてもわからなかった情報がたった1枚半の便箋に収まる程度に集約されて目の前にあることが面白くないとルリアーナに圧し掛かるように背後から抱きついた。

そして彼女に見えないのをいいことに、いい年をして拗ねた子どもの如く頬を膨らませる。

「そんなこと言っても仕方ないですよ」

ルリアーナは見えていなくても気配でそれを感じ、そっと笑みを噛み殺しながらヴァルトに言う。

「それに海賊とか『スズカ』とかの情報を得たのはヴァルト様でしょう?その情報がなければいくらアデルちゃんでもわからなかったと思いますよ?」

そしてフォローというよりは本心からそう言って肩に回されたヴァルトの手をそっと握った。

彼女が意図した通りそれは慰めでもなんでもなくただの事実だったので、少しは自分も役に立っていたのだとヴァルトはすぐに機嫌を直した。

彼は王族の中でも王妃と並んで1,2を争うほど腹が黒いが、存外こういう子供っぽい所がある。

指摘するとまた機嫌を損ねるので言わないが、ルリアーナにはそれが可愛く思えていた。

だがそれがかつてあざとさのみでのし上がってきたと言っても過言ではない(大いに過言である)ヴァルトの演技であることを、彼女はまだ知らない。

「ところで、『スズカ』って女性の名前なの?」

アデルからの手紙にはっきり『女性』と書いていたからだろう、ヴァルトはルリアーナに問う。

「そうですね。人の名前なら女性が多いのではないかと思います」

男性でもいるかもしれないし、鈴鹿さんという苗字も知らないだけで存在しないとは限らないから断言はできないが、大体が女性名だと思われる。

「それにしても2日後っていつでしょう?この手紙が着いてからなのか、書いた時点での話なのか…」

そそっかしいところのあるアデルは日にちではなく日数で到着予定日を知らせてきたので、彼女がいつ来るのか正確なところがわからなかった。

「まあ、どっちにしろ明日着くことはないから、お昼前までは港に行って海賊船のことを調べておこうか」

ヴァルトは諦め半分でくすりと笑い、抱きついたままだったルリアーナの首筋にかかる髪に鼻を埋める。

控えめな甘さながら華やかですっきりとした香りがルリアーナに似ているとヴァルトが送った香油の香りが鼻腔を擽り、幸せな気持ちに浸れる瞬間だ。

「そうですね」

くすぐったいです、と笑いながらもルリアーナはそれを止めず、ヴァルトの好きにさせた。

そして「ほんと、私の周りには困ったさんが多いなあ」とため息とともに呟いたルリアーナは、類は友を呼ぶという言葉を知ってはいるが、自分がそれに当てはまることには気がつかなかった。


「ルリアーナ様!おはようございます!!」

「……おはよう、アデルちゃん。ライカ様も」

「おはようございますみませんごめんなさい」

翌朝、朝早い時間に響いたノックの音に女将さんの急用かと急いで着替えて寝ぼけ眼でドアを開ければ、元気いっぱいなアデルと申し訳なさそうな顔をしたライカが立っていた。

その心情が露骨に挨拶に現れている。

「あの、お手紙届いたの、昨日の夕方なんだけど…?」

到着は2日後だったんじゃ?という気持ちを込めてルリアーナがアデルに言えば、

「あの後ライカ様にお願いして、出発を早めてもらいました!」

早くお会いしたくて~とアデルが身を捩らせながら言い、その後ろにいたライカが「申し訳ない」と両手を合わせた。

それは止められなかったことに対してですか、それとも許可を出したことについてですか?

それとも、なんだかんだアデルちゃんに甘い自分のことを許してと言いたいのかしら?

ルリアーナはそんなことを考えながらライカを見たが、どうやらその全部のようだと感じ取り、「お前も困ったさんの一人か」と項垂れた。

彼だけは常識人だと思っていたのに。

「……まあ、立ち話しも何だし、入れば?」

後からやってきたヴァルトは何も言うまいと言葉を全て欠伸とともに一度飲み込んだ後、それだけを口から出して2人を部屋へ招き入れた。


「ここに向かう途中でお伝えしていなかったと思い出したんですけど」

椅子が2脚しかないテーブルにはアデルとライカが座り、その横にあるベッドにルリアーナとヴァルトが腰かけた状態で始まった会談はそんな言葉からスタートした。

「君とな3の舞台はスペーディアでしたので、リーネとフージャは恐らくスペーディアのどこかの港を拠点にしていると思うんです」

昨夜からテーブルに広げたままだった紙とペンを手に取り、アデルはさらさらと書きつける。

「無印がハーティア、2がディア、3がスペーディアで4がクローヴィアが舞台でした。ちなみに毎回メインの攻略対象者として王太子か王位継承権のある王子が出てきます。あとサブの攻略対象者として悪役令嬢の親類がいましたね」

