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さらにその翌日。

ハーティア国が誇る壮麗な王宮の一室で、今一人の男性が土下座をしていた。

「イザベル、私がどうかしていた!どうか、また婚約者に戻ってほしい!!」

そう言って土下座をしているのはこの国の王太子であるオスカーで、その前に立っているのは彼のかつての婚約者であるイザベルだった。

彼は半年前に行われた学園の卒業パーティーの日に彼女に対して婚約破棄を突き付けた。

そればかりか国王に命じられた謹慎を破って彼女を攫い、隣国に追放までした。

無実の罪で3ヶ月間も追放された隣国で彷徨っていたイザベルは、あと一歩で命を落とすところだったのだ。

魅了の魔法に掛かっての行動だったとはいえ、それを土下座一つで許し、婚約者に戻ってくれと言うのはいくら彼が王太子だとしても虫が良すぎる話ではある。

だが魔法を解かれてまだ1日しか経っていない彼にはそれ以外に彼女に詫びる方法がなかったのもまた事実であった。

何よりまず誠心誠意謝罪をし、できることなら関係を修復したい。

それがオスカーの誠意と身勝手が入り混じった本心からの願いだった。

「イザベルよ、私からもお願いしたい。どうしようもない愚か者ではあるが、オスカーはあの者に出会うまでは心からそなたを愛していた。それは私が断言できる」

土下座するオスカーの隣に立ち、そう言って頭を下げたのはオスカーの父であるこの国の国王だ。

当然いと高き座にある国王が臣下の娘に頭を下げるなど通常ではあり得ない。

しかし今回のことはその『あり得ない』が起こるほどの出来事だったのだ。

「ええ、と…」

ややして、いつまで経っても頭を上げようとしない国王と王太子を前に、イザベルが困惑と不安の声を上げた。

果たして自分の一存で決めていいのかと、その視線は横に控えている彼女の父バートランド公爵や少し離れたところに控えていたルリアーナの辺りを彷徨う。

「ん?」

イザベルを見ていたために目が合ったルリアーナが首を傾げると、彼女の目は必死に助けを求めていた。

この際助けでなくてもいい、せめて助言が欲しい。

声に出して言うわけにはいかない願いを彼女は目で必死に訴え掛けて来た。

そんな捨てられた子犬のような目をするイザベルを見捨てられず、ルリアーナは3人の方に近づきながらそっと声を掛ける。

「……ちょっとよろしいでしょうか」

本来なら他国の問題に口を挟む立場ではないが、どうしてもイザベルを放っておけなかったのだ。

「許そう」

「ありがとうございます」

頭を下げたまま発言の許可を与えた国王に礼を言い、ルリアーナはイザベルの横に移動すると、勇気づけるように彼女の肩に手を置いた。

「イザベルちゃん。私はこの国の人間じゃないから大したことは言えないけれど、同じ婚約破棄を突き付けられた女性として言えることがあるわ」

ルリアーナはそう言って安心させるようにイザベルににっこりと笑って見せる。

そう、彼女もまたイザベルと同じように当時の王太子候補であった自国の第一王子に婚約破棄をされた身だ。

国王もバートランド公爵も昨日のショックで忘れていたその事実を思い出し、そんな彼女であればここにいる誰よりもイザベルの気持ちに寄り添えるだろうと考え、固唾を飲んでルリアーナの言葉を待つ。

「婚約破棄をされて、貴女は傷ついた?」

その言葉に、土下座をしているオスカーの肩が揺れた。

「え?ええっと、そう、ですね…」

それに気づかず、イザベルは当時を思い出そうとするかのようについと上を見上げ、

「…信じていただけなかったことには傷つきましたし、国王様との約束が果たせないことには申し訳なさを感じましたが、そう言われてみれば、オスカー様と結婚できないことに関しては、大して気に留めていなかったような…?」

そう言いながらうーんと悩み続けるイザベルの足元で、オスカーの肩が再び揺れる。

「それよりも私を追放しに家に来た時の方が怖かったですね。話も聞いてくれませんでしたし、かなり力任せに腕を引かれたり突き飛ばされたり。婚約破棄よりもそちらの記憶が強いです」

イザベルが怖かったと言うとオスカーの肩が小刻みに震えだし、次第にそれが大きくなっていく。

自分のしでかしたことが如何にイザベルのトラウマとなっていたのかを実感させられたからだ。

「それに、ルリアーナ様やアデル様を見ていたら私がオスカー様に抱いていた気持ちなんて、全然愛じゃなかったんだって気がついて、ディア国を出る頃にはむしろ破棄してよかったとさえ思っていました」

「ごふっ」

イザベルのその言葉が後悔と自責の念に駆られていたオスカーへのとどめとなり、彼はとうとう地に伏した。

その隣では国王が息子のやらかした内容を差し引いても感じる不憫さに目を覆い、向かい側ではバートランド公爵が改めて状況を説明されると絶対に許せないという思いと、それでも最愛の女性に実は全く愛していなかったのだとはっきり告げられるのは哀れだと感じる思いとをせめぎ合わせて顔を引き攣らせていた。