「へぇ。だからローグが入ってたんだ。そういえば4の時はアデルちゃんの親戚も攻略対象者だったの?」

「はい。でも学年が1つ下だからかまだ会っていなかったみたいで、魅了されていなかったようです」

アデルが不幸中の幸いでしたと笑えば、ライカが「ああ」と手を叩き、

「アディの親戚ってもしかしてレックス?生徒会の」

「そうです」

件の人物に心当たりがあるとライカがその名前を問えば、その人物で合っているとアデルが頷いた。

それに「そっかー」と笑ったライカは、

「残念だけど、彼もルナと会っているよ」

とアデルに告げた。

しかしすぐに「でも」と続け、

「彼女、初対面で「レックスは顔以外好みじゃない」って本人にはっきり言っていたから、多分それで大丈夫だったんだと思う」

と言って、何とも言えない顔で曖昧に微笑んだ。

「………」

「…………」

「……おい、どうすんだこの空気」

その気まずさに女性陣は黙り込み、重くなった空気をどうする気だとヴァルトは目を眇めてライカを見る。

「…うん。この話はやめようか」

彼もどうしようもできないとして早々にこの脱線を修正し、元の議題へと戻らせた。

「ええっと、それで、シャーリーがいるかもしれないっていう方はどうでした?」

多少強引だがあの話題より悪いものはないとアデルがルリアーナに問う。

ルリアーナもすぐに気を取り直し「それがね」と昨日の聞き込みの結果を発表した。

「昨日夕食を食べに入った食堂で偶然『確かにシャーリーという名前の銀色の髪をした愛らしい少女と会った』って言う人を見つけられたんだけど、その人が言うには…」

半年前。

『私、ルカリオという人を探しているのですが、ご存じありませんか?』

『ああ?』

ルリアーナに情報をくれた男性は街中で目深にフードを被った人物に突然声を掛けられたのだそうだ。

声からしてまだ少女だろうに何故そんな恰好を?と思ったが人探しであれば何かしらの事情があるのだろうとそのことには触れずに、しかし知らない名前だったので『うーん、知らんなぁ』と答えた。

すると少女は考え込んで、

『では『スティンガー』『砂の果て』『マクベス』『影』などと呼ばれている組織のアジトを知りませんか?』

と聞いてきた。

だが男は先ほどと同じくそのどれにも聞き覚えがなかったので『すまんが、それも知らんなぁ』と彼女に伝えた。

『…そうですか』

男が知らないと言うと少女は酷く気落ちした様子でそう言うと礼を告げて去ろうとした。

しかしその背中が妙に小さく見え、可哀想に思った男は『そういえば』と最近聞いた噂を何かの足しになるかもしれないと彼女に教えてあげることにした。

『嬢ちゃんが探している奴らじゃないが、『蒼牙』っていう結構大きな盗賊団が最近誰かに襲われて壊滅させられたって話なら聞いたことがある』

それは酒場では普通に聞こえてくる噂話であり、特別な情報ではなかった。

だが酒場という少女が近寄らなそうな場所でしか話題にならないことでもあり、きっと彼女は知らないだろうと思ったのだ。

『それ、詳しく聞いてもいいですか?』

案の定彼女はその話を知らなかったようで興奮気味に食いついてきた。

その際、勢い込んで男に詰め寄ったせいで被っていたフードが取れてしまったらしい。

「…あの子の目を見た瞬間、何が何でもこの子を助けなきゃと思って、俺は奔走したよ」

そう語ったその男はその後『蒼牙』がハーティアとスペーディアに跨るアングール山にアジトを構えていたこと、壊滅させたのは1人の男だったこと、その人物が世間では『金影』と呼ばれている人物ではないかと噂されていることなどをシャーリーに伝えたそうだ。

「そうしたら彼女が急に『それだああぁ!!』って叫んで、そのままスペーディアの方に向かって行った」

そしてその背を見送った直後くらいから彼女に抱いていた思いが急になくなって妙な気分になったと言っていた。

「多分シャーリーは無意識にその男の人にも魅了をかけてしまったんだと思うけど、接していた時間が短かったからすぐに解けたのね。そしてシャーリーは情報を元にスペーディアへ向かったんだと思うわ」

その情報を得た後すぐにルリアーナはイザベルにも教えるために手紙を書いた。

『もしかしたらスペーディアに行くかもしれない』という旨も添えて。

「多分返事がそろそろ届くだろうから、それを受け取ったらスペーディアへ行くつもりだったの」

トライアからアングール山までなら片道1時間もかからないから、港での聞き込みが終わったら様子だけ見て帰ってくるつもりだった。

だがアデルたちの早すぎる到着に、今はどうするべきか迷っている。

コンコン

その時、客室の扉が叩かれた。

「はーい」と部屋の借主でもないアデルが返事をして扉を開けると、「お手紙が届いております」と老齢の執事のような男性が手紙を差し出し、一礼して去って行った。

「あ、やっぱり、イザベル様からです」

封筒をひっくり返して差出人を確認したアデルはいいタイミングだとそれをルリアーナへ渡した。

「ありがと」と言ってそれを受け取ったルリアーナは早速封を開け、手紙を取り出す。

「………なるほど」

あまり長くないその手紙はすぐに読み終わり、ルリアーナはそう呟いて、その手紙を他の3人にも見せる。

それには『シャーリーが生きていることがわかってよかった。どうか道中お気を付けて』という言葉と共に、こんな一文が記されていた。

『スズカという言葉を私は知りませんが、どこかで一度その音を聞いたことがある気がします。どこで聞いたか思い出せたらお知らせしますね』

イザベルはこの世界の誰もが聞いたことのない『スズカ』という言葉に聞き覚えがあるかもしれないという。

前世の記憶がないはずの彼女が聞いたことがあるということは、きっとこちらの世界で聞いたのだろう。

「……なんでイザベル様が?」

彼女は無印の悪役令嬢なのに、とアデルはその一文をじっと見つめる。

しかしハーティアの船が襲われたということは、ゲームシナリオ外の無印関連である可能性も確かにあるため、あり得ないことではない。

しかし、やはり何かが引っ掛かる。

「もしかしたらシャーリーが知っているかもしれないね」

ライカがアデルと同じように手紙を見つめながらぽつりと呟く。

「例えば今スペーディアにいる彼女と海賊に何らかの繋がりができていたとして、『スズカ』という言葉が彼女の前世に関係していることだった場合、以前近くにいたバートランド嬢が何かの折にそれをたまたま耳にしたことがあったのかもしれない、とか」

僕は詳しくはわからないから見当外れかもしれないけど、と付け加えながら放たれたその言葉にアデルは目から鱗と言った表情でライカを見つめた。

「あ、そっか、そういう可能性もあるんですね」

君とな関連の情報で一番詳しいのは自分だと思っていたから、海賊=フージャ=君とな3関連と思い込んでいたが、『スズカ』という単語自体が海賊に関わるとは限らないのだと気づいた。

もしくは関わっていたとしても、必ずしも無印や3と関わっているわけではないということにも。

「……あれ?ちょっと待って」

アデルがライカに感心していると、ルリアーナが頭に『?』を浮かべながらアデルに問う。

「ねぇ、なんでライカ様が前世のこと知ってるの?」

当たり前のように話していたのでつい聞き流していたが、彼は前世関係者ではないはずだ。

だからそんなこと、誰かが教えなければわかるはずがない。

ルナが教えたとは思えないし、そうなると教えたのは目の前の彼女だろう。

「あ、ルリアーナ様がヴァルト様に教えたって言ってたから、私もライカ様に教えました!」

すると予想通り教えたのはアデルだった。

「そ、そうよね、それ以外ないわよね。……え?なんで?」

ルリアーナはうんうん頷きながらそれを聞いていたが、どうしてもそこがわからなかった。

ライカの性格を考えれば、ヴァルトのように脅して聞き出されることもなかったはず…。

「え?ダメでした?ライカ様なら絶対信じてくれますし、協力者は多い方がいいと思ってだったんですけど」

そんな風に考えていたのに、アデルから聞かされたのは惚気混じりの正論だった。

思慮深い上にクローヴィア王太子という立場にある彼が協力してくれるなら、確かにそれは心強く有難い。

だが自分はこんな風にヴァルトを信じられるだろうか。

「…いーなー、ライカは婚約者に信頼してもらえて」

「は、ははは…」

ルリアーナの心情を察したようにそう言ったヴァルトの目が笑っていなかったので、ルリアーナは変わりに自分が笑うことにした。

しかしそれは酷く乾いた音で2人の間にだけ静かに響いた。

「まあ、とりあえずシャーリーも海賊のアジトもスペーディアにあるなら、早いとこスペーディアに移動しようか」

冗談だよ、とルリアーナの頭を撫でるヴァルトの提案に反対する者はもちろんおらず、彼らはすぐに荷物をまとめて宿屋を後にした。

読了ありがとうございました。

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