さらに離れたところでは、声こそ上げていなかったがルリアーナの付き添いという名の野次馬で参加したヴァルトが腹を抱えて笑っていた。

「……なら、貴女にとってはこの婚約は、破棄したままの方がいいかしら?」

ルリアーナは見たら彼女も笑ってしまいそうなので、オスカーやヴァルトを目に入れないようにしながら再度イザベルに問う。

それでも彼女の口元は堪え切れずに少しプルプルしていたが、幸いにもイザベルには気がつかれなかった。

「そうですねぇ…」

イザベルは今度は目を閉じてゆっくりと考え始める。

その沈黙の間に、国王は顔を少し上げ、ルリアーナを真っ直ぐに見た。

ルリアーナがそれに気がつくと、国王は目だけではっきりと言いたいことをルリアーナに伝えてきた。

曰く、『何が何でも彼女を説得してくれ』と。

本当に顔に書いてあるのではと思うほど、ルリアーナの目にはくっきりとその文字が見えた。

それを見たルリアーナの頬は引き攣り、同じように目で『やっぱりですか』と返せば『もちろんだ』と返答が返ってくる。

「………」

国王と目だけで会話をしたルリアーナは眉間に皺を寄せながら天を仰ぎ、次いでちらりとヴァルトを見遣る。

昨日は協力すると言ったが、はっきり言ってここでルリアーナが国王の願いを聞き入れるということはディア国がハーティア国に貸しを作るということになる。

両国は争いもないし良き隣人として長年歴史を重ねている現状、それは問題がないように思える。

だが国政というのはそんなに単純なものではない。

まして国王が他国の王太子妃に借りを作るなど、簡単ではないはずだ。

ただの王太子妃でしかないルリアーナがこのような大事を勝手に判断して返事をしてよいものか。

そう迷った末、今後国を動かしていくことになるだろう未来の国王であるヴァルトを見たのだが、

『ああ、リアの好きにしていいよ』

と言わんばかりににっこり微笑まれただけで、なんの解決策も示してはくれなかった。

「…うん。やっぱりちょっと、難しいかもしれません…」

そんなやり取りをしている間に悩んでいたイザベルが結論を出そうとしていた。

そしてそれはどう聞いてもハーティア王家にとっては望まない結論で。

『王太子妃殿!!頼む!!!』

『イザベルを説得してください!!』

オスカーの仕打ちを思えばそれも仕方ないと思ってため息を吐いたら、それを敏感に感じ取った国王ととどめを刺されて瀕死だったはずのオスカーがまた目でルリアーナにそんなメッセージを送る。

「………えー…?」

うわこいつら超めんどくさい、とルリアーナは顔を顰める。

国王と約束した以上、本当ならめんどくさいと思ってもそれを実行するべきではあるのだが、被害者であるイザベルを目の前にしては彼女の考えを最優先させたくなるのは当然だ。

だがその時、頭にふとあるアイディアが浮かび、ルリアーナは彼らに貸しを作ることに…いや、彼らの願いを聞き入れることにした。

「ねぇ、イザベルちゃん」

「はい?なんですかルリアーナ様」

ルリアーナは結論をほぼ拒否の方向に定めていたイザベルの両肩を掴み、軽く微笑む。

「お別れの時にアデルちゃんが言っていたこと、覚えてる?」

「え?」

ルリアーナの言うお別れの時というのは3ヶ月前にディアを出た時のことだろう。

あの時、イザベルはただの公爵令嬢にすぎない自分はもうディア国王太子妃のルリアーナとクローヴィア国王太子妃候補のアデルとは会えなくなると言って、2人に別れを告げた。

しかし2人は「友達だから身分は関係ない」と言い、その友情は今なお続いている。

「アデルちゃんが、イザベルちゃんが身分を気にするのならいっそイザベルちゃんも王太子妃になればいいと言っていたでしょう?」

「あ、はい。確かにそう…」

言っていました、と言おうとして、イザベルは目を見開く。

ルリアーナは自分の言いたいことが伝わったと笑みを深め、

「そう、このまま婚約を復活させたら、王太子妃候補として私やアデルちゃんと気兼ねなく堂々と会えるわね!」

と言ってイザベルをぎゅっと抱きしめた。

ルリアーナの頭にひらめいたアイディア。

後に『王妃全員悪役令嬢化計画~この世界を乗っ取ろう!~』と呼ばれるものの第一歩が踏み出された瞬間だった。

イザベルは死の淵で出会ったアデルと、自分を優しく抱きしめてくれるお姉さんのようなルリアーナが大好きだったので、

「それなら私、また婚約します!お2人に会えるなら、なんだってします!!」

そう言って嬉しそうな笑顔でルリアーナを抱きしめ返した。

「「「変わり身早っ!!」」」

そしてそれを見ていた国王とオスカー、バートランド公爵は声を揃えて言った。

けれどオスカーへの愛など全くないその結論にオスカーは涙を流したし、国王とバートランド公爵はあまりに哀れだとオスカーから目を背けた。

唯一ヴァルトだけが「よかったねー」と抱き合う2人に温かい拍手を送り、にこにこと笑っていた。

読了ありがとうございました。

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